「グロースハック」とは、製品やサービスの利用方法・利用傾向などを調査し、その成果を製品・サービスの開発・改善にフィードバックするサイクルを繰り返すことにより、製品・サービスを大きく発展させる一連の手法のことです。
グロースハックの技術的基盤を支えています
はじめまして。株式会社リクルートジョブズ カスタマー企画開発 1グループ グループマネージャーをしている林です。今回、グロースハックついての講義を担当させていただくことになりました。
リクルートジョブズは、『タウンワーク』をはじめとするアルバイト・パート領域のサービス、『はたらいく』『とらばーゆ』に代表されるような転職サービス、『リクナビ派遣』のような派遣領域というように、雇用形態に応じた求人サービスを提供しています。時には、「激レアバイト」のような面白い求人キャンペーンなど、色々な新しいサービスや働き方などを随時提供しています。
こうしたサービスを通じ、当社では“JOBS ACTION”を掲げて、「シゴトとヒトが良い関係で、一人ひとりの未来につながっていく社会」の実現を目指しています。
僕がリクルートに入社したのは2005年のことで、配属先はインターネットマーケティングオフィスのSPG問部署で、UI/UXを改善する横断的な組織でした。そこで、リクルートの旅行情報誌『じゃらん』のWebサイトや求人情報サイトの『フロム・エー ナビ』のリニューアルですとか、新規サービスの立ち上げに従事しました。その後、通販事業部に異動して、妊娠・出産育児のための通販サイト「FunCart」の立ち上げ、ファッション・オーガニックの通販サイト「eyecoオンラインショップ」のネット店長になったことで、売上向上を目的としたA/Bテストの実施経験を積むことができました。
現在は、当社のWebサービスの開発環境、テスト環境、構成管理環境、リリース環境の構築を横断的に手がけています。また、『タウンワーク』などを中心として、グロースハックのためのA/Bテストなども僕らが行っています[1]。
[1] ちなみに、WebサービスのA/Bテストを行うには、フロントエンドの開発環境がすごく重要です。
グロースハックで陥りがちなこと、今回伝えたいこと
実際にA/Bテストを行ってみると、「試作の内容が決まらない、そもそもやり方が分からない」とか、「いろいろやっているんだけど、良い効果が出てこない」とか、「A/Bテストのネタが尽きる」といったことで悩むケースが少なくないはずです。特に、A/Bテストをやり続けているうちにネタが尽きてしまうのは僕らも同様で、いつも四苦八苦しています。
また、サービス設計をする際に「どんなユーザーが実際使ってるんだっけ」といったこと、「そもそもユーザーがどういう課題を持ってこのサービスを使っているのかが見えていない」といったこともあるでしょう。
本講義では、こうした「グロースハックあるある」を克服するため、ユーザー視点でグロースハックができるようになることを目指します。そして、サービスの使い勝手を向上するにはどうすればよいのか、どうすればユーザーが満足してくれるのか、といった課題の解決を、ユーザー視点で図るための手法を紹介します。
なお、本講義で取り上げるのはWebサービスの「企画」と「設計」です。ここは、Webサービスのグロースハック(A/BテストやPDS(Plan-Do-See)サイクル)を行う前の準備段階でもあります。どんなA/Bテストを行うことにすれば、先に挙げた課題を解決し、ビジネスへの効果も高まるか。この点にフォーカスします。
課題解決の本質とは
ところで、僕らはあくまでもサービスを提供している側ですし、あくまでもビジネスをしているものを担当している側になりますので、ビジネスゴールとユーザーゴールの一致が僕らに求められていることになります。そのためには、日々ユーザー視点の感覚を持ち続ける必要があります。具体的には、「ユーザー(ニーズ)」「サービス(企画)」「エンジニアリング(開発)」を三位一体としてサービスを提供していきます。
僕たちは、「これらの三位一体でユーザーを中心としてどのようなサービスを提供していくのか」をとても大事にしています。簡単にいうと「ハートを生み出したい」というふうに考えています。具体的には「満足度を上げる」とか「使ってよかったな」ということですね。これをいろんな数字(KPI)につながっていきます。
誰もが困っていた問題を解決したケチャップ
Webサービスとは関係ないんですけれども、課題解決ということで僕が大好きな事例を紹介しましょう。
ケチャップって残り少なくなると、なかなか口まで落ちてきませんよね。仕方なく容器を振ってやると、思わぬところに「べとっ」て出たっていう経験は誰しもお持ちじゃないでしょうか。これを課題ととらえたあるメーカーが、単純に今まであったケチャップを逆さまにした。そうすることによって「ポン、ポン」って容器の後ろを叩かなくても、残り少ないケチャップがすぐ出るようになった。僕はこの事例が大好きなんです。
僕らが担当しているWebサービスにも課題はいっぱいあります。それを日々解決していくことがサービスの成長につながっていくわけです。グロースハック的にいえば、どうやってサービスの使い勝手を上げるのか、ユーザーを気持ちよくさせるのかということを真剣に考えようということです。
地下鉄の自動販売機の売上を向上させた意外な施策
突然ですが、ここでみなさんにクイズです。ユーザー視点に立って考えてみてください。
クイズ
あなたは地下鉄の会社から雇われたコンサルタントです。「どうにかして地下鉄にある自動販売機の売上を上げてくれないか」とクライアント様(地下鉄の会社)から依頼を受けました。あなたならどうしますか?
正解は1つとは限りませんが、ここでは「IDEO」という米国のデザインコンサルティング会社が実際に行った打ち手を正解とします。
それは「自販機に時計を付ける」です。
ユーザー心理を考えると、「飲み物を買っているうちに電車を逃したくない」という不安や、「電車の待ち時間が暇」という不便が想像されます。そこで「時間を心配せず安心して飲み物を買えて、待ち時間を充実させられる」ということを考え、それを「自動販売機に時計を付ける」という打ち手に変えていったわけです。この施策は実行され、自動販売機の売上は本当に高まったそうです。
これも先ほどの逆さケチャップと同様、ユーザー視点に立って考えて施策が成果に結びついた事例といえるでしょう。けっこう単純ですけれど、僕が好きな事例の1つです。
グロースハックは、サービスの設計からユーザー中心で始めなければ確かな効果は現れません。みなさんにはユーザーの気持ちになってサービスを設計していただきたいと思います。
ストレスフリーを追求している
あくまで僕の考え方の1つですけれども、Webサイトの設計に対しては「ストレスフリー」という考え方を持っています。要は気持ちいいとか楽とか、そういうことです。
速い(speedy)という価値は単純で分かりやすいんですけど、どんなサービスなのか分かりやすくて(simple)、使い勝手(ユーザビリティ)の基本となるものはちゃんとしており(smooth)、自分が利用したくなる(fun)ということはすごい重要です。
特にfun(楽しい)は重要ですね。やっぱりワクワクしたいじゃないですか。使うならやっぱり楽しく使いたい。ちょっとした楽しみといったエッセンスですね。そういうものを提供できればなあと日々考えて、Webサイトを設計しています。
グロースハックはどこから始めるのか
さて、ここからは、僕らがグロースハックを念頭に置きつつ、Webサービスの企画や設計をどのように行っているかを説明します。
次の図はサービス設計をする際の一連の流れです。一番上がユーザー、つまりサービスを使ってくださるターゲットで、まずここがすごく重要です。
前提としてここが外れちゃうと実際に「あれ、全然違う人が使ってるよね」となってしまう。そうではなくて、ちゃんと想定したユーザーの人が使ってくださるようにサービスを設計しましょう。
図のユーザーの下にあるのが、そのユーザーが持っている「ニーズ」ですね。どういったことに困っているのか、こういうものを欲しているのかといったことを洗い出し、要件(Why、What、How)として整理することが求められます。
次に、要件から仕様を作成して、それを機能として提供するとともに、ユーザーストーリーマッピングなどを行いますが、今回はユーザーやニーズにフォーカスした打ち手(How to)に解説の範囲を限定します。
ユーザーテストはまず3人でOK! とにかく触ってもらおう
ユーザーやニーズの確認作業として一番わかりやすいのが「ユーザーテスト(User Testing)」でしょう。ユーザーテストではユーザーに会って、実際のところどのように考えているのか、どういう行動をするのかを調査します。
次のグラフは、ヤコブ・ニールセンが書いた『アラートボックス』という書籍からの引用で、ユーザーテストを3人以上行えば、新しい洞察の70%が得られるそうです。
ただし、さらに多くの人にユーザーテストをやってもらっても、得られる新しい洞察はあまり増えません。
少人数で新しい洞察の大半を得られるのですから、とにかくユーザーに会い、ユーザーテストを受けてもらいましょう。そこからはすごくいろんな発見がありますし、思いもしなかった課題や洞察が見つかった経験を、僕もたくさんしています。
実際、設計していると設計者目線になってしまって、思ったようにユーザーが使ってくれないケースが、我々にも多々あります。これではいけないなということから、毎週行っているA/Bテストやテストのネタ作りの前には、ユーザーにお会いして実際に使っていただいています。
まずは3人でよいわけですから、ユーザーテストを受けてもらう方は、知り合いやお友達でも構いません。僕らも友達に見てもらったり、アプリを触ってもらったりしています。とにかく、いろんな人に実際に使ってもらうということを意識してください。
ユーザーテストで見ていること
では、ユーザーテストで僕らが何を見ているかいいますと、行動ですね。いろんな意見を聞くというより、どこを触ってどのように使うのか(例えばスマートフォンをどういうふうに操作するのか)をモニタリングしながら、「本当にこれいいんだっけ? 悪いんだっけ?」みたいな自問自答をやっています。
この行動観察というのがいわゆるユーザーテストですね。エスノグラフィーは観察学に近く、いろんな情報が得やすいのですが、僕らはそこまで専門的なことはしておらず、その一歩手前といったところです。ユーザーがサービスに対して、どう行動しどのように使うかを観察します。もちろん、グループインタビューやアンケートを取ることもありますが、サービスの設計では、ユーザーが実際にどのようにサービスを使っているかをとても重視しています。(第2回へ続く)