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40年前から進化のない企業向けシステムを、いかに「ユーザ視点を当たり前にしたシステム」にするか ~ ワークスアプリケーションズの奮闘【COMPANY Forum 2016】

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2016/11/22 14:00

 「普通のシステムを作ろう」――ワークスアプリケーションズで、人工知能型ERP「HUE」のプロダクトマネジャーを務める廣原亜樹氏は、チームのエンジニアに向けてこのように伝え続けている。廣原氏が考える「普通」のシステムとは? ワークスアプリケーションズ主催「COMPANY Forum 2016」でのエンジニア向けトークセッション 第1部では、ワークスアプリケーションズの井上誠一郎氏と廣原亜樹氏、モデレーターにITジャーナリストの五味明子氏が登壇。「HUE」の開発現場を手がかりに、エンジニアが成長するための視点などについて話された。

エンジニアがプロダクトをゼロから作ってぶつかった2つの挫折

五味 本日は、「HUE」の開発を担当している井上さんと廣原さんにお越しいただきました。まずはお二人に自己紹介をしていただきたいのですが、ただの自己紹介ではあまり面白くないので、まず廣原さんから井上さんをご紹介いただき、次に、井上さんから廣原さんをご紹介いただきたいと思います。

廣原 ワークスアプリケーションズの廣原です。他己紹介ということで、まず僕から井上さんを紹介します。井上さんは『パーフェクトJava』『パーフェクトJavaScript』といった、エンジニアの開発力を上げる素晴らしい本をたくさん書かれています。

 もともとは、Lotus Notesというグループウェアを開発するロータスという会社に入って、アメリカでエンジニアとして活躍されていました。そして、ロータスを超える製品を作ることを目的にアリエル・ネットワークを共同で設立し、CTOを務めていました。アリエル・ネットワークのグループ化に伴いワークスにジョインしたことをきっかけに、アドバンスド・テクノロジー&エンジニアリング本部という先端技術を研究開発する部門を作り、そのトップも兼任しています。そこで研究開発した技術を使ってHUEという製品を作っていることから、HUEの開発プロジェクトでもテクノロジー部門のトップであるというスーパーエンジニアです。

 一つだけ、井上さんの人となりを説明するキーワードを紹介します。僕は悩みごとがあるとたまに井上さんに相談をするんですけど、その際に必ず「鈍感力が足りないですね」って言われるんです。要はそんなこと気にするなってことなんですけど。それくらい鈍感力にこだわりがある方です。

ワークスアプリケーションズ 廣原亜樹氏
ワークスアプリケーションズ 廣原亜樹氏

井上 鈍感力はグローバルでも重要ですからね。この話は第3部でさせていただきます(編注:後日レポートを掲載予定です)。

五味 では、井上さんから廣原さんのご紹介をお願いします。

井上 廣原さんをよく知るようになったのは、HUEに携わるようになってからなのでここ3~4年ぐらいですね。僕がいたアリエルは10年ほど前からワークスグループにはなっていたものの、会社間で開発者の交流は多くはなく「廣原さんはワークスの天才だ」という噂だけ聞いていました。ここ数年間、廣原さんを見ていて、プロダクトマネジャーとしての彼の質の部分にすごく感銘を受けています。自分の経験ともリンクするので、自分語りも入れつつ紹介させてください。

 僕はずっとプログラミングが大好きで、開発者として生きてきました。ただ、アリエル・ネットワークという会社を創業して、製品をゼロから考え、プロダクトマネジャーのような立場になり、二つの挫折を経験しました。

 一つ目の挫折は、基本的にはプログラムが大好きなところから始まっているので、手段に走りすぎてしまったことです。ユーザのことよりも、プログラムが汚いからきれいにしたい、より効率的にやりたいと考えてしまう。それも重要ですが、そればかり先行するとユーザのことを考えなくなってしまうんです。アリエルの初期の製品でいうと、プログラムやAPIさえきれいであれば、UIはいつでも作り変えられるからどうでもいいとさえ思っていました。でもそれは間違っていて、UIを考えずに製品を作ることは、ユーザの気持ちをほとんど無視することと同じです。技術的には頑張ったはずなのに、爆発的に普及しなかった原因の一つは、そこかなと思っています。

 二つ目について。ある程度年齢を重ねて経験を積むと、だいたい必要な開発者と技術、期間が見えてきます。これは一つのスキルだとは思いますが、結果として発想を小さくしてしまうことにつながるんですね。例えば、開発期間が半年で、メンバーが10人となれば、これくらいの機能ができそうだという見積もり。それは製品の方向性にキャップ(制限)をかけてしまうことになり、殻を破りきれないというジレンマを抱えていました。

 ワークスに来て、僕が感じた二つの挫折を軽々と飛び越えている廣原さんを見て、これこそ天才と呼ばれてきたゆえんだなと思っています。廣原さんも開発者なので、技術的にこれぐらいできると分かった上で、「キャップを取り外そう」とメンバーに向けて言っているのが、廣原さんの素晴らしいところです。

ワークスアプリケーションズ 井上誠一郎氏
ワークスアプリケーションズ 井上誠一郎氏

企業向けシステムは40年前から進化していない

五味 キャップを、限界を軽々と越えていく天才の廣原さんと、スーパーエンジニアの井上さん。天才とスーパーが一緒になって作っている「HUE」の開発について、まずは概要を教えていただけますか。

ITジャーナリスト 五味明子氏
ITジャーナリスト 五味明子氏

廣原 企業向けシステムには40年以上の歴史がありますが、現在に至るまでその基本機能構成は大きく変わっていないというのが現状です。つまり、今でも当時のコンピュータでできたことが基準になっていて、コンピュータができることはコンピュータに、人間がやらなきゃいけないことは人間にしてもらう、という設計でした。ここでいうコンピュータができることとは、簡単にいうと、大量なデータの集計および計算ですね。ただ、実際にそのデータを使って分析をしたり、業務をしたりするところは、人間が紙に打ち出して行っていました。

 一方で、僕たちが普段使っているコンシューマ向けITサービスは、歴史が比較的浅いにもかかわらず、最新のコンピュータができることは全てコンピュータで担うように設計されているので、いろんなことができる。結果として、企業向けシステムとは大きな差がついてしまっていました。そこで、”今”のコンピュータができることを基準に、企業向けのシステムを再設計したとしたらどんなシステムになるだろうと思って作り始めたのが「HUE」なんです。

 HUEは人工知能型ERPと言っていますが、例えばユーザの操作を覚えてくれて、先月もこの伝票を打ったんだから今月も打つんじゃないかとか、人事評価の結果からこの人は次の昇給候補じゃないか、というサジェストをしてくれる。Google検索の「もしかして」やFacebookの「知り合いかも?」のような、今コンピュータができることを業務システムの中に全て取り入れたという製品になります。

井上 HUEのコンセプトは廣原さんが言った通りなので、廣原さんの役割について2点補足をします。廣原さんは、HUEという製品の”何をつくるか”の部分に責任を持つプロダクトマネジャーで、僕はそれを”どのように効率的に開発するか”の部分に責任を持っています。

 HUEの開発現場では、月1回、廣原さんが開発者を集めて、製品の方向性について発表し合う場があります。僕はそこでの廣原さんの話が好きなんです。廣原さんは、前職でユーザ側、使い手の立場にいたこともあるので、作り手がいかに使い手のことを考えてないかという話から始めるんです。廣原さんは、使っている人のことをどこまで知っているのかと、開発者に何度も問い直しています。

 もう一つ、廣原さんは、ずっと「普通のことをやってくれ」「普通のシステムを作ろう」と言い続けています。これは繰り返し言葉にして伝えないと、開発者は彼らなりのイマジネーションで奇妙なものを作ってしまう。もっと言うと、技術が大好きなエンジニアは使い手のことを考えずに想像で、あるいは、これくらいの技術でできるからという手段から考えてしまう。だから廣原さんは、”コンピュータだったら普通にこれくらいできるよね”ということをできるようにしようと、繰り返し言い続けているんです。廣原さんのようなプロダクトマネジャーがいるのは自分の中でもいい経験だし、製品がうまくいくためにはこういう人が必要なんだなと常々思っています。

廣原 自分がユーザ側にいたときは「なんで開発者は分かってないんだろう、自分が作ったら全部できる」って思っていたんですけど、やってみたら非常に難しいんです。HUEの一つ一つの機能でも、実現したいことにたどり着いている機能もあれば、まだまだ道半ばの機能もあり。「このぐらい作って当然だろう」って僕に対して思われている方もいると思いますが、そこはまだまだ道半ばであると自覚しながら作っています。

五味 ありがとうございます。ということは、HUEはまだ道半ばの製品?

廣原 そうですね。まったくもって道半ばで。フルラインナップも揃った完成形からも、まだまだ遠いところにあるのは事実です。ただ、ユーザが「こんな業務は、それくらいコンピュータがしてくれたらよかったのに」って思うところが、人工知能を使って一つ一つクリアできる。まだ、この瞬間にも開発している機能があるので、リリースされればもう一つできることが増える、という繰り返しをやっているところです。

ユーザが一番困っているところから機能を作る、それが「普通」

五味 今、EnterpriseZineに廣原さんへのインタビューが載っていますが、そこの記事で、コンピュータには普通にできてほしいことが、業務アプリケーションではできない。なぜなんだという部分がすごく印象に残っていました。そういうところをHUEは少しずつ解決しようとされてるんですね。

廣原 冒頭で、井上さんが「キャップを外す」という表現を使われましたが、僕は逆に、優秀なエンジニアであればあるほど「斜め上」のことをしがちだと感じています。そのテクノロジーがあるんだったら、これをやるべきだと思うこともあって。それが僕の言う「普通」なんです。

 アリエルがワークスのグループ会社になって、僕が、この素晴らしい技術力を持った人たちと組んでグループウェアを作るとしたら最初に作りたい機能はこれだ、というのが実はあって。それが、今回のCOMPANY Forum 2016のKeynoteで発表した、スケジュールを調整する機能なんです。

 エンジニアがスケジューラーを作るとなったとき、どの順番で機能を作るかというと、まずはスケジュールを登録する機能、次にスケジュールを編集・削除する機能という風になるかと思います。でも、スケジューラーを使う人にとって一番頭を抱えること、最初にやることはスケジュール調整ですよね。この調整の機能を作ることができれば、すごい問題解決になるんです。これが「普通」。一番困っているところから作ってほしいというユーザの声を大事にしたいなと。

井上 ただ、プログラマ的な美的感覚でいうと、最もプリミティブで小さい機能セットがあって、それをもとに積み上げた、きれいな構造のソフトウェアを作ろうと考えた場合、スケジュールを登録する機能から作るのは間違っていないと思います。ただ、それだけではユーザ視点からはずれるかもしれない。逆に、ある程度きれいな構造でないとユーザにとってはきれいなUIであっても、内部がボロボロのバグだらけでいずれ崩壊してしまうソフトが作られてしまう。ユーザ視点とプログラマ視点の両方が必要だなと思っています。

五味 プログラマの美学とユーザ感覚のすり合わせは難しそうですが、ワークスさんの中ではどう解決されてきたんですか?

井上 率直にいうと、自分が20代の、ソースコードの構造しか見てない頃に廣原さんと出会っていたら、「あの人はUIだけしか見てないな」と思ってしまったかもしれないですね。コードだけじゃ駄目なんだという挫折を経て廣原さんと出会ったことが、自分にはタイミングがよかったんだと思います。今は、ユーザ視点の重要さを若いプログラマに伝えることが自分の務めだと思っています。まだ通じてない人もいるかもしれませんが。

廣原 ワークスのCEO 牧野さんが、僕のユーザ視点の感覚と井上さんの技術力の双方を、もっと上のレベルで持っている人なんです。向かっている方向はユーザ視点と技術的な視点、二つを足したものですが、会社の中で一番責任を持っていてエンジニアの中でも一番素晴らしい、そんな人が社内にいる。その点が、バランスが取れている理由じゃないかなと思います。

五味 井上さんはどうですか?

井上 そういう人は他にあまり見ないですね。技術にすごく長けた経営者は、IT業界にはたくさんいると思うんです。ただ、残念ながら会社が大きくならないケースが多くて。おそらく僕が冒頭で言ったような、キャップをかけてしまうところがあるのかもしれません。

 アリエルはいい技術を持っていて、ある領域では高性能で高機能。だけど、会社の成長は100人ぐらいの規模で緩やかになってしまった。一方で、大きくなる会社はというと、トップが営業やマーケティング出身で、とにかくがんがん売るぞと。ワークスがレアだなと思うのは、トップがかなりの技術大好きにもかかわらず、会社が急成長をし続けているところですね。

世界に向けて勝負するのは必要以上にビビらなくてもいい

五味 このHUEという製品も、日本だけではなく世界で使ってほしいという目的で開発されたと伺っています。日本のユーザだけじゃなくて、世界を相手に開発していくとなると、これまでとは違ったUI、技術や機能も求められてくると思うんですが。

廣原 まず、全世界で使える製品ということですが、マーケットが広がったということ以外、日本の大企業で使える製品を作るというこれまでのプロセスと、変わりはないと思います。それは、ユーザの業務やユーザ自身を理解して、そこにある煩わしさや問題をソフトウェアで解決するというプロセスです。すでに数年前から、日本と同じように海外でも、展示会や個別のデモなどを通じてユーザの声を聞き、ユーザの業務やユーザ自身を理解しながら開発を進めています。

五味 作っていくプロセスは日本も海外もあまり変わらない。井上さんはいかがですか?

井上 去年、廣原さんが、アメリカで開催された世界最大規模のHRに関する展示会「HR Technology Conference & Expo」に初めて参加して、帰ってきた際の第一声が「思ったより海外製品はしょぼかったよ」だったんです。そこを自信満々に言うのも、プロダクトマネジャーとして重要かなと思います。海外を見てぶれまくってしまうと、作ってる側も何なんだって思いますし。

廣原 確かにそのようなことを言ったかもしれないですけども……。僕、実はあまりグローバルな人間ではなくて、僕にとってアメリカはすごく憧れの国なんです。Googleも、Microsoftも、Appleも、Facebookもアメリカ生まれで、アメリカにはすごくいい製品があるだろうと期待値が高かったんですね。きっと僕らなんて足元にも及ばずで、勉強したいという思いで行ったんです。

 だからこそ、じっくりと競合製品の説明を聞いてみたんですが、自分が考えていることと大して変わらないなって。同じようにお客さまの声を聞いて開発して、同じような業務を同じように工夫しようとしているっていうことが分かったんです。なので、「同じようなものでしたよ」という意味で言ったんですね。僕らでも頑張れば同じようなことができると感じたんです。

五味 HUEをより世界に向けて発信させていくためには、どういったことが重要なんでしょうか。

廣原 ビビらないっていうことですね。アメリカってなんとなく、もう雲の上の存在だと思ってしまいがちですが、アメリカが100点で日本が1点、ということはなくて、日本もアメリカと同じようなことはできる。それは、ユーザもアメリカ製を選びがちなように、なんとなく欧米の方がいいという先入観だけであって、これをなくすことがまず一つ。

 次に、日本もアメリカも関係なく、どこでも使えるようにし続けることだと思います。ただこれも簡単ではないので、諦めちゃうんですよね。だから、やっぱりアメリカはすごいとかって言っちゃうんですけど。とっても難しいことですけど、続けることで光が見えるというか、一歩進められる可能性があるかなと思っています。

五味 井上さんはいかがですか?

井上 あまりにも現実的すぎるかもしれないですけども、お金って重要だなと思います。お金があるから人を雇用できるし、ソフトウェアも向上する。プログラマの美学としては、小さくてきれいなソフトウェアが好きなんですけど、世界でやっていこうとすると、規模の経済は重要だなと思います。きっと20代の自分だったらそういうのは嫌だなと思ってしまうかもしれませんが、それもソフトウェア業界の一つの実態だなと感じます。COMPANY Forumのような4万名もの大規模カンファレンスを開催できる程度には日本でも大きくなっているし、レベルの高い優秀な技術者の採用もグローバルで成功するくらいまでにはなっている。この条件がそろっているのは、それなりに大きいなと思います。

五味 海外と一口に言っても、アメリカ、それも西海岸のイメージが強かったのが、今は捉える範囲が広くなっていますよね、ワークスさんでも上海、シンガポール、東南アジア圏にも進出されていると思います。HUEのような製品を出すには、多様な市場を一口に海外と言ってしまうのは危険でしょうか。それとも、日本も含めて海外が一つになっているというように捉えたほうがいいでしょうか?

廣原 いろんな国の情報を調べているのですが、例えば東南アジアで、欧米や日本より素晴らしいERPがすでにあって使われているイメージはないですね。この領域では、やはり欧米か日本が中心です。中国もレベルが高いですが。ただ一方で、コンシューマ向けのITサービスは、東南アジアでも日本と同じような感じです。スマホでタクシーが呼べますし。

井上 中国は進んでますよね。

廣原 中国は別格じゃないですかね。個人的には、今、一番ITが進んでいるのは中国じゃないかと思います。

五味 シンガポールに行ったときにも、ずっとみんなほとんど現金を出さないで、常にカードやスマホで決済していましたね。海外の話題は、第3部で続けさせていただければと思います。

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著者プロフィール

  • CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)

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