BtoCへのチャレンジから見えてきたもの
母体が設計事務所であるNADにとって、BtoCへの進出自体が大きなチャレンジでもあった。BtoBが中心の組織設計事務所では、そもそもエンドユーザーと接点を持つ機会がほとんどないからだ。
「今回は、ダイレクトに買う人が使う人になるので、正直に判断してもらう、と言うのでしょうか。本当にこれがほしいと思われるのかどうか、ユーザー像をより鮮明にしないと誰も使ってくれないと考えました。
デザインの際には、自分自身が使うシーンをイメージしました。SNSを活用してユーザーの声を拾いながら進めましたが、発売開始までは全員が本当に売れるのかとドキドキしていましたね」(上田さん)
そこで開発チームは、プロダクトを8割ほど完成させたところで、ユーザーの生の声を知るために無印良品の店頭でのテストマーケティングも行った。結果は機能面もデザイン面も好評で、デザイナーとして手応えのある場だったと恋水さんは振り返る。
「これまで関わってきた建築設計では、エンドユーザーと直接関わりを持つことはありませんでした。そのためエンドユーザーと対話しながらモノを作り上げるというプロセスや関係を持ち続けることの重要性を改めて感じました。」
発売から1ヵ月ほど経ったいま、エンドユーザーはもちろん、オフィスへの導入もいくつか決まるなど順調に売上を拡大している。また事前に想定していなかったこととして、LOFTなど生活雑貨の小売店での取り扱いや、結婚式場からの引き合いもあるそうだ。
「小売というのはいままで日建設計が携わってこなかった領域ですし、こういった声がかかったこと自体、日建設計としても非常に新しいことなのではないかと思います。BtoCやDtoCに挑戦したからこその販路を開拓できました」(恋水さん)
もうひとつ、「関係者が大変喜んだ」反響があった。noteのユーザーによる、熱量のある紹介記事の数々だ。
「クチコミでここまで反響があるというのは我々が想定しなかった展開です。これがBto Cの強みなのだと実感しました。また、今回はダイレクトに生活者の方にアプローチしているため、noteでもNADがデザインしたことに触れている方もいました。設計業では、あまり私たちの名前が表に出ることはありません。今まで日建設計を知らなかったり、あまりデザインに興味がなかった人にも届けることができたのは、会社としても非常に新しい取り組みだったと感じています」(恋水さん)
パブリックスペースへの転用やコラボレーションも視野に
今後もSASAUシリーズのもとで、さらなるプロダクトの展開を考えている。恋水さんは、日建設計の将来性と絡めながら、パブリックスペース転用への構想を語った。
「生活様式がガラっと変化するなかでは、私たちの仕事内容も当然変わります。人口の減少にともない、建設需要も減る傾向にあると感じています。
そのような中、日建設計が新しい事業として注目しているのがパブリックスペースの活用です。たとえば、東京の南池袋公園のような、豊かで過ごしやすい、生活の中にインクルードされた公園のような空間を作っていくことに我々は関心があるので、そういったパブリックスペースで活躍する新しい道具を、今後展開できればと考えています」(恋水さん)
「SASAUは今回の製品で終わらせることなく、シリーズ化していけたらと思っています。恋水がお話したようにパブリックスペースへの転用もそうですし、発売開始まで予期していなかったブライダル業界や雑貨屋にも取りあげられている。このように、今後さらにニーズが明確になってくるはずです。今まで見えてこなかったユーザーにリーチできるような展開をしていきたいと思っています」(宮崎さん)
また、名前の由来である“支ふ”のマインドで積極的なコラボレーションも行いたいなど、その構想はとまらない。
「土台は私たちがモノとして提供し、たとえばアーティストと一緒に違うプロダクトを展開するなど、プラスαの価値をつけられるようなコラボレーションを展開していけたら嬉しいですね。
今回、共同開発をした日本コパックは、越境をコンセプトにしている私たちと同じく、さまざまなジャンルの方のハブになるような活動をしたいとの思いをお持ちだった。同じような形で、SASAUがハブになり、“支える”という部分でコラボレートできたらいいなと、チームで話をしています」(上田さん)
設計事務所のデザインチームならではの発想から生まれたSASAUシリーズ。幅広い展開への可能性を秘めているプロジェクトの今後に、注目していきたい。