「note」を急成長させたシンプルなグロースモデル
注記:イベント登壇時は株式会社ピースオブケイク。4月7日にnote株式会社に社名変更した。
note株式会社は2011年に創業したスタートアップ。「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というミッションを掲げ、創作活動をする全ての人を支援している。今氏は2013年に入社して、2016年からCTOを務めている。
同社が運営する「note」は、2018年頃からユーザー数を急増させ、現在では月間アクティブユーザー数4400万人を誇る(2020年3月時点、講演時点の公表値は2000万人)クリエイターの活動を支えるプラットフォームだ。この急成長のきっかけとなったのは、2017年後半にCXO深津貴之氏がジョインしたことと、深津氏が導入したこのグロースモデルだった。
シンプルな図だが、重要な要素は全て表現している。上記の「作者が集まる」「コンテンツが増える」「読者が集まる」などのブロックは達成していきたい指標であり、KPIである。矢印はそれを実現するための施策にあたり、作者が集まれば、コンテンツが増え、読者も集まる……というサイクルになっている。
このグロースモデルのポイントは、「単一のKPIを追わない」こと。基本的にサービスをやるときはKPI・KGIを設定して伸ばしていくが、単一のKPIに縛らないことを重視しているのだという。
例えばKPIを投稿数だけにして、投稿するとポイントがもらえる施策をした場合、投稿数は増えるが記事の発見性が落ちるなど、見にくい状態が放置されてしまい、結局悪印象になる。また、売上だけをKPIに設定すると、有料記事が過剰にレコメンドされたり、クレカ登録が過度にプッシュされたり、といった具合にゆがみが生じてユーザー体験(UX)が悪くなる。
それぞれの指標がバランスよく連携し、矢印の施策を伸ばしていくサイクルを作ることによって、正のフィードバックが回り、勝手に伸びていく状態を目指している。「特に弱くなっているところ、数字が落ちているところをウォッチして補強する施策を決めることが多い」と、今氏は語る。
例えば、発見性が落ち、読者が集まっていないことがわかったら、記事の回遊を増やすような施策を考える。コンテンツが集まっていないことがわかったら、コンテストやお題企画をたくさん考えて、書くきっかけを提供するといった工夫をしているのだ。
グロースモデルを支えるnoteの開発チーム
このグロースモデルをバランスよく回していくために、noteの開発チームを基盤、機能開発、カイゼン(社内的には長期・中期・短期チームと呼んでいる)の3つに分けている。それぞれが担当するタスクの粒度や、目指すコンセプトは以下である。
基盤チーム
グロースモデル全体の流れをスムーズにする下支えと会計処理を行う。KPIを取得したり、加工したり、可視化するデータ基盤を作る土壌がためや、他のメンバーのサポートを専門とするチームだ。
noteに集まる大量のデータを収集・蓄積し、可視化して、アナリストやエンジニアが閲覧・利用しやすいようにするデータ基盤も構築している。また、スパム対策、SEO対策、課金基盤の拡充・メンテナンス、通報機能、プッシュ通知基盤なども開発する。グロースモデル全体を活性化して加速させている。
機能開発チーム
noteの主軸となる機能を作るチームで、3カ月くらいの規模感で機能やリファクタリングを専門に開発する。noteの主要機能を作る部隊とも言える。先日も、月額課金のコミュニティを簡単に作成できる「サークル」機能をリリースした。
Nuxt.js移行プロジェクトやnoteのエディタの開発、タイムラインの改修、マンガビューア機能の開発などを行っている。このチームの役割は矢印部分の機能を強くし、安定させる施策をリリースすることである。
カイゼンチーム
カイゼンチームは穴を見つけて改善しまくるチーム。このチームの役割は明快で、アジリティ重視でPDCAをひたすら回すこと。早くて当日、長くても2週間くらいの規模感で、施策を次々とローンチしていく。
チームのコンセプトはグロースモデルの細くなっている線を探して、クイックに埋める施策を出し、全体を通してグロースモデルのバランスを取ること。年間100以上の施策をリリースしている。
noteではこのように全体にバランスよく、グロースさせていくために組織のレイヤーで役割を明確に分けたチームを作り、リソースをなるべく均等になるように調整している。その結果、後回しになりがちだった案件が放置される事案も減り、サービスも急成長していったのだという。
noteのデータをどうグロースモデルに生かしていくか
このようにグロースモデルを本格的に適用したことで急成長を遂げたが、2019年からは状況が変わってきた。noteのトラフィックが急激に伸び、多種多様なクリエイターや企業利用が増加。社内的にもエンジニアやデザイナーが倍増し、チームも増え、組織立ってきたタイミングでもあった。
noteのサービスは世界観重視で、守っていきたいカルチャーや、打ち進めたい価値観・雰囲気が明快だ。施策の判断はその都度、定性的な要素で決めることが自然ではあったが、サービスもチームも大きくなってきたことで、データを活用して客観的に可視化し、優先順位を明確に決めるといったニーズが増えてきた。データを積極的に活用して、日々の改善に織り交ぜていこうという機運が高まってきたのだ。
安心して創作ができる雰囲気は維持していくが、こうした施策は売上や投稿数、ユーザー数などのKPIを伸ばすという文脈には必ずしも乗らないことが多い。反面、データ中心でアプローチしていくと、全体から課題をブレイクダウンして、ひとつのところにフォーカスを決めて、一気に伸ばすことがやりやすい性質がある。
しかも客観性が高いので、議論を進めたり、情報を整理したりすることが、チームのナレッジ、学びになっていくという大事な側面もある。
そんな背景もあり、メルカリでデータアナリストチームを率いる樫田光氏が2019年半ばにグロース戦略顧問としてジョイン。一流のやりかたや進め方を一緒にプロジェクトを進めることで学び、定性・定量、どちらか寄りすぎないように、バランスを取って進めていこうということになった。
クリエイターの創作継続率を上げるデータ活用
データを取るには、定義を議論して決めることも重要だ。例えば、「離脱した」「継続している」というのは、どういう状態を指すのか。ヘビー・ミドル・ライトに分けるとしたら、どの辺が境界なのかなど、議論する必要があった。
樫田氏のリードにより、その議論の論点の提示や整理を行った。これまで概念的に判断していたことを、データを活用した施策決定や、全体感を見てロジカルにどこの数字がクリティカルなのかを判断するアプローチに変えていったのだ。
データ収集は基盤チームがAWS上に構築。データをもとにした意思決定や、データアナリストや現場の担当者が取り出しやすいように基盤を整備した。
樫田氏がジョインしてからのプロジェクトの例も紹介された。クリエイターの創作継続率を上げる施策だ。
クリエイターをターゲットに決めた場合、ド新規のクリエイターもいれば、一回だけ投稿したことがあるクリエイター、もしくは昔は書いていたが書かなくなったクリエイター、自分では書かなくなったが他の人のnoteは読んでいる、読んでもいない完全離脱パターンなど、さまざまなタイプ分けができる。まずは、どこに注力するのがいいかを議論し、それを決めた上で仮説を立てた。
書き始めたはいいが投稿まで至らない、例えば、エディタや下書き機能などのUX上の問題で離脱ポイントになっているのではないか──そんな仮説を立てて検証を試みた。しかし、データを取ってみたところ、案外そうでもないとわかった。
さらに定性のアンケートなども交えつつ、調査していったところ、投稿した後の反応の有無が、どのタイプのクリエイターにも共通してクリティカルであることがわかってきた。クリエイターにとってうれしい反応は何か。実装や運用などの面も含め総合的に検討した結果、noteでは「スキ」と呼んでいるボタンをUX的につけやすく改良することになった。
エンジニアチームやデザイナーチームと検討し、実装していった。その結果スキの数がかなり伸び、スキの総数が上がった。さらに、ひとつもスキがつかずにnoteが放置されるケースも減少した。
「こうした課題設定や定義付け・仮説検証のプロセスを行い、データをもとに施策の決定や運用に生かすプロセスは、noteというサービスや利用者の特性、学びになる。チームみんなでディスカッションして、仮説を作って検証して、検討したりするので、この学びをチームでためて今後に生かす。データという客観指標が持つ強みだと思っている」(今氏)
さらなる「note」の成長のためにやっていくこと
今氏は今後のnoteのサービス成長のために、グロースモデルの発展や運用は継続することはもちろん、「パフォーマンス課題の解消」「レコメンドの向上」を重点的にやっていきたいと語る。
「2020年に入ってトラフィックもさらに増え、サービス基盤も大きくなっているので、フロント(Nuxt.js)・サーバーサイド(Rails)・インフラ(AWS)、どのレイヤーでもパフォーマンス上の深堀ポイントはかなり残っている。課題としては奥深くて、技術的には面白い」
noteは書き手と読み手がいるマッチングサービスで、文章・マンガ・写真・映像といろんなフォーマットがあり、カテゴリもノージャンルでビジネス、ライフスタイル、BL、SFなど多種多様だ。レコメンドするには難しいサービスだが、機械学習を活用し、UI/UXでの施策をすることで、さらに成長させていきたいと、以下のまとめを挙げ、セッションを締めた。
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