アジャイルについては日本でだいぶ詳しいほうだと思う(笑)
――角谷さんのコースはすでにアジャイル開発を実践している「中級者」を対象にしているわけですが、ご自身が中級者の頃はどうやってアジャイル開発の疑問点を解決していたんでしょうか?
角谷:本とかインターネットに書いてあることをそのままやろうとして……うまくいかない(笑)。うまくいっているような気がすることもあるけど、これでいいのか確証がない。なので、アジャイル関係のイベントとか勉強会で「こんな感じでやっています」みたいな話をしてみたところ、参加者や他の講演者が感想や意見をくれたり、自分の現場での取り組みを教えてくれたりしました。
――講演が終わったあとに情報交換するわけですね。
角谷:でも、その場で疑問が解決することもあんまりない(笑)。
――会社やプロジェクトの背景が違いますからね。
角谷:ヒントにはなるけど解決はしない。結局、「これでいいのかなあ?」と思いながら試行錯誤を続けるしかなかったですね。
――過去の自分にアドバイスするとしたら、もっとうまくできたと思います?
角谷:もうちょっと近道できたかもしれないけど、過去の自分はきっと「そんなんでうまくいくの? 本当ぉ~?」って言いそう(笑)。やっぱりプロジェクトをどうやったらうまく進めていけるかを自分で考えないとダメだと思う。今だにプロジェクトが終わるたびに、もっとうまくやれたんじゃないかと考えることは多い。
――プロジェクトって二度と同じものはないものだから、そうやって悩みながら進むしかないんでしょうね。
角谷:そうですね。あとからふりかえってみて「もうちょっとこうやればよかった」みたいな後知恵は自分の中にはたくさん蓄積されているから、アジャイルについては日本でだいぶ詳しいほうだと思う(笑)。経験することでだんだん分かってきたことがとても多い。
『アジャイルサムライ』でリブート
――そういう意味で言うと『アジャイルサムライ』(オーム社)はタイミングがよかったというか、角谷さんの成熟度とマッチしてたように思います。いま日本でいちばん売れているアジャイルの本ですよね。
角谷:たぶん。「アジャイル」がタイトルに付いていて、2万部を越えてる本が他にあったら教えてください! 先日も第11刷が决まりました。
――日本って「これからアジャイルが来る!」みたいなリブート(笑)を毎年毎年繰り返しているわけですけど、2011年の『アジャイルサムライ』が本当のリブートのきっかけになったように思います。
角谷:そうですね。『アジャイルサムライ』は個別の方法論にはとらわれずに、「アジャイルのやり方ってどうなっている?」というのをひと通り全部説明している。そこが気に入って翻訳することにしました。これまで勤務先で実践したり、大事にしてきたこととも似てたし。
スクラムはあんまり好きじゃない
――『アジャイルサムライ』の「個別の方法論にはとらわれない」っていうのが角谷さんのスタンスとよく合っていると思います。例えば、角谷さんってスクラム嫌いじゃないですか(笑)。
角谷:確かに、元々はあんまり好きじゃなかった(笑)。スクラムは枠組みだけだから。でも最近はそうでもないですよ。枠組みとしてはいいと思います!
――「Your Path through Agile Fluency」という記事に書いてあったんですけど、最初はスクラムを導入したほうがいいみたいなんですよね。もちろんそれだけじゃ不十分なので、次の段階でXPとかを導入するわけなんですけども、XPを先に導入するのは分かりにくいんですよね。
角谷:XPはソフトウェア開発のあり方全体を語るための言葉の体系だから、具体的にプロジェクトを「こうしましょう」というのが掴みづらいですね。
――確かに最初に読んだときは難しかったです。
角谷:用語もねえ、近頃はスクラムのほうがいいんじゃないかと思うようになってきました。
――「スプリント」とか?
角谷:「スプリント」は嫌い(笑)。
――「プロダクトオーナー」とか?
角谷:うん。「プロダクトオーナー」はいいですよね。XPの「顧客」は「これは"顧客"という役割なんです」というのを説明しないと混乱する。「プロダクトオーナー」は何をしなきゃいけない人なのかを説明しやすい。
――「スプリント」はなんで嫌いなんですか?
角谷:「スプリント」は短距離走の「よーい、ドン!」感というか……「早い、安い」感がにじんでくるので好きじゃないんですよ。「イテレーション」で不都合はないんじゃないかなぁ。「スプリント」のほうが単語として短いほうが言いやすいとか? タイムボックスに全力で立ち向かう、と言いたい気持ちは分かりますけど。
――『アジャイルサムライ』でも「スプリント」は使ってないですね。
角谷:そこはいいんだけど、説明のためとはいえ「プロダクトバックログ」と言わずに「マスターストーリーリスト」っていうのはやりすぎだと思う。「プロダクトバックログ」も分かりやすいからいい名前だと思っています。
入り口で困っている人たちを助ける何かが必要だった
――『アジャイルサムライ』の翻訳のきっかけは何だったんですか?
角谷:2010年頃から「アジャイル開発に興味あるけど、どれか1冊読むならどれがいいか」みたいな質問される機会が増えてきたんですが、なかなか最初に読める手頃な本がなくて……。『アート・オブ・アジャイルデベロップメント』(オライリージャパン)は良い本なんだけど、ちょっと興味がある人の最初の1冊としては大部だなと。
――もっとお手軽なものが必要だったわけですね。
角谷:どこからアジャイル開発のことを学んでいくかの「入り口」で困っている人が多かった。なので、ページ数も多くないし、絵も多いし、ひと通りアジャイル開発の説明はしてあるし、日本の開発者の皆さんに『アジャイルサムライ』はちょうど良さそうだな、と思って翻訳を始めた。インセプションデッキっていう、これまでにないツールの話もあったし。
――それが2011年の7月に出版されたと。
角谷:私の翻訳が遅いことには定評があるので……。