はじめに
前回、辞書の活用法を紹介して「辞書は大事だよ」という話をしました。でも、辞書に頼り切ってもいけません。言葉は生き物ですから、辞書に載っている意味の通りに伝わるとはかぎらないのです。言葉に対するアンテナを張っておくことも大切です。
今回は、意味が変わってしまった言葉や、2つの反対の意味が共存する言葉などを紹介します。
対象読者
- テクニカルな文章を書いている人/書かなきゃならなくなった人
- その中でも、とくにソフトウェア開発に関わっている人
テクニカルライティングの領域は広いですけど、この連載ではソフトウェア開発に関連した文書を主に想定しています。
言葉は世につれ
言葉はだんだん変わっていくものです。辞書に載っているのとは違う意味で使われるようになっている言葉を、うっかり使ってしまうと大変なことになりかねません。
例えば、タイトルにした「性癖」を辞書で引いてみると、「生まれつきの性質」や「性質の片寄り」といった意味が載っています(次の画像)。昔は「性癖」と書いて「たち」(意味は「性質」)と読ませたりもしました。「あいつは性癖(たち)が悪い」などと。
それが今では、すっかり違う意味で使われるようになりました。対応が早い辞書だと、次の画像のように補足が書いてあったりします。この辞書では誤りだといっていますけど、「性癖」をググってみると、もはやその「誤用」の方が圧倒的に多くなっています。
このように意味が変わっていることに気付かずに「プログラマーの性癖として縛りがあった方が燃える」などと書いてしまったら、どんなことになってしまうか想像するのも恐ろしいですね。
「外伝」の移り変わり
この連載のタイトルに入れている「外伝」も、意味が変わってきている言葉です。
元々は、紀元前に書かれた中国の歴史書に端を発します。魯(ろ)国に仕えていた孔子が編集した歴史書に「春秋」(しゅんじゅう)という本がありました。「春秋」が難解だったのか不備が多かったのかよく分かりませんが、ともかくその解説本が何冊も書かれました。それらの解説本のうち、「左氏伝」(さしでん)は魯国を中心にした歴史が書いてあるので「春秋内伝」と呼ばれ、その他の国も含めた計8国の歴史を扱った「国語」は「春秋外伝」と呼ばれました。国内のことだから「内伝」、主に国外のことだから「外伝」と呼び分けたのです。一説によると、春秋外伝(国語)などをベースにして後から春秋内伝(左氏伝)を作ったとされます(「ブリタニカ国際大百科事典」の解説を参照)。「内伝」と「外伝」という区別なら、どちらが先に作られてもおかしくないですね。
その後、意味が変わってきて現代の辞書には「外伝」とは「正式の記録以外の伝記。本伝に載っていない逸話など」と載っています(デジタル大辞泉)。本伝(正伝)があって、そこに載らなかった話を外伝というのだ、と。この意味の場合は、本伝が先に存在していないと外伝は作れないわけですね。
ここまでの「外伝」は歴史書(ノンフィクション)を指していました。最近は、フィクションに対しても「外伝」と言えるようになっています。ゲームにさえ外伝があります(1992年の「ファイアーエムブレム外伝」など)。そして今や、「本伝」がどれなのか分からなくても、それこそ「本伝」が存在しなくても、「外伝」と呼べる/名乗れるようになってきました(「ニコニコ大百科」の解説を参照)。この連載のタイトルもその風潮に乗っかって、どれだかは分からない「本伝」を仮定しての「外伝」だということにしています。