ミンツバーグの組織論とアジャイルな開発組織の思考──共通する部分の具体例
では実際に思考が近い例を取り上げます。
1つ目は、全ての状況において適用可能な最高な方法などないという考えです。
組織を組み立てるための「唯一で最善の方法」があると決めつけるのは、組織をマネジメントするうえで最悪の方法と言わざるをえない。
※参考:『ミンツバーグの組織論』(p.17)
ソフトウェア開発においても、どんな状況でも適用可能な方法は「存在しない」ことを経験を通じて理解されている方も多いのではないでしょうか。
2つ目は、以下の通り。
あなたは、自分の会社を「部位の寄せ集め」にしたいのか。それとも、生きた牛のようにしたいのか。
※参考:『ミンツバーグの組織論』(p.27)
この、組織は単に要素に還元して個々を注視するだけではスムーズに動かず、全体性や協調、調和が欠かせないという考えは、ソフトウェア開発組織においてもうなずける要素が多いのではないでしょうか。
種明かしをすると、このメッセージはある大手ソフトウェア企業の広告からミンツバーグ氏が引いてきたものなので、ソフトウェア開発とも親和性が高いのは当然かもしれません。ただ、この広告をミンツバーグ氏が引用しているのは、ミンツバーグ氏が話したかったことに合致しているためなので、やはりミンツバーグ氏の論とソフトウェア開発組織の思考は近いと言えます。
3つ目は、戦略を立てる際、行動によって得られた学びを組み込む必要があるという考えです。
組織は計画を立てるだけでなく、学習もする。つまり考えることを通じて戦略を編み出すだけでなく、実際に行動することを通じて戦略を見いだす場合もあるのだ。
※参考:『ミンツバーグの組織論』(p.52)
これはアジャイルな開発で行われるイテレーションの考え方、あるイテレーションが終わった際にはふりかえりの実施や顧客からのフィードバックといった学びを得て次のイテレーションに活かすやり方に近いと捉えられます。
「アート」「クラフト」「サイエンス」
ミンツバーグ氏は「アート」「クラフト」「サイエンス」について、以下のように論じています。
意思決定、戦略形成、マネジメントなど組織の重要なことの多くは「アート」と「クラフト」(技)と「サイエンス」の3要素の関係という視点で説明できる。
※参考:『ミンツバーグの組織論』(p.45)
アートは洞察力・ビジョン・直感に基づいた、アイディアを土台としたもの。クラフトは実務的・現実的・関与重視の性格が強く、経験を土台としたもの。サイエンスは事実と分析を重んじエビデンスを土台としたものと紹介されています。こういった要素を用いた説明では、できる限り少ない要素で多くの範囲を説明できると良い論だと言えます。
では次に、組織の課題解決という側面を例に、3要素がどのように関係しているかを通じて要素の過不足を検証してみましょう。私は、時代に応じて多くの人が直面する普遍的な組織の課題は、以下のように推移していると理解しています。
組織の課題解決は、科学的管理法に代表されるようなサイエンスの要素が重視されたものからスタートしています。明確な課題が整理され解決が進むと、その他に解く価値の高いよい問いを見つける必要が出てきました。良い問いを発見する行為は事実と分析を重んじるサイエンスのみでは達成できず、美意識や理想といったアートの要素を組み合わせる必要がありました。
また、サイエンスもアートも初期の計画を立てる部分に焦点があったのに対し、近年は計画を実行していく中で得た学びを組み入れて新たな戦略とする動きが市民権を得つつあります。これは行動や経験を通じて物事を進めるクラフトという側面が強く出ています。
この流れを説明するのにも3要素は過不足がないように感じています。要素のどれかが欠けてもうまく説明がつかないですし、これに追加する要素も思いつかないです。読者の皆さんはどうお感じでしょうか? 皆さんもぜひご自身の抱えている問題意識が、この3要素で整理できるかを検証してみてください。
余談ですが、私が最初に「サイエンス一辺倒ではない」考え方に触れたのは、ラグビー日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏による、「コーチに必要なスキルはサイエンスとアートだ」という言葉からでした。その時は「たしかにそうだな」「よく物事を表しているな」と感じました。その後、ミンツバーグ氏の本と出会ったことで、今後要素が増えても違和感なく取り込んでしまう可能性はあるだろうと思っています(ただ、仮に4要素、5要素と増えると場当たり的にも感じ、別の観点で本質の部分を捉えなおしたくなるかもしれません)。
現実を取捨選択し、理解が容易な情報に「丸めて扱う」
世の中にはさまざまな論がありますが、そのどれもが正しいと言えます。それらは個別具体的な内容ではなく、広い範囲へ適用可能とするため、抽象化を行って話を進めるものです。しかし、抽象化の際にどの具象を取捨選択するかは論によって異なります。ある立場の人にはさほど重要ではないと考えるものは、論を作りあげる際に省略されますが、それは別の立場の人にとっては重要な場合もあり、全ての人が納得できる論というものは存在しません。
これは組織論においても同じです。次回の記事では、より良い開発組織づくりのヒントを得るべく、ここまで挙げてきたようにソフトウェア開発組織に馴染みやすいミンツバーグ氏の組織論を用いて、私たちがよく直面している問題を眺めて理解を深めていきます。
