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開発生産性の多角的視点 〜開発チームから事業経営に開発生産性を波及させるには?〜

開発生産性と技術負債の関係性は?──技術負債の「抑制」「予兆検知」「解消」に着目する

開発生産性の多角的視点 〜開発チームから事業経営に開発生産性を波及させるには?〜 第9回 

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 本連載では、開発生産性を起点とした、ビジネスとエンジニアリングの課題に切り込んでいきます。ビジネスサイドからの逆算の意義や可視化の方法、エンジニアと事業側が抱く開発生産性に対する異なる視点、そのギャップの埋め方にフォーカスします。本記事では、「抑制」「予兆検知」「解消」の視点から技術負債を整理し、開発生産性との関連性について考察します。

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第1回~第8回までの記事は「開発生産性の多角的視点 〜開発チームから事業経営に開発生産性を波及させるには?〜」からご確認いただけます。

9.1 開発生産性への影響

 ソフトウェア開発において「開発生産性を向上させたい」となった時に、よく関連づけられる要因として「技術負債」があります。 技術負債という言葉は、しばしば「借金の返済」に例えられますが、もう少し実態として捉えるとソフトウェアライフサイクルの中でどの指標・場面に異常をきたすかをモニタリングしながらアラートをかけていくことが重要です。

 特に、本記事では以下の3つの視点から技術負債を整理し、開発生産性との関連性について考察します。

  • 抑制=負債蓄積の速度を抑制し遅らせる
  • 予兆検知=負債の予兆をモニタリングして検知する
  • 解消=負債を適切・適度に解消する
図1. 抑制と予兆検知と解消
図1. 抑制と予兆検知と解消

 これらを体系的に整理することで、開発生産性を維持・向上しつつ、技術負債を「管理可能なリスク」にしていくためのアプローチを提示します。

 技術負債が蓄積すると、開発生産性にさまざまな形で悪影響を及ぼします。特に、以下のような影響が顕著に現れます。

開発速度の低下

 技術負債が蓄積すると、コードの可読性が低下し、変更の影響範囲が不透明になります。その結果、仕様変更や新機能の追加にかかる時間が増加します。例えば、ある機能を修正するために、意図せず関連する他の部分に影響を与えてしまい、想定外のバグを生んでしまうことがあります。このような事態が頻発すると、エンジニアは慎重になり、変更のたびに長時間のレビューやテストが必要になり、開発速度が著しく低下します。

オンボーディングの困難化

 技術負債が増えると、新しくチームに加わるエンジニアがコードを理解するのが難しくなります。 例えば、ドキュメントが不足し、コードの意図や設計の背景が不明確な場合、新人エンジニアは「このコードはどうしてこうなっているのか?」と試行錯誤する時間が増えます。これにより、実際に開発作業に入るまでの期間が長くなり、チームの生産性が低下します。

リリースの不安定化

 技術負債が多いシステムでは、変更を加えるたびに不具合が発生しやすくなります。特に、コードの結合度が高く、モジュール化されていない場合、一部の修正が他の部分に思わぬ影響を及ぼすことがよくあります。その結果、リリースのたびにデグレード(機能の退化)が発生し、ホットフィックスの対応に追われることになります。また、CI/CDパイプラインの成功率が低下し、デプロイが頻繁に失敗するようになると、開発チーム全体のリリースに対する信頼感も失われていきます。

エンジニアの心理的負担

 技術負債が蓄積すると、エンジニアの心理的なストレスも増加します。「このコードを変更すると、どこに影響が出るかわからない」「レガシーなコードを修正するのが怖い」といった感情が広がると、開発チームのモチベーションが低下します。 特に、過去の技術的意思決定の背景が不明確なまま改修を進める場合、「なぜこんな設計になっているのか?」という疑問が頻発し、エンジニアのフラストレーションにつながります。結果として、技術負債の多い環境では、エンジニアの離職率が高まる傾向があります。

9.2 技術負債を定義し、「抑制」する

 技術負債は、意図的・非意図的を問わず、システムに組み込まれた設計上の負担や技術的制約のことを指します。技術負債の蓄積は避けられないものですが、適切に管理することで開発生産性を維持し、事業成長を支える力に変えることができます。技術負債が発生する要因には、いくつかの共通点があります。

短期的なリリース優先の判断

 多くの企業では、事業の成長や市場の変化に対応するため、スピード感を持ったリリースが求められます。その結果、長期的な保守性や拡張性を犠牲にした実装が行われることがあります。 例えば、「今すぐ動くものを作るために、将来的な変更のしやすさを無視した設計をする」といった判断は、一時的には問題にならないかもしれません。しかし、これが繰り返されることで、技術負債が蓄積し、システムの変更が困難になっていきます。質とスピードはトレードオフではないためきちんと設計の段階で変更容易性を意識し、負債が溜まらないようにする必要があります。

アーキテクチャの老朽化

 開発が進むにつれて、初期設計時には想定されていなかった要件が追加されるなど、エンジニアの設計スキルのばらつきによってシステムは複雑化します。 例えば、モノリシックな設計のまま機能を追加し続けると、ある時点でコードベースが扱いにくくなり、新しい技術を導入するのが困難になります。また、古いフレームワークやライブラリを使い続けることで、最新の開発手法やセキュリティ要件に対応できなくなるケースも少なくありません。

ドキュメントや設計の不在

 開発スピードを優先するあまり、適切なドキュメントが整備されないままプロジェクトが進むことがあります。このような状況では、時間が経つにつれて、エンジニアが「なぜこの設計になっているのか」を理解するのが難しくなります。特定のエンジニアしか理解できないコードが増え、新しいメンバーがプロジェクトに参加した際に、学習コストが高くなるのも大きな問題です。

 こうした共通点をできるだけ起こらないように抑制していきます。「抑制」はできるだけ負債が蓄積する速度をできるだけ遅らせることです。ソフトウェアはできた瞬間からあらゆる要因で複雑性が増して負債の蓄積が開始されます。技術負債は一度発生すると、自然に解消されることはありません。むしろ、時間が経過するほど負債の利息が膨らみ、解消コストは増大します。そのため、負債が一定の閾値を超えた場合、組織的にリファクタリングを実施し、技術負債の解消を進める必要があります。

 前提として「何が負債であるか」を認識するところからスタートすると良いでしょう。認識できないものは対処できないので、チーム内で会話をし、定義していきましょう。

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9.3 技術負債の予兆を検知する

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この記事の著者

石垣 雅人(合同会社DMM.com)(イシガキ マサト)

 DMM .comにエンジニア職で新卒入社し、翌年からプロジェクトマネージャーを務める。 いくつかのプロダクトマネージャーを経て2020年、DMM.comの入り口である総合トップなどを管轄する総合トップ開発部の立ち上げを行い、部長を従事。 現在はプラットフォーム事業本部 第1開発部 部長 / VPo...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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https://codezine.jp/article/detail/21058 2025/03/31 11:00

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