「どんな体験をユーザーに提供したいか?」を徹底的に考える ――MESON 比留間和也氏
まずは、株式会社MESONのXRエンジニア/Unityエンジニアである比留間和也氏が登壇。開発に携わった、ARランウェイ「OnwardPortal」と2030年の神戸を作る体験型ARコンテンツ「AR City in Kobe」において大切にした点を解説した。
特定の場所のみで利用できるARコンテンツは「その場限りの、たった一度の体験であること」が大きな特徴だ。そのため、「ユーザーに最高の体験をしていただき、満足して帰ってもらうことを常に意識している」と比留間氏は語る。
そのこだわりの1つが、“音”にある。ユーザーが音声を聴くためのツールとして、「OnwardPortal」ではネックスピーカーが、「AR City in Kobe」では耳たぶにクリップのように着けるイヤホンが用いられている。つまり耳を完全に覆うものにはなっていない。これは、「外部の音が聴こえることで、ユーザーが複数人で話し合いながら楽しめるコンテンツにすること」を考慮したためだ。
また、実装においては「クラッシュ時にすぐに復旧できるか」も重要なポイントだ。前述のとおり、体験型のARコンテンツはユーザーにとって「たった一度きりの利用」であることも多い。にもかかわらず、アプリがクラッシュしてうまく動かなくなっては致命的だ。それを防ぐため、アプリの設計・実装においてもクラッシュからの早期復旧が考慮されているという。
加えて、両コンテンツではスタッフ用の隠しメニューも用意されている。これにより、何か問題が起きた際のリカバリが容易になるだけでなく、対応マニュアルを記載しておくことで接客の品質向上にも寄与するのだ。さらに、ユーザー用のアクセスガイドを用意しておくことで、ユーザーの意図しない操作を防止することも可能になっているという。
セッション後半では、上記の体験を創出するためにどのような実装技術が用いられているのかについても詳細に解説。「ユーザーにいかにして良質な体験を提供するか」を徹底的に考え抜いたうえで、プロダクトが生まれていることが伝わるセッションとなった。
AbemaTVが競輪解説用ARを生み出すまで――AbemaTV 辰己佳祐氏
続いては、株式会社AbemaTVのエンジニアである辰己佳祐氏が、AbemaTVの競輪チャンネル解説用ARアプリ開発を通じて知見を解説した。本アプリは、サイバーエージェントでARやVRなどの開発を行う「XRギルド」により作られたものである。同社には、最新技術の研究を行うなど事業の貢献につながる技術課題に取り組む「ギルド」という制度が存在し、「XRギルド」もこの社内制度により発足したチームだ。
本プロジェクトに求められた要件は4つ。1つ目は「出力映像は放送に耐えうる高い解像度が必要」であること。この要件は、AR機能の実装や高解像度の映像出力ができる「iPhone XS」を用いればクリアできることが、検証の結果判明した。また、辰己氏がiOSアプリの実装も可能であることから、同端末の採用が決定したという。
2つ目の要件は「同時にトラッキングする自転車の台数は7台」。最初はAppleのARKitであるImageTrackingで実現できないかを調査したが、残念ながら4種類以上の画像の同時トラッキングは難しいことが判明。方針の再検討を行うことになった。
次なる候補として挙がったのは「Kudan AR SDK for iOS」と「Wikitude SDK for iOS」だ。両者にはそれぞれ長所・短所があったものの、引きの画に強いことや検出画像の制限がゆるいことなどが決め手になり、「Wikitude SDK for iOS」を採用するに至ったという。
3つ目の要件は「なるべく安価で実現する」こと。「この要件の達成度合いは、○ではなく△だった」と辰己氏は言う。なぜなら、AppleのARKitは無料で使えるが、「Wikitude SDK for iOS」の利用には年間で30万円前後のライセンス料がかかるためだ。
4つ目の要件は「納期は2019年2月末まで(プロジェクト開始は2019年12月初旬)」。この目標を実現するため、ARマーカー画像の作成を社内デザイナーに依頼し、自転車と選手の3Dモデル作成も社内の3Dモデラーに依頼。画像トラッキングの最適化を急ピッチで進めた。
ARマーカー画像の開発は難航した。「トラッキング認識精度が高い」「引きの画に強い」といった特徴を両立できる画像がなかなか作れなかったためだ。しかし、「過去によく目にしたような白黒のARマーカーは、引きの画にも強かった」ことに彼らは着想のヒントを得た。白黒の家紋のアイコンを中心に据えるデザインに変更したところ、読み取り精度が向上したという。そして見事、想定していたスケジュールに間に合った。
この経験から得られた学びとして「プロジェクトにおいて、画像トラッキングとマーカートラッキングのどちらが求められているのかを判断することが重要。そうすれば、ARマーカー画像の作成はより容易になる」と辰己氏は結んだ。
ホログラムが5G時代のコミュニケーションをつくる――小池浩希氏
次に登壇したのは、小池浩希氏。彼はカナダで創業したXR×AIスタートアップベンチャーでかつて開発していたプロダクトについて解説した。そのプロダクトとは、ホログラムの撮影ソフトと配信用のWebプラットフォームである。
小池氏は、まずモバイル環境の変化と、それをふまえたホログラムの存在意義について語る。私たちのモバイルコミュニケーションはポケベルから始まり、その後に携帯電話が生まれてどこでも通話が可能になった。さらには、写真を送ることやチャットで会話することも一般的になり、いまでは動画によるリアルタイムコミュニケーションも発達している。
2020年以降の第5世代移動通信システム「5G」では、3Dデータの通信が主流になるといわれており、ホログラムが次世代メディアとして注目を集めている。だが、ホログラムを扱う技術はまだまだ発展途上にある。
同領域のパイオニアになるべく、小池氏は起業しカナダに移ったそうだ。「カナダでは、まず10カ月間とにかく人に会っていた」と小池氏は語る。ひたすらに情報収集を行い、開発に必要となるハードやスキル、市場の現状などについての分析を行ったそうだ。
その後、彼は「『Kinect(マイクロソフト社が開発・提供する、ジェスチャー・音声認識によって操作ができるデバイス)』を使うことで安価にホログラムを開発可能ではないか」との仮説を立てる。「Kinect」には3Dカメラが搭載されているため、その映像を用いてホログラムを作成できるのでは、と考えたのだ。
試行錯誤を重ね、作成したプロトタイプは3つ。「リアルタイムホログラムキャプチャ」「キャプチャできたものを保存する独自のファイルフォーマット」「独自のファイルフォーマットを再生できるWebストリーミングプレイヤー」である。なんと、わずか3カ月の開発期間で作られたというから驚きだ。
これらは非常に将来性のあるプロダクトだったが、残念ながら道半ばで資金がショートしてしまい、ベンチャーは廃業。だが、ARに大きな可能性を感じた彼は、日本に戻り新たなチャレンジをしている最中だ。
「今後は、キャプチャレスでホログラムを作れるようなプロダクトに挑戦していきたい。キャプチャレスとは、3Dカメラによる撮影なしで3D映像をつくる技術。例えば、2Dで撮影された動画を3Dに変換するなどがそれにあたります。ご興味のある方はお声がけください。ぜひ一緒にプロダクト開発をしていきましょう」