マイクロサービスで構成された、タクシーの配車、決済、乗務員支援まで行う「GO」のシステム
金志妍(きむ・じょん)さんは韓国出身。大学卒業後にネットバンキングなど金融系システムの開発に携わるようになる。その後2009年に来日。これまでの経験を生かしてネット決済システム開発を続ける。後に結婚し、2015年には娘を授かる。2020年から現職となるMobility Technologiesに転職し、決済システム基盤の開発を中心に活躍している。新しい技術に携わることに意欲を持ち、同時に家族を大切にしながら生活している。現在開発しているシステムと、現在の境地に至るまでを語ってくれた。
Mobility Technologiesは「モビリティDXカンパニー」を掲げている企業だ。代表的なサービスはタクシーアプリの「GO」。実は配車のGOだけではなく、タクシー車内の広告決済、乗務員支援のナビゲーション、AIドラレコシステムや自動運転につながるR&Dなど、幅広く事業を展開している。
今回は決済システムのGO Payを中心に解説する。タクシー決済は少し前までアナログな世界だった。タクシーに乗る前に現金を準備しておくとか、領収書を車内に忘れてしまい経費精算できなかったとか、そんな経験をした人もいるのではないだろうか。金さんは雨の日に子連れでタクシーに乗ると、荷物がいっぱいで財布を出して精算するのも一苦労だったそうだ。
こうした不便を解消し、タクシーの精算をスマートにするのが「GO Pay」だ。タクシーアプリGOにて決済情報を登録しておくと、GOで呼んだタクシーなら降車時に自動で決済ができる。それ以外のタクシーでも、後部座席に決済タブレットがあればGOの決済情報で決済することもできる。
GO Pay周辺のシステム構成は次のようになる。利用者がGOアプリまたはタクシー後部座席タブレットからGO Payのサーバーにアクセスして決済する。ほかにも乗務員用のアプリから現在の走行位置をGO Payサーバーに送ることで、何台のタクシーがどのエリアを流れているのかを把握できるほか、運行情報から料金算出もできる。GO Payサーバーを経由することで、利用者もタクシー会社も決済の履歴や明細を確認できるようになっている。
システムは契約管理、決済、支払、データ分析、動態収集・配信システムなどのマイクロサービスで構成されている。裏ではタクシー料金の決済が失敗した時のための保証プランや再決済のシステムも用意されている。また運用では監視や障害対応、問い合わせ対応、決済データ突合などの業務もある。
金さんが担当しているのは決済基盤の開発が中心となる。労力の割合なら半分弱くらい。残りはデータ突合などの運営業務、新規案件や仕様確認の打ち合わせ、障害対応や監視業務がある。運営業務は開発者にとっては主ではない業務になるものの、金さんは「GO Payがエラーなくサクサク動いているのが見えるところなので、やりがいも大きいです」と話す。ほかにもイベントで情報収集することもある。
新規開発に意欲を持つものの、育児との両立ができず退職
ここからは現在に至るまでの育児との両立について。金さんは出産当時に勤務していた企業で育児休暇を取得し、子どもが生後15か月になるころに職場復帰した。まだ子どもは2歳未満で病気がち、登園で泣かないようになるまで数か月かかったとか。オムツなど保育園の準備にも手がかかるため時短勤務にして、既存システムの改善や運営など比較的簡単な業務に就いた。
仕事と育児の両立は忙しかったものの「大変ではなかった」と金さん。どちらかというと、悩みは仕事にあった。育児優先で負担が軽い業務に就いていたため、新規開発やクラウド環境を経験する機会がなかった。そこで「新規開発に携われるような会社に行こう」と決断し、子どもが2歳になるころに転職を果たした。
そのころ近所にいい保育園ができたので、子どもを転園させた。親子ともに新環境で再スタートを切ったことになる。子どもは3歳になり保育園の準備が減る一方、子どもは会話を求めてくるようになってきた。特に転園直後は子どもから環境変化の不安が見てとれた。
転職した会社ではフルタイム勤務で新規開発案件の設計や開発を担当した。金さんは「いろんな経験ができるのですが、学ばないといけないことが多かったです」と話す。技術のキャッチアップが必要で、設計しながら開発もしていたため残業が続きがちだった。
そこでベビーシッターサービスを利用し、週末にまとめて食事を下ごしらえ、子どもが寝てから仕事や勉強をしていたものの、思うほどうまくいかなかった。というのも、子どもと接する時間が少なくなると子どもが寂しがってしまい、かえって育児に手こずるようになってしまったのだ。寝かしつけに2時間かかることもざらだった。そうすると親は睡眠不足となり、翌日の業務に悪影響を及ぼすなど悪循環が続いてしまっていた。
疲弊した金さんは「もうやりやりがいもなく、子どもにも仕事の理由を説明できなくなっていたので、いったん会社を辞めて子どもとのつながりを取り戻すことにしました」と決断する。子どもとの関係を改善してから、あらためて自分が得意な分野で仕事を再開すればいいと考えて退職した。
退職した直後、パンデミックが到来する。退職とコロナ禍が重なり、金さんは子どもとたっぷり一緒に過ごすことができた。すると子どもは次第に聞き分けがよくなり、前ほど育児に手がかからなくなってきた。