- 第1部「40年前から進化のない企業向けシステムを、いかに「ユーザ視点を当たり前にしたシステム」にするか ~ ワークスアプリケーションズの奮闘【COMPANY Forum 2016】」
- 第2部「「魂の浮力」が高い場所を知り、自分らしくあれ――まつもとゆきひろ氏が考えるエンジニアの幸福【COMPANY Forum 2016】」
英語の達者さよりも重要な「度胸」と「鈍感力」
五味 第3部では、まつもとゆきひろさん、井上さん、廣原さんの3人とも、海外の事情をよくご存知なので、日本人エンジニアがどのようにして海外に通用する人材になれるかについてお話を伺えればと思います。日本人エンジニアが世界で活躍するためには、何が一番大切だと思いますか?
井上 第1部で少し話しましたが、「鈍感力」って重要なんですよ。グローバルというと、言葉はもちろん、考え方、文化も当然違っていて、それにいちいち思い悩んでいてもしようがない。気にせずに突き進んでしまうのがいいのかなと思っています。
あと、『ピープルウエア』という僕が大好きな本の中に書いてあったことですが、肉体労働については、頑張ると、走るスピードが速くなるように一定の成果が出るんです。でも、考えるスピードについては頑張っただけでは速くならない。この本には「上からマネジャーが厳しく言っても、プログラムの生産性というのは上がらないので、気持ちよく働ける環境のほうが重要」とあったので、ずっとそれを信じてきました。
一方で、仕事をしていると、悩んでいる時間が結構あるんですが、この悩んでいる時間は、実は短くできそうだなと思ってるんですよ。考える時間は本質的に必要なことなので、じっくり考えてもいいと思うんですけども、悩んでいる時間は減らせる。そこにも「鈍感力」がつながるなと思っております。
五味 廣原さんはいかがですか?
廣原 今日参加されている方の中で、おそらく僕が一番、グローバルには縁遠いんじゃないかと思うんです。海外に行ったのは、前職での海外研修が初めてで、そのあとしばらく行くことはありませんでした。ワークスでは今、「HUE」という製品を、かなり多くの海外エンジニアと一緒に作っていて、ここでようやく、必要性に迫られて、グローバルで仕事をする機会を持ちました。
僕がグローバルに興味を持った一つのきっかけは、4年ほど前に初めて、大きな海外カンファレンスに参加したことです。「百聞は一見に如かず」じゃないですけど、たった数日間のカンファレンスなのに、思っていたのと違うところ、スゴイところ、そうでもないところなどいろんなことがわかるんです。もっと足を運んでおけばよかったなと思って、それから年に1回くらいは、そのような海外カンファレンスに参加できるようにしています。「海外は遠いな」と思っている人にとっては、まずは一回行ってみることをオススメします。
五味 日本のカンファレンスと海外のカンファレンスはだいぶ温度差があるように思いますが、その点についてはどう思われますか?
廣原 今年もとある海外カンファレンスの基調講演に参加したんですけど、そこで発表されたチャットツールは、正直「こんなツールは前からあるよね」と思うようなものだったんです。ただ、発表後には参加者全員が立ち上がって拍手喝采するような、ロックフェス並みの盛り上がりだったんですね。ソフトウェアを応援したり、一緒に使ってみようと思ったりするところなど、日本とは全然感覚が違っていて、エンジニアとしては羨ましい環境だなと、行ってみて思いましたね。
五味 ありがとうございます。まつもとさん、このお2人のお話を受けて、どうに思われましたか?
まつもと 「イエス」って言いたいときに「ノー」って言ってしまう、あるいは「ノー」って言いたいときに「イエス」と言ってしまうことについて、自覚的に考えるといいと思います。
例えば、「海外カンファレンスに行きます」って言ったら、「じゃあパスポートを用意しなくちゃいけないし、英語の勉強をしなくちゃいけないし、ああ、なんだかめんどくさいから嫌だ」って自然に思うんですけど、そこはですね、無理してでも「イエス」って言う。こう……鈍感力ですか?
井上 ありがとうございます。
まつもと そういうことが必要なんじゃないかなと思います。逆に、「今月、ちょっとサービス残業してくれない?」って言われたら、「ノー」と言うなどですね。
英語が上達するには、まず簡単でもいいから使う時間を増やすこと
五味 やっぱり海外ってなると、どうしても英語が壁になってしまうと思うんです。私も記者として海外取材に行くと、通訳の付かない取材はハードルが高いなと感じます。英語について、みなさんどう思われますか?
まつもと そうですね。取材をする側とされる側だと、だいぶ違う悩みがあると思いますね。取材する側は英語力を求められて「かわいそうだな」と思うんですけれど、される側は聞かれているので、適当なことを言っていれば、ちゃんと英語を直してくれるんです。
五味 まつもとさんが第2部でおっしゃられていましたが、インドや中国の方の鈍感力が、私には本当にうらやましいんですね。
まつもと 「なぜ言ってることが分からないの?」って言われますもんね。民族的なものもあるかもしれませんが、見習わないといけないですね。「度胸」と「鈍感力」。いいキーワードですね。
井上 英語については、本音と建前があると思います。「英語なんて全然できないよ」という人に対して、「なんとかなるよ」「英単語を並べるだけでも、伝えたいことは伝わるよ」という建前もある一方で、やっぱり本音のとこでは、英語が話せないとストレスになる部分もあるんです。日本語だと微妙なニュアンスを伝えられるですが、英語だと妙に機械的になってしまって、結局言いたいことが伝わってないな……みたいな。妙に命令口調になっているときもあれば、ミーティングをしていても、雰囲気が堅くなっちゃうんですね、英語だと。ホントに英語力があると柔らかい雰囲気にできるのかもしれませんが、そこまでの英語力がやっぱりなくて。
廣原 英語については、「絶対に勉強しておいた方がいいな」と今になって思いますね。まつもとさんの話を聞いて「なるほど」って思ったのは、僕は今まで生きてきて、英語が必要なシーンに遭遇したことがないんです。これまでは、英語を話せないことが社内評価に影響したり、仕事が進められなかったりすることもありませんし。さすがに今は、英語ができないことがボトルネックになっているのは事実で。自分なりに勉強もしているんですけど、全然追いつかないんですよ。これからグローバルでエンジニアとしてやっていくのであれば、英語は絶対いるなって感じます。
一方で、日本語でも何を言っているかわからない人っているじゃないですか。英語さえできれば勝ち残るのかというとそうではなく、重要なのは、「伝えたいことを相手に分かるように表現できること」ですよね。その上で英語力が無いと。まずコミュニケーション能力があった上で、英語力も必要ということだと思います。
五味 まつもとさんがフェローをなさっている楽天さんは、社内公用語が確か英語ですよね。ご覧になっていて、いかがですか?
まつもと そうですね。もう4年ぐらいになるので、だいぶ皆さん英語を使うことにも慣れてきましたね。今は、採用するエンジニアの半分以上が外国人なので、日本人しかいないのに無理して英語を使っているわけではなくて、本当に各チームに、日本語がしゃべれない人がいるのが当たり前になってきています。
語学の学習って、英語を使う時間の長さによってしゃべれるようになる傾向があるようです。楽天では、日本人同士の雑談は日本語なんですけど、ミーティングで意思決定をするような場面は全部英語なので、慣れていってるのはあるみたいですね。あと、日本人なら通用するような同調圧力が通じないので、会社がホワイト化したのもあるようです。「みんなが働いているから帰りづらい、そんなのありえない」って。
五味 ワークスさんも最近、英語を話す社員の方も増えていると伺っているんですが、いかがでしょうか?
井上 そうですね。今、上海とシンガポールの開発拠点に100人以上いる感じで。かつ日本のオフィスにも、各海外拠点からの赴任者がいます。僕が関わっているHUEの基盤開発チームの外国人の比率は半分以上になりますね。今の採用ベースからいくと、おそらく日本人が少数派になりそうな環境ではあります。
さっき突然思い出したんですけど、僕の中では、ネイティブの人よりも、中国の方の英語の方がわかりやすいなと思います。彼らは外国語として英語を学んでいて、多少ゆっくりしゃべってくれたりするので。もし、全く英語に自信がない人でも、お互いが外国語として話す英語は意外に分かりやすいというのは、一つお伝えしたいなと思いました。
五味 なるほど。まつもとさん、Rubyの開発コミュニティで、日本人以外の方とやりとりすることが多いですよね。これから、こちらの会場にいらっしゃる皆さんも、日本人以外開発者の方と話すことが、多分出てくると思います。壇上の3名が特別なわけじゃなく。普通のエンジニアの方が、普通に英語を使ってコミュニケーションをとらなければならなくなったときに、英語への抵抗感をなくしていくためにどうしたらいいのでしょうか。
まつもと 上手になるには使っていく時間を増やす。だから最初の一歩から上手になる必要は、あんまりないと思うんですね。
プログラマ同士だと、GitHubのIssueで使う英語といえば「I run this program」「I got this result」「I expect this」、それくらいしかなくて、あとはプログラムでも通じる。その時に使っている英語は中学レベル以下ですよね。僕は、英語を使う心理的抵抗の方が大きいんじゃないかなと思います。
その後に、例えば、ドキュメンテーションを全部英語で書いたり、自分の書いたソフトウェアを英語で宣伝したりするとなると、それなりに英語を勉強しなきゃいけないと思うんです。でも、普通のコミュニケーション、「こんなバグがあったので直しました」だと「I found this bug. I fixed.」で終わる。全然たいした英語じゃないんですよね。
五味 ワークスさんでは、社員の方が心理的な壁を持っていらっしゃるときに、どうやってそれを取り払っていっていますか?
廣原 社内を見ていると、若い人は特に壁を意識することなくできていると思います。やっぱり若いうちに英語を使い始めることがいいのかなと思います。
まつもと 英語も含めたコミュニケーションが当たり前な社風になれば、心理的な壁を感じないと思います。楽天はそれを強制的にやったわけですけど。ワークスも外国人エンジニアが多くなると、そっちが当たり前になって、当たり前だからこそみんながやれるようになるんじゃないかと思いますね。
井上 ネイティブばかりの環境に自分一人で行くと、みんなペラペラで、かなり劣等感を感じるかもしれませんが、中国やインドの方が、みんな外国語として英語を話す環境は、とっかかりとしていいのかなと思います。自分もそうですが、日本人は、下手な英語を話すことをやたら恥ずかしがる傾向にありますが、その恥ずかしさが少し軽減されるので。
日本の課題は、IT業界を「憧れの職業」にすること
五味 私も各国の記者と混じって取材をやると、自分の英語が下手くそで恥ずかしいなと思うことあるのですが、英語がペラペラでも、中身がある質問をしないと聞いてくれないんですよ。逆に言えば、中身の部分ってエンジニアさんで言えば、多分、プログラミングスキルなどですよね。肝心のスキルに関しては、日本人は世界のエンジニアと比べてどうですか?
まつもと 一言でプログラマと言っても、すごくできる方もいらっしゃれば、そうでないもない人もいるのは、日本もそうですし、アメリカも、ヨーロッパもアジアもそうです。で、私の把握している範囲内では、日本ですごくできる方と、アメリカのすごくできる方を比べると、決して負けていないという印象があります。
五味 ワークスではどんな評価されていますか。
井上 基本は同じですね。「日本人がものすごく劣っている」とも思ったことはないですし、逆に「日本人がものすごく突出している」なんて思ったこともないです。
一つ言えるのは、日本は他の国よりハングリー精神が少ないなと感じていて、インド出身の方のほうが、いい意味でガツガツしているように感じます。その点でもしかしたら、長い年月が経つと差がついてしまうかもしれませんが、まだそこまで言えるほど分からないですね。
まつもと 僕、ちょっと危惧を覚えているんですけど、例えば上海のITエンジニアの年収は、為替レートで換算すると日本人エンジニアの待遇より高いんですよね。そうすると、「日本が豊かである」ってのはだいぶこう……海外や日本人の思い込みかもしれないという感じがあります。
井上 確かに、中国に関してはちょっと違うかもしれないですよね。一番ハングリー精神を感じるのは、現時点だとインド出身の方かなと思います。
五味 日本人が、海外の人と比べて違う点としては、論理的に考える訓練を受けていないことがあると思います。ジャーナリストの世界でも、文章を書くときに、ある程度型を重視して、その型に合ってないものを書くとダメだというライティングスキルの講座を受けますが、日本の記者は、そのような訓練をしていない人が多いんです。
子どものときに、論理的文章を書くことを学んでいないと、大人になってから世界の標準と合わなくなってくる部分が多々出てくることを、最近ホントに痛感しているんですが、この点に関してはいかがでしょうか? 例えば、ワークスさんの中で、標準的な考え方の訓練をトレーニングされたりしていますか?
井上 まず、プログラミングをやっている日本人は、ある程度ロジカルじゃないとダメだと思うので、論理的思考については、エンジニアは身についているのかなと思います。
ただ、まさに先ほど廣原さんが言った、海外カンファレンスを盛り上げるようなプレゼンテーションスキルは、自分も含めて、ほとんどの日本人がそのような教育を受けていないと思います。若い世代に頑張ってもらえると、少し変わるかもしれません。
五味 なるほど。廣原さんはいかがですか?
廣原 そうですね。まず、国籍によって差があるとは思っていなくて。できる人はできるし、できない人はできないし、いろんな人がいて、いろんな得意分野があると思います。ただ、当社の話でいうと、海外で採用されたエンジニアのほうが、入社時点のパフォーマンスは高いですね。
井上 採用のやり方が、だいぶ違うので。
廣原 海外は、ライブコーディングを通じてコンピュータサイエンスに特化した人材を主に採用していますが、日本人は約1か月間のインターンシップをするなど、もう少しいろいろな角度で見極めて採用しています。
聞いた話によると、海外だと、コンピュータサイエンスを学んでいる方の割合がかなり高いそうです。日本では、コンピュータサイエンスを学んでソフトウェア開発者になるという道が、海外に比べると割合が高くないのかなと。海外でコンピュータサイエンスのトップレベルの方は、大学で教育を受けて、しかるべき企業に入って、すごいソフトを作っています。日本にも、コンピュータサイエンスのすごいスキルをつけられる大学があるとまた違うのかなと。
井上 まつもとさんも同じ思いかもしれませんが、コンピュータサイエンスを学ぶ人や、エンジニアがかっこいいと思われる世の中にしたいなと思います。インドはかなりそうなっていて、トップの層がコンピュータサイエンスの道に進んでいます。日本は、まだ残念ながらそこまでには至っていないですね。
五味 まつもとさんはいかがですか? 広い世代のプログラマやエンジニアを見ていると思うんですが。
まつもと まあ、コンピュータサイエンスを出た学生の給料は安いですよね。そもそも日本のIT企業は、就職するときにコンピュータサイエンスの学位が求められないんですよね。でも、例えばGoogleに入ろうと思ったら、多分コンピュータサイエンスのマスター以上は必要だと思うので、そうすると、コンピュータサイエンスの学位、あるいはコンピュータサイエンスを学ぶことに対して、社会が思っている要求がだいぶ違う印象がありますね。
私はコンピュータサイエンスの学位を持っていますが、就職したとき、文系でプログラミング経験ゼロの人と給料は全く同じでした。マスターをとった人もいましたけど、年功序列で2年分給料が上乗せされだけで、つまりマスターで学んだことが評価されていないわけですね。それはもう20年以上前の話ですが、今になってもすごく変化したという話は聞かないですね。
五味 「IT業界が憧れの業界になってほしい」というのは、私たちも取材しながら常に思っていて、多分、まつもとさんのような世界で活躍するプログラマや、廣原さんや井上さんのようにスーパーエンジニアと言われる方のような、憧れられる人の存在がもう少し必要だなと思うんです。もし、自分の会社になかなか憧れられる方がいらっしゃらなかったとしても、それだったら今、自分が憧れられるような人材にぜひなってほしいなと思い、この3人の方に来ていただきました。最後、会場の皆さんに一言ずつメッセージをお願いできますか?
廣原 憧れられるところで言うと、すごいソフトウェアが出ることが大事だなと思っています。Rubyは、有名で誰もが知っているすごいプログラミング言語で、日本人が作ったから、まつもとさんが皆さんの憧れの的になっていると思っていて、僕たちもそれを目指してHUEという製品を、世界で有名なソフトにしたいと思っています。日本からたくさんの有名なソフトが出てくれば、エンジニアの評価も上がるし、当然憧れる存在も増えると思うので、いいものが出てきてほしいです。
井上 廣原さんがかっこいいことを言ってくれたので、逆にあまりかっこよくない話をします。プログラマやエンジニアが尊敬されたり、かっこよくなるには、実を言うとやっぱり給与が高いことだなと思います。つまり、お金がちゃんと回って、売れるソフトを作ることだと思うので。きれいなソースコードを書く気持ちと、売れるものを作る気持ち、両方あるといいのかなと思います。
まつもと プログラミングができるということは、コンピューターが持っているパワーを全部発揮できることだと思うんですね。プログラミングをしない人は、例えばパソコンやスマートフォンにインストールされているアプリが提供する選択肢から選ぶしかないんですけど、自分でソフトウェアを作るれる人は、コンピューターができることは何でもすることができる。プログラミングとは、そういう幅広い選択肢を自分で創造することができる力だと思います。
例えば、社会を変えることにも使える力だし、あるいは自分の環境を変えることもできますよね。それは、「誰かが僕のほしいソフトを作ってくれないかな」って口を開けて待っているんじゃなくて、自分で足を踏み出して作ることができる力なんです。その力を持っていることに自覚的になって、その力を発揮して、自分も周りも幸せになってほしいなと思います。
五味 まずはエンジニア自身が幸せになる。
まつもと そう。だからぜひ、エンジニアには稼いでいただきたいです。