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シリコンバレー直送便 ~世界を変えるスタートアップたち~

「Motionloft」――コンピュータビジョンが行動分析に革命を起こす(後編)【シリコンバレー直送便】

シリコンバレー直送便 ~世界を変えるスタートアップたち~ 第1回(後編)


現実世界における行動トラッキング -浸食される現実世界-

 さてここで少し横道にそれるが、コンピュータビジョンを含む行動トラッキングのソリューションが近年脚光を浴びるようになってきた背景について見ておきたい。

 ここ数年、シリコンバレーに限らず、現実世界での人間の行動をトラッキングする技術の実用化が進みつつある。この潮流にはどのような背景があるのだろう。大きくは、ビジネスサイドの方法論の洗練と、ソフトウェア/ハードウェアの技術的進化という2つの要因がうまくマッチしはじめた、ということだと思われる。

 インターネット上で人々の属性や行動を追跡し、見える化することでマーケティングなどのビジネス活動のインプットとして活用するというアイデアの歴史は古い。古典的にはCookieによる行動履歴の把握から始まり、現在のECサイトでは、商品の検索、閲覧、カートやお気に入りリストへの登録といったユーザ行動全般の追跡は当然のように行われている。それらのデータを収集し分析することで、パーソナルレコメンデーションやターゲティング広告を提示するという、個人の嗜好や属性にフォーカスしたフィードバックが可能になる。

 そのようなインターネット上での行動トラッキングを現実世界の人間の行動にも拡張できないか、というのは自然な発想である。例えば、小売店の店舗に入ることは、ECでいえばユーザがサイトを訪問することに相当する。ある商品のコーナーに足を運ぶことは、特定商品カテゴリのページを参照することに、ある品物を手に取ることは商品詳細ページをクリックすることに相当するし、商品をカートに入れることは、そのままずばり(ECサイトの)カートに商品を入れることに相当する(注5)。

 こうした発想は、デジタルマーケティングを生業とする人々の間ではそれほど突飛なものではないだろう。オフライン(主に店舗での顧客体験)とオンライン(ECでの購買体験)の融合を目指すOMOの潮流の一環と見ることもできる。それがここ数年にわかに現実味を帯びてきた背景には、AI技術の進展による画像認識の精度向上と、NVIDIAなどに代表される高性能なGPUの低価格化がある。

 コンピュータビジョンを利用すれば、顧客の年齢、性別といった基本属性に加え、顔認証などによる個人識別も可能になる。そうした個人情報と行動トラッキングデータを組み合わせれば、現実世界におけるマーケティングに革命が起きる可能性は高い。店舗内(屋内)にとどまることなく、街中で利用すればスマートシティにおける不審人物・車両の発見といった犯罪抑止のユースケースにも拡張できるだろう。

 現在のところ、そこまで詳細かつ総合的な情報を取得してサービス化するというのはコンセプトレベルにとどまると思われるが、コンピュータビジョンを中心とする行動トラッキングの応用範囲の射程が極めて広いことは理解していただけると思う。

 しかし、このように行動トラッキングを現実世界まで無邪気に拡張することには、技術的問題が克服されたとしても、必ずついてまわる別種の大きな問題がある。それが、個人のプライバシー保護との対立である。

注5

 「アマゾンのレジなし店舗は、来店者の頭のなかを「丸見え」にする」(WIRED)

コンピュータビジョンとプライバシー保護――センサーは何を「捉えて」いるのか?

 不特定多数の人々を撮影し、その属性を取得し、時には個人識別まで行うコンピュータビジョンにとって、その技術が高度化すればするほど、個人のプライバシーが侵害されていくのではないか、という懸念は見過ごすことのできない論点である。今でさえ、街中に設置された監視カメラを見れば、「自分のプライバシーが侵される危険があるのではないか」という不安が頭をよぎるのは、人間の自然な心理である。そうした漠然とした心理的不安に加え、2018年から欧州では個人情報の厳格な取り扱いを要請するGDPRが施行された。日本においても、個人情報保護法におけるプライバシー保護に関する規定があり、それよりさらに厳しい独自ポリシーを設けている企業も少なくない。

 こうした個人情報保護との緊張関係について、Motionloftは非常に自覚的な企業であり、ストイックといえるほどの配慮を行っている。まず、アーキテクチャについての節でも述べたように、Motionloftは撮影したフレームを、センサーデバイスの外には出さず、撮影から30ミリ秒以内に対象物の座標を計算し、処理が終わったらフレームは即座に削除される。これによって、統計化されたデータのみがサーバサイドに送られることになる。

 さらに、サーバへデータを送信する際にはプライベートVPNのチャネルを利用し、データは暗号化される(アルゴリズムはAES256)。Paul氏の言葉を借りれば「取得されたデータは、匿名化、暗号化、VPNトンネルという三重の扉で守られる」ことになる。

 著者がMotionloftを「日本向き」だと考える大きな理由が、このプライバシー保護への意識の高さである。画像処理のやりやすさだけを考えれば、サーバにフレームを送ってしまう方が、潤沢なマシンリソースが利用できるぶん簡単なのは言うまでもない。そこをあえてエッジ上で処理を完結させるという技術的に難しい道を選択している点は評価できる。技術的対応のみならず、「法務の専門家と相談しながら各リージョンの法制への準拠を徹底している」(金本氏)ことも、利用サイドとしては安心できる点だろう。

 海外の製品やソリューションを日本に持ち込むとき、コンプライアンスや法制への対応が意識されておらず難航するのは、ビジネス開発においてよくある話である。特にシリコンバレーの企業は歴史的・文化的にそのあたりを軽く考える傾向があり、個人情報含めあらゆるデータをパブリッククラウドに保存する仕様になっていて日本側の担当者が難色を示す、というのは典型的な事例だ(注6)。

 またMotionloftは現在のところ個人識別は行わない――「今後開発することはありうる」と留保付きの表現ではあるが。実際、個人識別(本人認証)する場合は、倫理的にも法的にも事前承諾を得ることが必要だろうが、スマートシティのように街中で不特定多数の人々を撮影する場合、事前承諾を取得するのはプロセス的にも難しいため、同社がフォーカスするユースケースにおいて優先度が高くないことは合理的であり、理解できる判断だ。(実際つい最近も、5月14日にはサンフランシスコ市が警察含む市当局による顔認証技術の使用を禁止する法案を可決した。このように、公的機関による顔認証の利用は、欧米では規制強化の方向へ進む可能性がある。)

注6

 そのような米国流の「緩い」仕様を受け入れると本当に法制的・現実的に問題を引き起こすのか、というのはまた別の議論ではあるが、実際にしばしば論議をよぶポイントである。

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今後のロードマップと日本への展開

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この記事の著者

ミック(ミック)

日本では、主にBI/DWHの設計からチューニングまでを専門とするデータベースエンジニアとして活動。2018年より米国シリコンバレーに活動拠点を移し、技術調査とビジネス開発に従事している。主な著書・訳書:『達人に学ぶSQL徹底指南書 第2版』(2018)『SQL実践入門』(2015)Joe Celko『プログラマのためのSQL 第4版』(2015)翔泳社 - 著者ページ:https://www.shoeisha.co.jp/book/author/3964著者個人ページ:http://mickindex.sakura.ne.jp/

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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