ほとんどのエンジニアが感じている「漠然とした不安」を解消する方法
今野氏は話を始める前に、「72%」という数字を示した。これは、今後のキャリアに不安を抱いている人の割合である(Job総研「2022年 キャリアに関する意識調査」)。しかもそのうちの約65%が「漠然と不安を抱いている」とも言う。漠然とした不安を抱くのは経験が不足しているからとか、実力がないからという理由ではない。キャリアに対する不安はほとんどのエンジニアが感じていることなのだ。
そして今野氏は、不安を解消してキャリアを形作っていく最良の方法は「今、自分自身が担当している仕事の課題を『正しく認識すること』」に尽きると強調する。仕事の課題を正しく認識するとはどういうことだろうか。
その前に今野氏は、仕事に対するモチベーションについて理解することが必要だと語り、リンクアンドモチベーションが活用するモチベーションの公式を示した。モチベーションの公式は以下の通りとなる。
Will(やりたい)×Must(やらなきゃ)×Can(やれそう)
モチベーションと聞くと、やりたいことが魅力的であること、つまり公式の中のWillの部分が大きくなることを想像する人が多いかもしれない。しかし、それだけでは人間はモチベーションを抱けない。やりたいことに加えて、「これは絶対にやり切らなきゃいけない」という危機感(Must)と、「これはやれそうだな」という自信(Can)を掛け算することで、モチベーションは生まれる。
これは、WillとMustとCanが作る3つの輪で表現できる。3つの輪の重なりが大きくなっているとき、人間のモチベーションは高まると、リンクアンドモチベーションでは唱えている。しかし、バランスが崩れて3つの輪の大きさが不揃いになってくると、モチベーションに問題が発生する場合がある。例えばエンジニアとして働き始めたばかりの新入社員は、できること、つまりCanの輪が小さい。その状況では、先輩が10分で終わらせる仕事に3時間かけてしまったり、先輩にコードを添削してもらうと真っ赤になって返ってきたりすることがよく起こる。その結果仕事に対する自己効力感、モチベーションが下がるという構図となる。
こういうとき、新入社員は「自分はエンジニアとしてやっていけるのだろうか」とキャリアに漠然とした不安を抱く。ただし、この場合はスキルを身に付ければ済むことである。努力を続けて3年も経験を積めば3つの輪のバランスが取れてきて重なり部分が広がり、モチベーションは少しずつ上がっていく。
ベテランエンジニアが漠然とした不安を抱く2種類のパターンと原因
先述のように、キャリアに対する不安はほとんどのエンジニアが感じていることだ。それは、経験を積んだベテランとも言うべきエンジニアにも当てはまる。今野氏は、経験を積んだエンジニアが漠然とした不安を抱くときの典型的なパターン2種類を示した。
1つ目は、仕事に飽きて退屈だと感じているエンジニアのパターンだ。この場合、自分が解くべき課題を小さく捉えてしまっており、課題が小さいから簡単に達成できてしまい退屈に感じる。その結果モチベーションが下がり、漠然とした不安を抱くこととなる。WillとMustとCanが作る3つの輪で表現すると、経験を積んで自分ができることは増えた(Canの輪は大きくなった)。しかし、自分がやらなければならない課題を小さく捉えている(Mustが小さい)ため、3つの輪のバランスが崩れ、重なりが小さくなっている。ベテランになると解くべき課題自体を自ら発見する必要があり、この状況に拍車をかける。
もう1つのパターンは、反対に自分がやらなければならない課題を大きく見積もりすぎているパターンだ。経験を積んでできることは増えたが、それでも追いつかないくらいに課題を大きく考えてしまっている。1つ目の例とは反対に、Canの輪に対してMustの輪が大きすぎるわけだ。仕事を抱え込みすぎて潰れてしまいそうな状態と言えるだろう。
どちらにも共通するのは、やらなければならない仕事(Must)を正しく認識できていないという点だ。決してやりたいことが少ない(Willが小さい)からモチベーションを落としているわけではない。そして今野氏は、上記2つのパターンを解決するには、エンジニア本人が課題を適切に認識するスキルを身に付ける必要があると説く。
さらに今野氏は、上記2つのパターンに対する解決法を明かしてくれた。1つ目の仕事に飽きて退屈と感じているエンジニアの場合は、退屈と感じながら同時に自分自身の成長が鈍化しているのではないかと漠然とした不安を抱いているだろう。もしそういう状況に陥っているようであれば、自身が働く環境で「イケてないな」と思う点を3つ書き出してみると良い。技術的な内容でも職場に関する内容でも構わないが、たいてい書き出した3つは、自分が動けば必ず解決できるか解決に貢献できる。「課題は認知した時点で半分は解けているので、自分ができることとやるべきことを考える」のが狙いだ。
ただし、書き出してはみたものの、今の自分の力ではどうしても解決できない課題が出てくる場合もある。その場合にはまず、「課題をかみ砕いて、自分にも解ける問題にする」という方法が考えられる。かみ砕いてみたが、それでもなおどうすることもできない問題が出てきてしまったのなら、その問題が解けるようにスキルアップをしていけばよい。どの方法も、WillとMustとCanが作る3つの輪のうち、Must(やらなければいけないこと)を拡大してあげる手法と言えるだろう。
漠然とした不安を抱いたときにやってはいけないこととは?
もう1つの、仕事を抱え込みすぎるエンジニアのパターンでは、抱え込んだ仕事をすべて一人で処理しようとして押し潰されそうになっている。その場合は、周囲の力を借りて問題を解決することも1つの大きなスキルであると理解し、周囲の力を借りる努力をしてみるとよいだろう。もし、このようなタイプのエンジニアが自身の周囲にいる場合は、「一緒にやらせてください」「手伝わせてください」と声をかけることも大切だと指摘した。
続いて今野氏は、エンジニアがキャリアに対する漠然とした不安を抱いたときに、してしまいがちだが本当はしてはいけないことを挙げた。それは、「自分は仕事を通して本当は何がしたかったのだろうか」と自分自身に問いかけたり、「今現在、自分はどのようなスキルを持っているのだろうか」と技術スキルだけの棚卸しを始めたりすることだ。今野氏は、どちらも自分自身の内面を掘り下げていく行為であり、不安を抱いているときに自分に対してさらに問いかけても不安が増大するだけだと訴える。
そして、何がしたかったのかを考えるのはWillとMustとCanが作る3つの輪で言うなら、Will(やりたい)の部分について考えることだ。持っているスキルを棚卸しすることは、Can(できる)の部分について考えることと言える。先述のように、キャリアに対する漠然とした不安はMustの輪が小さくなりすぎたり、大きくなりすぎたりして起こっている。そう考えるとやはり、やりたいことやできることを考えるのは的外れなのだろう。今野氏も、キャリアに関する漠然とした不安を抱いたときは、自分の内面ではなく外に目を向けて、自分がこの場で解決すべき課題が何なのかを考え直している。
今野氏はさらに「転職」に目を向けるのもありがちなことだが、問題の根本的な解決にはならないことが多いと語る。「今の環境はつまらない、成長できない」と考えて、転職を検討するエンジニアは少なくない。しかし今野氏は、そのときのエンジニアのモチベーションは、WillとMustとCanが作る3つの輪のうち、Must(やらなければならないこと)が小さくなっていると分析する。
この状態で転職すると、転職当初は3つの輪の大きさがバランス良くなっているが、しばらく経って仕事が一段落すると、またMustの輪が小さくなってしまい、この職場でやることはないと考えてしまう。環境を変えることで、一時的に3つの輪の大きさのバランスをリセットすることはできるが、やらねばならないこと(Must)に対する自分自身の認識を変えることができていないから同じことを繰り返すというわけだ。今野氏は、このようなタイプのエンジニアが本当にやるべきこととして、自分がどのように認識しがちなのかを知って、本来解くべき課題を把握できるよう自らを変化させていく必要性を説いた。
今野氏は決して転職が悪い方法だと言っているわけではない。転職を考える前にすべきことがあるということだ。転職を考えるなら冷静になって自身の職場を見て、自分だからこそできることや、自分がやらなきゃいけないだろうと思うことを見付けてみることを薦める。それでも見付からなかったときは、新しい職場を探した方が良いだろうとのことだ。
最後に今野氏は、エンジニアとしての市場価値が、「問題を解決する力(Can)」だけで決まるわけでないことを指摘した。市場価値と言われると、何か特別なことができるということ、つまり問題を解決する力で決まるものと考えてしまいがちだが、「自身が捉えている課題(そもそものMustへの認識)」によっても決まる。エンジニアがキャリアに対する漠然とした不安を抱いたときは、自分ができることややりたいことではなく、自分がやらなければいけないこと、やるべきことについて改めて考えてみるクセを付けると良いのかもしれない。