日本IBMが開催しているセミナー「渋谷テクニカルナイト」が人気を集めています。ほぼ毎週金曜日の夜に開催されるこのセミナーは、最新技術や動向を知ることができるため、IBM社内だけでなく社外からの参加も多いといいます。そこで、「渋谷テクニカルナイト」を開催し、自らも講師を務めることがあるという、コンサルティング・テクノロジー・エバンジェリストである米持幸寿氏、およびACP ITスペシャリストである根本和郎氏にお話をうかがいました。
--「渋谷テクニカルナイト」の講師も務める米持さんですが、普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか?
米持氏: 所属はソフトウェア事業になります。IBMのソフトウェア製品を日本市場に提供し、ライセンスを買っていただくという事業部です。そして私はエバンジェリストとして、日本IBMの新しい技術やストラテジーを伝えていくという仕事をしています。エバンジェリストという「冠」を持つ社員はソフトウェア事業に19名おりますが、私は特にエマージングエリアを担当していまして、まだ世に出て間もないような新しい技術を紹介しています。新しい技術なので、その使い方を説明したり、現場で使用した感想をフィードバックするといった提案活動支援、システム構築支援なども行っています。そのため現場にいることが多くなっていますね。セミナーなどでしゃべることが多く、私自身もしゃべることは好きなので、社内では「噺家」と呼ばれています(笑)。また、エバンジェリストをまとめるようなこともしています。
日本IBMに入社したのは1987年で、当時はメインフレームのプログラムサービスをしていました。障害が発生した際のサポートが主で、直接お客様のところに行き、朝まで復旧作業なんてこともありました。実は、ソフトウェア事業ができたのは1995年頃なんです。それまでは、ソフトウェアはハードウェアの一部として扱われていました。1998年あたりからはXMLやJava、J2EEなどのオープンソースの技術が急速に発達し、ソフトウェア事業でもテクノロジーのマーケティングから始まり、2000年あたりにはオープンソース系のシステム開発を手がけるようになりました。ちなみに、私が日本IBMに入ったきっかけは、小学校の頃にテレビで観た映画「2001年宇宙の旅」だったんですよ。この映画のコンピュータがIBM製だったというのを雑誌で読み、感銘を受けました。
--「渋谷テクニカルナイト」の概要と、始めたきっかけについて教えてください。
根本氏: 「渋谷テクニカルナイト」は金曜日の夜、ほぼ毎週開催しているナイトセミナーです。IBMでは以前からセミナーを開催していますが、なかなか現場にいる方は参加できません。週末の夜なら参加しやすいのではないと、このスケジュールにしました。講師は19名のエバンジェリストが交代で務め、主にいらっしゃるのはデベロッパーの方達です。会場は渋谷マークシティにある日本IBMのSWCOC(Software Center of Competency)で、ここを選んだのは駅ビルであるため駅が至近であり、また渋谷という、アグレッシブな企業が集まる地域であるためです。日本IBMが日頃セミナーで行っている内容に加え、以下の4種類のカテゴリに当てはまる題材を選んでいます。
1つ目は、個々のコンポーネント開発からマージされたものを目指すソリューションの発信です。LotusやTiboli、DB2、WebSphereなどを取り上げ、ソフトウェアの複合化についての内容です。
2つ目は、小さい要素技術をニュートラルな立場で発信するものです。これには、OpenIDやDojo、Ajaxなど、共通のインフラになっていくけれど、まだ浸透していないものを取り上げ、米国の最新情報などを提供します。
3つ目は、戦略的な技術、影響力の大きいオープンな技術を紹介するものです。これにはProject ZeroやEclipse、Jazzなどの、ソースコードを開示している開発環境を紹介します。
4つ目は、製品の前提になっているメソドロジを紹介するものです。これはEUP(Enterprise Unified Process)と呼ばれる、重く大きかった開発環境を軽く小さくするという考えの新しいものを紹介しています。
「渋谷テクニカルナイト」を始めたきっかけは、せっかくいい情報を持っているのにコミュニケーションがなく広がらないという状況に対して、社内でも社外でも、おもしろい技術を紹介し広めていく場になればという思いでした。このため、製品ではなく潮流を紹介していく内容になっています。セミナーは60名を定員としています。社外の方が中心ですが、IBM社員も多数参加しています。受講した方からの反応は「聞いていておもしろい」など、好意的なものが多いですね。
--今後、取り上げたい内容や、目標とするところはありますか?
米持氏: 社内からの要望が高いのは要素技術ですね。でも、社外からの意見も積極的に取り入れ、影響力が強いと思われるものは取り上げていきたいと考えています。あと、目標とは少し違うかも知れませんが、技術コミュニティのようなものを形成して行けたらと思います。特に日本はオープンソースに関して海外より遅れていると感じています。
日本の市場はコンペ色の強いベンダーが多いんですよね。アライアンスを組んで技術は共有し、性能で勝負している感じです。多分これは海外に対して生き残るための施策なんでしょうけど、ベンダー同士が手を組んでいかないと、コンペでは取り合いになって技術が死んでしまいます。また、同じオープンソースでも、RedHatやMiracleなどはGPL/GNUをベースに品質を上げて商用化するというものですが、IBMやサンはそうではなく、自社で開発したものをオープンソース化しています。このあたりの意図の違いも広く認識されるべきでしょう。
セミナーで取り上げるネタを集めるのに、実は社内Wikiや社内ブログを活用しています。IBMでは3年ほど前から社内のコミュニティソースサイトを構築していまして、社員が自由に情報を発信できるようになっています。そのため、たとえばオープンソースの標準化に関わっているような人のWikiやブログから最新情報を入手できるのです。Web 2.0を企業で実践しているため、ソリューションに活かすこともできるんですね。また、コミュニティソースサイトを利用して一社員がプロジェクトを立ち上げることもできるんです。
今後は、社内においては「新技術を持っているけど発表の場がない」という声に応えていき、社外に対しては幅広い内容でセミナーを行っていきたいと考えています。
--現在、米持さんが注目している技術は何でしょうか?
米持氏: 最近はクラウドコンピューティングに興味があります。ただ、要素技術なのか使い方なのかという問題はあります。ソーシャルネットワークにしても、使わなければ意味がありません。自主的に使う人が増えていかないと構築されていきませんよね。そのため、利用技術というか、使う人に対する教育というものも必要になってくると思います。これはクラウドコンピューティングも、そしてSaaSも同様です。
SaaSは特に仮想化とかぶる部分が多いですから、SaaSとしての使い方によるメリットとデメリットを明確にしていく必要があります。技術があるだけでは意味がないんですね。Web 2.0は同様の傾向が特に顕著です。Wikiやブログ、マッシュアップされる要素技術にしても、使われて初めて意味があります。また、コンシューマ向けか企業向けかによっても変わってきます。このあたりのことは誰もが悩んでいて、ノウハウを蓄積している状況です。
--最後に、読者へのメッセージをお願いします。
米持氏: 「渋谷テクニカルナイト」には、製品化される前の技術や、ラボから出たばかりの技術といった一番新しいものがあります。技術の観点から、製品ではないオープンソースへアプローチできるため、自分で付加価値を見つけていくことで新しいビジネスのチャンスにもなります。そして、これはすべて日本発の技術なのです。
日本は、家電や自動車、建築などの技術は世界標準になるほど高い水準にありますが、プログラムに限ってはそうではありません。組み込み系ががんばっている程度です。これは、日本の場合は誰かが作ったものをより安く作り替えていくという歴史のせいかもしれません。
日本は複数のものを擦り合わせてひとつのものを作ることが得意でした。これはソフトウェアでも同様のはずです。しかし、ソフトウェアはバラバラに作られています。だからSOAも進まないのでしょう。英語アレルギーも問題です。よく「日本語化しないと使いづらい」という話を聞きますが、日本語化すること自体が問題なのです。ぜひ英語をマスターして、ワールドワイドに展開して欲しいと思います。現状を打破して開発者に元気になってもらい、産業を活性化させてください。