相互に影響を与える「文化」と「戦略」
ここで河原田氏は組織文化について、グロービス社の取り組みを紹介した。同社ではフロアにカフェスペースを設けており、イベントによってはウイスキーやワインを傾けながら社内メンバー同士での交流を図る。時には大きなスピーカーを置いてDJブースのようになることもあるが、こうした取り組みも「他部署の人々を巻き込んで楽しみながら意見交換をする雰囲気を醸成する」文化を作り、日常業務でも社内ネットワークを活用して仕事を進めやすくして事業成長につなげていくという組織戦略を実現するためなのだ。
また、たとえば長年ウォーターフォール型の開発を行ってきた企業がアジャイルに切り替える場合、それまで培ってきた文化はウォーターフォールに適合している可能性が高いため、「いきなりアジャイル開発の案件を受注しても、文化が異なるためうまくいかない」。
文化と戦略は密接に結びついている。だからこそ、それぞれの組織の特性や目標に合わせた適切なアプローチを見出していくために、品質文化を醸成することが重要視されるのだ。
品質文化は目に見えないが、これを可視化する手法として3つの「品質ナラティブ」も紹介された。品質に対するオーナーシップを誰が持つかに関する「責任ナラティブ」、具体的なテスト手法・技術に関する「テストナラティブ」、そして品質向上による影響・効果に関する「価値ナラティブ」だ。「ナラティブ」という概念は書籍『LEADING QUALITY』で「考えられ、語られていること」と説明されている。
価値で品質を語る品質文化を基点に、品質文化醸成のサイクルが動き出す。組織戦略に対して「どのような価値がもたらされると嬉しいか」の問いが発せられて経営層が品質の向上に価値を認め、その認識が広まることで、品質改善への理解と取り組みが進んでいくという構造だ。
そして組織戦略の側で品質をどのように扱うかという議論がなされるようになれば、さらなる検討や立案・推進が行われ、品質向上によってどのような価値がもたらされるかという具体的なビジョンや手法についての議論へと発展する。Why部分に相当するこのアプローチが受け入れられれば、上層部も品質の重要性を認識し、Howの部分から検討を始めると示した。
「価値をもたらす戦略を立てても、それを実現する文化がなければうまくいかない」と、事業戦略と品質文化の関係を示す河原田氏。組織戦略として新たな取り組みが決定されれば、社内文化の変革も始まるのだ。
一方で、こうした組織戦略と文化が衝突することもある。たとえば、自社の目指す戦略の実現やイノベーション促進のためにフルリモートを取りやめ、対面でのコミュニケーションを重視する方針に転換した場合、フルリモートでQOL(Quality of Life)が向上したと感じている社員はこの戦略に反発する可能性があるのだ。
このような状況においては、制度設計の担当者や経営層と社員が胸襟を開いた話し合いの場を設け、双方の懸念や期待を理解し合うことが求められる。河原田氏は、「ハイブリッドワークのような、中間的な解決策を見出す必要があるかもしれない」と提案した。地道な対話と相互理解は文化醸成のみならず、ビジネスパーソンのあらゆる仕事の基本でもある。
講演の最後に、河原田氏は「品質は単なる技術的な問題ではなく、現代のビジネスをドライブし、その成功に直結する鍵だ」と、品質の重要性を改めて強調した。そのうえで、「組織全体で品質に対する意識を高めていくことが求められると同時に、品質向上の取り組みがビジネスにどのような価値をもたらすのかを常に意識し、組織戦略と整合性を取りながら進めていく必要がある。品質とは何か、という問いに真摯に向きあってほしい」とまとめ、セッションを締めくくった。