4つの逆境の問題に向き合うための「段階の設計」
逆境については、「段階という概念が重要になる」と市谷氏。逆境下から一気に理想に持って行くことはできないので、逆算し、段階的に乗り越えていくことが大事になるという。
逆境の第一の問題は「歴史的な前提負債」。歴史ある組織ほど、その既存業務を支えてきたシステムは大きな成長を遂げ、手出しができなくなっている。新規開発は速いスピードで行うが、その中で既存システムに手を出すと、時間の流れが一気に遅くなってしまう。「速い流れ(新規開発)と遅い流れ(既存システムの開発)という異なる時間の流速の中で取り組むプロダクト開発は圧倒的に難易度が増す」と市谷氏。それでも既存システムにはその組織の強みがあり、向き合わざるを得ない。この問題へ向き合う術としては、いきなり本丸に一人で切り込まず、「一緒に調査をするチームを育てることを主眼に、第1ジャーニーを設計することだ」と市谷氏は指摘する。
第二の「ゼロエキスパート」の問題にも、段階の設計を適用すべきだという。「ゼロエキスパート」とは、プロダクト開発を進めるために必要な専門家が圧倒的に不足していること。DXの一貫で取り組むエンドユーザー向けのプロダクト開発は、これまでの開発とは全く異なる。そこで開発者や必要な技術、役割を再定義していかなければならないが、この「チームの育成にも段階の設計を適用」する。例えば、図のように規模・責任範囲を段階的に広げていきながらチームを成長させていく。
第三は「政治的安全性」。“これまでこうしてきたから”“こういうルールがあるから”と、後から文句を言われないように目の前の判断をしてしまうことも多い。「そうした判断で守った結果、その先にあるものを考えられないようになる」と市谷氏は警鐘を鳴らす。この問題に対しては、「このプロダクトで何を大事にするのか」を常に問いたいところ。この点があいまいだと、他の判断基準を優先してしまうからだ。「個人としてのWhy」「チームとしてのWhy」「チームとしてのHow」という出発のための3つの問いに答えることが重要だという。
第四は「目の前最適化」。先の問題に似ているが、DXとそれに伴う諸活動において、総論は賛成だが、このプロジェクトで通すことはないという判断をすることがある。目の前のプロジェクトで妥当な判断をしようとすると、新たな意思決定をすることはなくなる。また「なぜ変えなければならないのか」という質問に答える時間は個人にも組織にも残されていない。「確かに目的が手段を決めるが、この基準だけでは小さな目的のために、獲得できたはずの偉大な手段を獲得できないこともある」と市谷氏。この問題に対しては、プロジェクトとは別に組織横断のチーム(CoE)を置くことでプロジェクトレベルを超えた判断や支援ができるようになるという。
3つの断絶の問題に向き合うための「対話と再定義」
「断絶」については、対話と再定義が必要になる。この「断絶」による問題は3個あるという。
第一が「始まらない対話」。市谷氏は、現在、あいまいなままから会話を始めて理解にたどり着くコミュニケーションが困難になっていると指摘。「リモートの場合は、沈黙を回避したくなるため、ゆるい会話も敬遠しがちになる。会話が始まりにくいため理解が進みにくい」と市谷氏。この問題に対しては、「気が付いたら雑談しよう」ではなくもう少し仕組み化して、雑談を意図的に予定として組む方がよいという。
第二の問題は「窮屈な対話」。会話を始めるコストが高まっているため、会話自体の数が絞られる。そのため限られた時間の中で情報を詰め込んで話すことになり、会話が尻切れトンボで止まってしまうという。この問題に対しては、「情報密度を高めること」と市谷氏。例えば「miro」や「Google Jamboard」といったホワイトボードツールなどで、ダイヤグラムやキャンバスなど読み取りの幅が広がる手段を使うとよいという。
第三が「あなたのことが分からない」。何を思い、何を目指し、チームに何を期待しているのか。リアルだと声をかけることができるが、リモートだとそういうよく分からない会話を始めることは難しい。この問題に対しては、「一緒に仕事をすること」だという。ただし、いきなり1か月の単位でやっていくのはハードルが高いので、1週間のスプリント程度の単位で行う。「チーム仕事を小さく、短く、一巡させて、振り返る」中でのコミュニケーションが重要だ。
XPの5つの価値を手がかりに分断を乗り越える
組織の中で未来やお互いの理解について分断が起きてしまうのは、「世代や役割、職位など、それぞれの立ち位置があるため」と市谷氏は言う。そういう状態はアジャイルの始まりにあったことでもある。そこで生まれた開発プロセス「XP(エクストリーム・プログラミング)」は、そういった役割の分断を乗り越えるためのあり方を示すもの。市谷氏はXPで挙げられている5つの価値(コミュニケーション、シンプリティ、フィードバック、勇気、リスペクト)が、現代の分断を乗り越える手がかりになるのではと言う。この5つの価値を手がかりに自組織の状況に必要な価値基準を見つけ、何を大事にして進めていくかを改めて再定義するのである。

だがここで注意したいのは、目的は価値観をそろえて統一することではないということ。「むしろそういうあり方をしてしまったから、唐突なリモートワークに対応できなかった。それぞれの立ち位置が適切に分かれている上で、協調すること。これがこれからの組織の課題だと思う」
最後にこう語り、市谷氏はセッションを締めた。
