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Developers Summit 2025 セッションレポート

プロダクトの価値を高めるためにコーディング以外にできることは?コミュニケーション4つの工夫

【13-B-7】プロダクトの価値を高めるためにコーディング以外にできること~共通言語でつくる異職種コミュニケーション~

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職種を越えてつながるための4つの工夫

 コミュニケーションの構造が見えてきたところで、実際にどのように改善に取り組んでいけばよいのか。ここからは、浅野氏がLegalOn Cloudの開発現場で実践してきた工夫を紹介していく。

 浅野氏によれば、LegalOn Cloudの開発においては、「関わるチーム・職種の多さ」と「深いドメイン知識の必要性」という、2つの大きなコミュニケーション上の課題があった。

 1つ目は、「関わるチーム・職種の多さ」だ。検索・推薦の基盤を担うチームは、複数の製品開発チームと連携する横断的な役割を持っている。それぞれの製品チームには、エンジニアに加えてプロダクトマネージャー、カスタマーサポート、さらには弁護士や法務エキスパートなど多様な職種が在籍しており、背景や前提が大きく異なる相手とのやり取りが日常的に発生する。共通のコンテキストを築く難しさは、想像に難くない。

 2つ目は、「深いドメイン知識の必要性」である。法務分野を扱うLegalOn Cloudでは、ユーザー課題の解決にあたって法的知識や業界固有の理解が欠かせない。より良い検索・推薦体験を実現するためには、こうした専門的知見をプロダクトへと的確に反映する必要があるが、そのためにはエンジニアがドメインエキスパートの知識を理解し、機能やロジックに変換する力が求められる。

 この2つの課題に対処するために、浅野氏らが実践してきたのが、次の4つの取り組みだ。

 1つ目は「相手の役割・責任を理解する」こと。特にプロダクトマネージャーやエンジニアリングマネージャーの行動原理を把握するために、複数の関連書籍を読んだという。「多職種との会話では、相手の視点に立ち、同じ言葉で会話できることが重要。そのためには、まず理解が必要です」と浅野氏。こうした取り組みは、発信側としてのエンコード効率、すなわち「伝え方」の精度を高める助けとなる。

 2つ目は「ドメイン知識の学習」。法令データの構造を理解するため、浅野氏は自作で法令XMLのパーサー(解析機)を開発。「手を動かしながら学ぶ」アプローチで、専門知識をコードに落とし込む力を養った。また、同社が提供する法務学習コンテンツ「Legal Learning」も活用し、法務業務の基礎を体系的に学んだ。

「法律のデータ構造と検索」に関する知見をパーサーの開発を通じて獲得。成果はブログで公開され、外部でも活用されている
「法律のデータ構造と検索」に関する知見をパーサーの開発を通じて獲得。成果はブログで公開され、外部でも活用されている

 3つ目は「社内勉強会の開催」。検索・推薦というニッチな分野を広く理解してもらうため、社内で勉強会を開催。その資料はブログ記事として社外にも公開された。「広く公開することで、社内メンバーにもより読んでもらえるという副次的効果があった」と浅野氏は振り返る。このような発信は、受信側のデコード効率――つまり「受け取りやすさ」を高めるための工夫でもある。

 4つ目は「他職種との会話を増やすこと」。従来はプロダクトマネージャーやドメインエキスパートとの会話機会が限られていたが、意識的に対話の場を増やすことで“通信そのもの”を再開し、ディスコミュニケーションのリスクを減らした。

 これらの取り組みは、先に紹介したコミュニケーションモデルの観点から見ても、「エンコード」「デコード」「通信機会」のすべてを向上させる実践だといえる。派手さはないが、実務に根ざしたこうした積み重ねこそが、開発現場のコミュニケーションを支える。

 こうしたコミュニケーション改善の取り組みを積み重ねた結果、検索・推薦チームは1年という短い期間でLegalOn Cloudを開発・リリースすることに成功した。その後も、6つの職種・8つのチームと連携しながら、検索・推薦の中核機能を次々と開発・改善し続けている。プロダクトの進化を支えているのは、まさに“共通言語”を軸とした粘り強い対話の積み重ねだ。

共通の言語で会話し、通信効率(ビットレート)を上げることでプロダクトの価値も高まっていく
共通の言語で会話し、通信効率(ビットレート)を上げることでプロダクトの価値も高まっていく

 専門性の高い領域であればあるほど、会話には精度と解像度が求められる。ドメインエキスパートと向き合い、知識や経験をコードへと昇華していく。そのプロセスにおいて、精度の高いコミュニケーションは不可欠な土台となる。

 「相手の言語を理解するだけでなく、自分たちの言語も理解してもらう」。浅野氏の言葉は、双方向の情報伝達がプロダクトの価値を左右する時代の本質を突いている。

 魔法のような特効薬はない。だが、こうした一つひとつの積み重ねが、プロダクトの価値を最大化するチームを育てていくのだ。

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この記事の著者

夏野 かおる(ナツノ カオル)

 博士。本業は研究者。副業で編集プロダクションを経営する。BtoB領域を中心に、多数の企業案件を手がける。専門はテクノロジー全般で、デザイン、サイバーセキュリティ、組織論、ドローンなどに強みを持つ。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

川又 眞(カワマタ シン)

インタビュー、ポートレート、商品撮影写真をWeb雑誌中心に活動。

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CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)

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