企業向けシステムは40年前から進化していない
五味 キャップを、限界を軽々と越えていく天才の廣原さんと、スーパーエンジニアの井上さん。天才とスーパーが一緒になって作っている「HUE」の開発について、まずは概要を教えていただけますか。
廣原 企業向けシステムには40年以上の歴史がありますが、現在に至るまでその基本機能構成は大きく変わっていないというのが現状です。つまり、今でも当時のコンピュータでできたことが基準になっていて、コンピュータができることはコンピュータに、人間がやらなきゃいけないことは人間にしてもらう、という設計でした。ここでいうコンピュータができることとは、簡単にいうと、大量なデータの集計および計算ですね。ただ、実際にそのデータを使って分析をしたり、業務をしたりするところは、人間が紙に打ち出して行っていました。
一方で、僕たちが普段使っているコンシューマ向けITサービスは、歴史が比較的浅いにもかかわらず、最新のコンピュータができることは全てコンピュータで担うように設計されているので、いろんなことができる。結果として、企業向けシステムとは大きな差がついてしまっていました。そこで、”今”のコンピュータができることを基準に、企業向けのシステムを再設計したとしたらどんなシステムになるだろうと思って作り始めたのが「HUE」なんです。
HUEは人工知能型ERPと言っていますが、例えばユーザの操作を覚えてくれて、先月もこの伝票を打ったんだから今月も打つんじゃないかとか、人事評価の結果からこの人は次の昇給候補じゃないか、というサジェストをしてくれる。Google検索の「もしかして」やFacebookの「知り合いかも?」のような、今コンピュータができることを業務システムの中に全て取り入れたという製品になります。
井上 HUEのコンセプトは廣原さんが言った通りなので、廣原さんの役割について2点補足をします。廣原さんは、HUEという製品の”何をつくるか”の部分に責任を持つプロダクトマネジャーで、僕はそれを”どのように効率的に開発するか”の部分に責任を持っています。
HUEの開発現場では、月1回、廣原さんが開発者を集めて、製品の方向性について発表し合う場があります。僕はそこでの廣原さんの話が好きなんです。廣原さんは、前職でユーザ側、使い手の立場にいたこともあるので、作り手がいかに使い手のことを考えてないかという話から始めるんです。廣原さんは、使っている人のことをどこまで知っているのかと、開発者に何度も問い直しています。
もう一つ、廣原さんは、ずっと「普通のことをやってくれ」「普通のシステムを作ろう」と言い続けています。これは繰り返し言葉にして伝えないと、開発者は彼らなりのイマジネーションで奇妙なものを作ってしまう。もっと言うと、技術が大好きなエンジニアは使い手のことを考えずに想像で、あるいは、これくらいの技術でできるからという手段から考えてしまう。だから廣原さんは、”コンピュータだったら普通にこれくらいできるよね”ということをできるようにしようと、繰り返し言い続けているんです。廣原さんのようなプロダクトマネジャーがいるのは自分の中でもいい経験だし、製品がうまくいくためにはこういう人が必要なんだなと常々思っています。
廣原 自分がユーザ側にいたときは「なんで開発者は分かってないんだろう、自分が作ったら全部できる」って思っていたんですけど、やってみたら非常に難しいんです。HUEの一つ一つの機能でも、実現したいことにたどり着いている機能もあれば、まだまだ道半ばの機能もあり。「このぐらい作って当然だろう」って僕に対して思われている方もいると思いますが、そこはまだまだ道半ばであると自覚しながら作っています。
五味 ありがとうございます。ということは、HUEはまだ道半ばの製品?
廣原 そうですね。まったくもって道半ばで。フルラインナップも揃った完成形からも、まだまだ遠いところにあるのは事実です。ただ、ユーザが「こんな業務は、それくらいコンピュータがしてくれたらよかったのに」って思うところが、人工知能を使って一つ一つクリアできる。まだ、この瞬間にも開発している機能があるので、リリースされればもう一つできることが増える、という繰り返しをやっているところです。
ユーザが一番困っているところから機能を作る、それが「普通」
五味 今、EnterpriseZineに廣原さんへのインタビューが載っていますが、そこの記事で、コンピュータには普通にできてほしいことが、業務アプリケーションではできない。なぜなんだという部分がすごく印象に残っていました。そういうところをHUEは少しずつ解決しようとされてるんですね。
廣原 冒頭で、井上さんが「キャップを外す」という表現を使われましたが、僕は逆に、優秀なエンジニアであればあるほど「斜め上」のことをしがちだと感じています。そのテクノロジーがあるんだったら、これをやるべきだと思うこともあって。それが僕の言う「普通」なんです。
アリエルがワークスのグループ会社になって、僕が、この素晴らしい技術力を持った人たちと組んでグループウェアを作るとしたら最初に作りたい機能はこれだ、というのが実はあって。それが、今回のCOMPANY Forum 2016のKeynoteで発表した、スケジュールを調整する機能なんです。
エンジニアがスケジューラーを作るとなったとき、どの順番で機能を作るかというと、まずはスケジュールを登録する機能、次にスケジュールを編集・削除する機能という風になるかと思います。でも、スケジューラーを使う人にとって一番頭を抱えること、最初にやることはスケジュール調整ですよね。この調整の機能を作ることができれば、すごい問題解決になるんです。これが「普通」。一番困っているところから作ってほしいというユーザの声を大事にしたいなと。
井上 ただ、プログラマ的な美的感覚でいうと、最もプリミティブで小さい機能セットがあって、それをもとに積み上げた、きれいな構造のソフトウェアを作ろうと考えた場合、スケジュールを登録する機能から作るのは間違っていないと思います。ただ、それだけではユーザ視点からはずれるかもしれない。逆に、ある程度きれいな構造でないとユーザにとってはきれいなUIであっても、内部がボロボロのバグだらけでいずれ崩壊してしまうソフトが作られてしまう。ユーザ視点とプログラマ視点の両方が必要だなと思っています。
五味 プログラマの美学とユーザ感覚のすり合わせは難しそうですが、ワークスさんの中ではどう解決されてきたんですか?
井上 率直にいうと、自分が20代の、ソースコードの構造しか見てない頃に廣原さんと出会っていたら、「あの人はUIだけしか見てないな」と思ってしまったかもしれないですね。コードだけじゃ駄目なんだという挫折を経て廣原さんと出会ったことが、自分にはタイミングがよかったんだと思います。今は、ユーザ視点の重要さを若いプログラマに伝えることが自分の務めだと思っています。まだ通じてない人もいるかもしれませんが。
廣原 ワークスのCEO 牧野さんが、僕のユーザ視点の感覚と井上さんの技術力の双方を、もっと上のレベルで持っている人なんです。向かっている方向はユーザ視点と技術的な視点、二つを足したものですが、会社の中で一番責任を持っていてエンジニアの中でも一番素晴らしい、そんな人が社内にいる。その点が、バランスが取れている理由じゃないかなと思います。
五味 井上さんはどうですか?
井上 そういう人は他にあまり見ないですね。技術にすごく長けた経営者は、IT業界にはたくさんいると思うんです。ただ、残念ながら会社が大きくならないケースが多くて。おそらく僕が冒頭で言ったような、キャップをかけてしまうところがあるのかもしれません。
アリエルはいい技術を持っていて、ある領域では高性能で高機能。だけど、会社の成長は100人ぐらいの規模で緩やかになってしまった。一方で、大きくなる会社はというと、トップが営業やマーケティング出身で、とにかくがんがん売るぞと。ワークスがレアだなと思うのは、トップがかなりの技術大好きにもかかわらず、会社が急成長をし続けているところですね。