スコープに対するダブルリンキングで権限分散を実現
次に「分散」について、「自律を損なう要因としてコミュニケーションの複雑化や役割の重複、意見の衝突がある。それらを防ぐために、分散・分担を行う。つまりは結果として自律的であるために分散していく必要がある」と片岡氏は語る。
ゆめみでは、上位目的を達成する手段として階層的・連鎖的に職務分解しており、その責務を遂行するための単位を「チーム」と呼び、その責任範囲を「スコープ」と呼んでいる。スコープに対しての遂行責任を負うものを「コミッター」とし、その自律を支援する「コントリビューター」とともにチームが構成される。なお、コントリビューターにはコミット権限を持たない。
会社は責務分解されており、あらゆる業務がマイクロサービスのように分けられ、階層的に分けられている。チームの定義記述は社内Wikiで管理されており、どういう上位の目的のもとそのチームが存在するのかがストーリーという形で示され、業務範囲とともに、誰がコミッターか、コントリビューターかが役割とともにわかるようになっている。
一般組織では、たとえばマーケティング部の部長が広報課の課長に権限委譲し、報告をさせるという形態が多いが、それでは何かと干渉や忖度が起きたり、逆に情報共有がなされなかったり、部長と課長の距離感が影響することが多い。
そこで発明したのが「二重連結ピン(ダブルリンキング)」という方法だ。親チームのコミッターは子チームのコミッターになれず、逆も同様という制約のもと、あくまでコントリビューターとしての意見を提供するだけになる。そうすることで、それぞれのチームの自律性を担保しようというわけだ。
他にもチームメンバーの数については、状況やスクラムが浸透度などで9~10名でも生産性が落ちないこともあるが、適正なコミュニケーションの密度を鑑みて7名を限界にしている。また、目標を期限内に達成する活動をプロジェクトと定義した場合、通常ではプロジェクトマネージャーがメンバーを決定していくが、ゆめみではプロジェクトをスコープ対象としているチームのコミッターに依頼をし、チーム内でメンバー編成を決定する方式としている。
ここでSpotifyの「Scaling Agile」が紹介された。プロジェクトを遂行するチームをSquad(分隊)とし、プロダクトオーナーがいて作業の優先順位を決めたり、ビジネス価値や技術的解決を考慮したりするようになっている。このSquadが複数集まったのがTribeとよばれる上位チームであり、トライブリードと呼ばれるリーダーが全体最適を担う。そしてユニークなのがチャプターリードと呼ばれる特定の職能・技術領域(Chapter)におけるラインマネージャーだ。開発や人的マネジメントに責任を持つ。
こうしたマトリクス構造では、役割分担が可能になり、負荷が集中しないというメリットの反面、人事評価やマネジメント担当の採用が難しくなる、プロジェクト間の異動が行いにくくなるなどのデメリットもある。そこで、ゆめみではかつてのマトリクス構造から、プロジェクト型と機能型組織の2つに分けている。
「プロジェクトに所属しているメンバーがプロジェクトがなくなると帰属意識が醸成できなくなる。Tribeがプロジェクト間、部署間の壁のようなものを生み出しがちだった。また、Spotifyモデルは、会社組織全体に適用するのは難しかった」と片岡氏はその理由をあげた。結果としてより柔軟な組織設計となり、すべてがアジャイルチームになったという。
また、役割設計も柔軟にできるようになっており、メンバーは自身の意思決定でプロジェクトと機能型グループのチームのそれぞれを選択することができ、柔軟にキャリア設計を描くことができる。また、福利厚生チームのプロジェクトなど、開発以外のチームに関わることも可能だ。「ワンクリック部署異動」としてSlackにジョインするだけでチーム異動することもでき、プロリクでチームを作るなどチームを自己設計できることも柔軟な組織づくりに貢献しているという。
協調するチームのフラクタル化で全体組織を構成する
そして、最後の「協調」について、全体最適の役割を担うチームが紹介された。プロジェクトの中でチームが増えてくると方向性がずれてくる。それを修正し、チームの集まりに対して全体最適な役割にコミットするチームを「リードチーム」と明示化したという。
それらはフラクタル構造を描くように設計されている。つまり、チームの中はリード役のコミッターとコントリビューターがいて協調し、チームが集まったチームの中には同じくリード役のコミッターとしてのチームとコントリビューターとしてのチームが存在して協調する。さらには、プロジェクトチームに対しても、デザインやテックなどのリードチームが後方支援を行い、さらにはその事業チーム全体を「委員会組織」と呼ばれるチームが採用や教育、広報などの機能を持って支援する形になっている。
片岡氏は「ミクロな視点で言えば、一人の頭の中でも行われている」と語り、「経験や理性と直感という役割がそれぞれコミッターとコントリビューターとして存在し、それぞれプロポーザルとレビューを繰り返しているといえる。そうした判断をミクロからよりマクロへと広げることで、自律的ながら協調できる組織へと成長させることができる」と説明した。
こうした組織で、さらには代表権限すら誰にでも持てるとなれば、不安を感じる人もいるだろう。そこで、「二重のメンバーシップ設計」により社員契約に加えて「メンバーオプション契約」を設け、そこにプロリクによる意思決定権限などの様々なサービスを利用することができるようにしている。さらに禁止行為が定められており、守れなかった場合には社員が他の社員に対してイエローカードを発行することができ、2枚付与されるとメンバーオプション契約が解約されるという仕組みだ。イエローカードの対象禁止行為としては、「勤怠ルールを守らない」「SNSなどでのブランド毀損」「イエローカード乱用」などがある。
これまで様々な方法が紹介されたが、片岡氏は「やはり考え方が大事」と語る。
「ゆめみの組織づくりにおいてはアートとデザインとエンジニアリングを重要と考えているものの、文化が異なるためなかなか共存が難しかった。アート的に直感と感性で最適な行動を取れる人、デザイン的に可視化されたら真似して最適な行動を取ることができる人がいる一方、理屈やルールがないと動けない人がいる。しかし、理屈に基づいたルールを決めるルール『プロリク』によって、理屈やルールに基づいて大胆に行動でき、さらには感情に左右されずに原則に従って行動できる様になれば、一人ひとりが大胆に可能性を発揮できるのではないか」(片岡氏)
これまでは会社の経営層や管理職が組織を作ってきた。ゲームとして例えれば、社員は「面白くないゲーム」をやらされてきたに等しい。しかし、ルールブックを持つことによって、ゲームマスターとしてゲームシステムを創っていくことができる。相手を操作することはできないが、同じチームと捉えてチームのルールをプロリクすることで、同じチームのコミッターを操作できるというわけだ
フィードバックなき単独適応が今後の課題
なお、現在のゆめみの課題としては、チーム内の自律・分散・協調が実現したとしても、必ずしも他のチームから見たら適応的ではないことがあることだという。他のチームからのフィードバックがないことが理由だが、他にも問題があると思われる。現在はこの課題を解決することに専心している。
最後に片岡氏は、「アジャイル組織の作り方のまとめ」として次の9つをあげた。
- 責務の階層化は必須
- 助言プロセス(プロリク)最強
- 権限委譲を行っても権威の無効化はできないので、ダブルリンキングのような制約が必要
- チームの自己設計(新設・分割・合併)のルール化が肝
- 緩やかなチーム所属を本人希望でできるとベター
- 完全自律には支援が必要、コントリビューターが不可欠
- 協調のフラクタル構造がスケール的には大事
- 自律と適応力は異なる
- 単独適応を行えるようにするのが今後の課題
そして、片岡氏は最後に「カオスエンジニアリングなアプローチで組織を混乱させつつも、改善していきながらノウハウを蓄積し、組織自体が対応できるような環境を作りつつある。会社自体をソフトウェアと捉えていくなら、今後は外部のコミッターやコントリビューターと協業することも考えられる」と語り、「ぜひ、共感いただける方々とともに新しい組織のあり方を考えられたらと思う」と会場に語りかけ、セッションを終えた。
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