答えのない「非定型業務」に役立つ認知科学のエッセンス
聴衆の約1/3がEMという中で行われた大河原氏のセッション。はじめに、大河原氏は『エンジニアのためのマネジメント入門』(技術評論社)という書籍を引用し、エンジニアリングマネージャー(EM)の役割について触れた。
同書によると、EMとは「エンジニアリング組織の成果に責任を持つ者である」と定義される。成果が定義されていなければ定義し、定義した成果が出ていなければそれが出るように組織を改善することがEMの責務なのだ。
さらに大河原氏は、EMが直面する問題の特徴として、定義が曖昧で標準的な解決策がない非定型の問題が多いことを挙げた。これは「所属チームにスクラム体制をどうなじませていくか」といった抽象的な課題が該当するが、こうした問題を解決するにあたって定義した成果が出ていない場合、その原因は「成果の定義自体に問題があるか、組織に成果を阻害している問題があるかのどちらかだ」。
こうした非定型問題を解決するには「推論」が重要だという。これは「ある情報から別の情報を導くタイプの思考」と定義されるが、さらに3種類に分類できる。
- 規則を適用して行う演繹的推論
- 複数の特殊な事例から一般の法則を導く帰納的推論
- 「なぜ起こったのか」という背景の仮説を立てるアブダクション推論
非定型問題を解決する際は、問題定義には帰納的推論、原因の仮説設定にはアブダクション推論、解決策のアイデア創出には演繹的推論が対応するのだ。
たとえばチームの機能開発スピードが遅い場合、EMは過去の経験から「軽微なバグにも対応しているのではないか」という帰納的推論によって問題設定を行う。
そして情報を集めてその正しさが検証できれば、アブダクション推論によって「タスクの優先順位付けがされていないのではないか」という原因の仮説が立てられる。
こうして原因の仮説が正しいことを確かめたら、演繹的推論によって解決策のアイデアを導き出す。今回のケースでは「タスクを優先順位付けすると実装順をコントロールできる。すなわち、機能開発を軽微なバグ修正より優先できるだろう」という推論を行い、問題解決のための行動に移す。この例によって、大河原氏は非定型問題の解決において推論が重要な役割を果たしていることを示した。