「デザインプロセスが不要ならそれでもいい」 起業で得た新たな視点
――なぜ社員として会社に在籍するのではなく、起業を選択されたのですか?
nanapiでの経験以降、自身のなかで自ら事業を作ることへの感度が高くなっていたことが大きいです。とくにメルカリ経営陣の考えかたや仕事のスタンスに触れているうちに、このままここにいても、この方たちと同じ景色は一生見られないのだなと思ってしまった。そうなると、残る選択肢は起業しかないなと。
実際に起業家の方々に話を聞かせてもらうと、「大企業でしっかりキャリアを積み、MBAスクールに通って満を辞して起業」することを勧める方はひとりもおらず、「とりあえずやってみたら?」と言ってくれる方が多かったことにも背中を押されました。
起業を経てデザインに対しての意識が変わったのは、「デザインのプロセスなしで事業を早く前に進めることができるのであれば、そちらを選択したほうがいい」と気づけたこと。デザイナーを抱えているから彼らのための業務を作るという思考は本末転倒ですが、実際の現場では意外と多く存在します。デザインプロセスを省くことで早い事業成長につながるのならば、「デザイナー必要ないですよね?」といまなら言える。これは起業の経験があってこそ気づけたことだと思います。
起業した会社は2年ほど経営し自身で精算したのですが、僕より代表に向いている人がいることを痛感したので、まずは信頼できるパートナーを探しはじめました。運良く早いタイミングでパートナーと出会うことができ、一緒にSmartHRの子会社を創業し、1年間働きました。
その後、フリーランスでデザイナーをしていたときにnewnに業務委託として関わり代表の中川と初めて仕事をさせてもらったのですが、とにかく純粋におもしろかった。あらためて自分ごととして事業に関わりたい気持ちが盛り上がっていたこともあり、中川に声をかけてもらったタイミングで入社しました。
どんなキャリアでも大切なのは「自分で意義を見出しているか」
――今後はどのようなキャリアを歩んでいきたいですか?
たとえ不安な要素があったとしても、大きく成長できるかどうかを軸にキャリアを選んできました。だからこそいままでのキャリアのすべてが転機ですし、転機にならないと思える選択をしたことはありません。
ただ自己成長のみがモチベーションになっていたのでどうしても不安定な選択をしがちでした。起業をしたときも、モチベーションの源泉は何か大きなことをして世の中を変えたいということではありませんでした。私はいつも焦っているんですよね。自分の成長に対して飢えているというか、乾いている。
昔はそんな自分がかっこよくないなと思っていたのですが、ここ数年はそれでも良いんだと考えられるようになってきました。周りと比較し、全体のなかでトップレベルにいるためにはどうしたらいいかを考え実行するのは、成長の実感もあって楽しいですから。
一方で、まだ世の中に大きなインパクトを残す仕事はできていないので、今後はひとつの事業に腰を据えて取り組みたいです。いままでは立ち上げフェーズに関わることが多かったので、一定以上の長期間関わった事業が大きくなるという実体験を持っていない。これが自分の経験としては足りないピースだと感じています。
あとは現在個人的に活動をしているデザイナーの育成にも、一生かけて取り組んでいきたいですね。
――最後に、キャリアに悩んでいるデザイナーに向けたアドバイスをお願いします。
デジタルプロダクトのデザインの歴史はまだまだ短く、毎年のように基準やトレンドは変わります。僕自身も、昨年お話していたことが今年はすでに通用しなくなっていることも多い。
たとえば「どういったデザインスキルを身につけたら正しいキャリアを歩めますか?」といった質問をよく耳にしますが、伸ばすべきなのは「いかに柔軟に対応できるかどうか」などの考えかたやスタンスの部分。目の前の情報を真に受けてしまったり真面目に考えすぎてしまう人が多いように思いますが、ある程度身軽に行動することが重要だと感じています。
誰か目標となる人物をロールモデルに据えてモチベーションにつなげることもひとつの方法だとは思いますが、結局最後は自分で考えて切り開いていかなければなりません。転職をするにせよ、ひとつの会社で働き続けるにせよ、周りに言われて選ぶのではなく、自分で意義を見出していることが非常に大切なのではないでしょうか。
――上谷さん、ありがとうございました。