彼らはどのようなチャレンジをしているのか。日本マイクロソフトでエバンジェリストを務めるドリュー・ロビンス氏と井上章氏が世界で活躍するエンジニアになるための変化について語った。
これまでと異なる環境に身を置くことが成長につながる
Developers Summit 2016 FUKUOKAのテーマは『CROSS THE BORDER』。デブサミ福岡A会場13時20分から開催された、日本マイクロソフトの井上氏とドリュー氏のセッションタイトルは、デブサミ福岡のテーマにちなんだ、「Engineers can change the world ~ "世界"で活躍するエンジニアになるために」。このようなセッションタイトルを付けたのは、「エンジニアのみなさんに国境を越えて活躍してもらいたいという想いから。まずは自分たちの変化のポイントについて話をしたい」と井上氏は前置きし、セッションをスタートさせた。
最近、デブサミでは、井上氏とドリュー氏の2人組によるセッションがよく行われている。両氏の関係は「上司と部下」と井上氏は説明する。ドリュー氏は日本マイクロソフトで活躍するエバンジェリストたちのまとめ役、つまりエバンジェリストマネージャー。一方の井上氏は.NET/ASP.NETやVisual Studio、Microsoft Azureなどの開発技術を専門とするエバンジェリストだ。
実は上司と部下の関係になる前に、すでに「ドリュー氏とは出会っていた」と井上氏は語る。2011年に米ラスベガスで開催されたMIX11というイベントで、ドリュー氏はマイクロソフト本社のエバンジェリストとして登壇していたのだ。本社のエバンジェリストとして活躍していたドリュー氏にとって、「日本マイクロソフト勤務になったことが最大の変化のポイントとなった」という。
実はドリュー氏の妻は日本人で3人の子供がいる。2014年5月に来日して現在のポジションに就任するまでにも、何度も日本に来たことがあり、その理由は「妻が日本人だから」とドリュー氏。そんな一般的な米国人よりも日本になじみのあるドリュー氏だったが、日本で働くことは大きなチャレンジだったという。というのも、日本マイクロソフトと本社ではさまざまな違いがあったからだ。「本社ではいろんな国の人たちが働いており、ダイバーシティが進んでいることだ」と違いを指摘する。マイクロソフトの本社は米ワシントン州レドモンドにある。本社はキャンパスと呼ばれており、広大な敷地の中にビルが複数立っている。敷地内にはカフェもあり、いろんな国の食べ物が提供されているという。「カレーはもちろん、うどんもある」と井上氏。ただうどんはなぜかパクチーが一杯入っているのだそうだ。寿司バーもあり、「お昼からお寿司を食べている」のだそう。
オフィスの一角にはゲーム機が置いてあり、気分転換できるようになっている。執務エリアは小部屋で区切られているが、最近はプロジェクトごとに大部屋で働くことも増えているそうだ。米国人も多いが、それに匹敵するぐらい中国や欧州出身者も多く働いているのだという。そんな本社では各人が「エネルギッシュにチャレンジしていく環境が用意されている」とドリュー氏は語る。一方、日本では個人がというより、「チームとしての活動が重視されるように感じる」とドリュー氏。そして「そこが日本人の素晴らしいところ」ともいう。チーム力の素晴らしさを「御神輿のよう」と例えるドリュー氏。御神輿には担ぎ手の助け合いが欠かせないからだろう。
違いはそれだけではない。日本人は完璧を求めすぎだとも指摘する。井上氏もたびたびドリュー氏から「日本人は無駄なところに時間をかけすぎだ」「働き過ぎだ」と言われるという。さらに日本では100%の完成度を求めたり、そこに至るまでの過程を重視する傾向があるが、米国では「結果がすべてだ」と語る。そして結果も80%で良いというのだそうだ。日本のお客さまも完璧を求める傾向があるため、「日本のお客さまは難しい」とドリュー氏は吐露していた。つまり、ドリュー氏にとっては日本に来たことがチャレンジであり、ドリュー氏自身を成長させるきっかけとなっているという。
一方、井上氏の変化のポイントとなったのは、「『Global Talent Program(GTP)』に応募したことだ」と語る。GTPとは日本で働いている社員がグローバルで活躍できるよう、日本以外のグローバル拠点で3か月間働くというプログラム。井上氏はそれに応募し、2011年9月1日~11月20日までの間、本社で働くことになったのだ。
井上氏がマイクロソフトに転職したのは今から9年前。入社するまでは「英語でのコミュニケーションはほとんどできなかった」と明かす。マイクロソフトに入社すると、本社の人が来たり、本社に出張したりということが日常的にあり、英語を勉強するようになり、GTPで本社に行くことがきまり、そこから「必死になって英語を勉強した」と井上氏は語る。しかし英語力についても井上氏は、「完璧を求める必要はなく、その場に行けばなんとかなるもの」と語る。
というのも、ドリュー氏も言ったように、本社ではさまざまな国の人が働いている。「いろんな英語が聞こえてきた」と井上氏。特に井上氏が働いていたPatterns & Practicesという部署ではインドの人が多く、「文法通りに話さなくてもコミュニケーションが取れることを学んだ」と井上氏は述懐する。
Patterns & Practicesはマイクロソフトで開発する技術のガイダンスを作っている部署で、井上氏は「Building Modern Mobile Web Apps」というガイダンスドキュメントを作製するチームに所属したという。「最初は英語の面で苦労はしたが、Authors and contributorsのところに名前が掲載された。この3か月間で自分自身を大きく成長させることができた」と振り返る。
というのも、井上氏もドリュー氏同様、これまでと異なる環境に身を置くことが大きなチャレンジだったからだ。井上氏は、本社と日本では、働き方が大きく違うと感じたという。
オープンソースの採用、すべての開発者に貢献できる技術を提供
個人の変化を促すだけではない。「マイクロソフト自体も大きく変わってきている」とドリュー氏は語る。これまでマイクロソフトの技術はWindowsのデバイスに限られていたが、今は、MacやLinux上でも動いたり、iPhoneやAndroid向けのアプリケーションの開発もできるように変わっている。「すべての開発者に貢献できる技術の開発にチャレンジする方向へと変わった」とドリュー氏はいう。
その変化の具体的な一例として井上氏が挙げたのが「Visual Studio Code」である。これはクロスプラットフォームなテキストエディターで、Windowsはもちろん「LinuxやMacでも稼働する」と井上氏は説明する。開発言語もC#はもちろんPHP、Python、Rubyなど、さまざまな言語が使える。また、このツール自体がオープンソースとなっており、「リポジトリはGitHub上で公開されている」と井上氏。もう一つの例として井上氏が紹介したのが、「.NET Core 1.0」だ。「これもオープンソースで、Windowsはもちろん、LinuxやMacでも稼働できる」と井上氏。このようにマイクロソフトはオープンソースをプロダクトに取り入れることに加え、「オープンソースにも貢献していく」と井上氏は力強く語る。Windows 10もAnniversary Updateにより、Windows上にUbuntuのサブシステムが載り、Bashが使えるようになったという。
この変化の証明として、デモではWindowsではない環境でVisual Studio Codeを動かし、Microsoft Cognitive ServicesのComputer Vision APIを活用して、写真から年齢を推測したり、どういう写真なのかテキスト情報(キャプション)を作成させたりというアプリを作成し、披露した。
「今はエンジニアの皆さんが変わるタイミング。より創造的なモノを生み出すためにも、日本人だけという状況から脱却し、いろんな国の方と一緒に仕事をしていくことにチャレンジして欲しい。そうすることで、きっと世界を変えていける」と井上氏は参加者に訴えかけ、セッションを締めた。