「登山に行けない日常」をいかにサポートするか
このような検討を経て、コロナ禍においてやるべきことの糸口が見えてきました。それは「登山者の日常をいかにサポートするか」ということです。従来のYAMAPが考えるユーザージャーニーでは「登山」を中心として「登山前」「登山中」「登山後」というフローで考えていました。しかし当然のことですが、登山者には登山を行っていない「日常」が存在します。つまり、本当のユーザージャーニーは、日常と非日常(登山)の行き来することを行っていたのです。これがコロナ禍において登山に行けない日常が続き、より強く可視化されるようになりました。

YAMAPでは、以前から「日常」については議論することが多くありました。なぜなら、台風で天候の荒れた時期や冬の雪山の時期など、季節や天候によってアプリの利用率が大きく下がることがあったからです。これまでは「季節性だから」「突発的なものだから」ということで諦めていたこの領域ですが、コロナ禍においてこの「登山に行っていない日常」の部分を大きくクローズアップする必要が出てきたわけです。
しかし一方で、完全に登山と関係のない日常の機能をリリースするのはYAMAPのミッションとは大きくかけ離れてしまいます。あくまで「YAMAPの価値であるコア機能(登山、活動日記機能)との関連性を持ちながら、日常的に利用できる機能をいかに提供するか?」と検討しました。

その結果、新たに開発したのが「モーメント機能・タイムライン」と「ウォーキング・ランニング機能」です。
これまでYAMAPに投稿できるのはGPSログに関連した日記だけだったのですが、それ以外に日常的なつぶやきを「モーメント」として投稿できるようにしました。これにより、「こんなザックを買った」「この登山本が面白かった」「この山に行ってみたい」など、直接的な登山行動以外のさまざまな日常の登山に関連する思いをYAMAP上で表現できるようにしました。これにより新たなコミュニケーション回路が生まれ、日常的な会話によるコミュニティの形成がより促進されました。また「タイムライン」という時系列形式でこれを閲覧する機能も提供し、より日常的にアプリを閲覧できるようにしました。
また、「ウォーキング・ランニング機能」でシンプルな操作でYAMAPのGPS機能を使ってログを取れるようにしました。これまで山中での使用を主に想定していたため、GPS機能を使うには地図のダウンロードが必要だったのですが、より簡単に使うことができるようにしました。これは、登山のトレーニングとしてウォーキング・ランニングを行っているユーザーが多く、その記録もまとめてYAMAPで行いたいという要望に応えたものです。こうして日常的にYAMAPを使うことができるようになりました。
なお、これらの機能を決定するにあたってニコラス・タレブ『反脆弱性』に描かれている「反脆弱」な戦略を考え方のベースとし、「いかに反脆弱な戦略を立てるか」ということを考えました。これはプロダクトマネジメントについての本ではありませんが、このような危機(ニコラス・タレブが言うところの「ブラック・スワン」)に向けてどのような生存戦略を立てるかということの参考に大変なります。詳細の説明は割愛しますが、興味ある方はぜひご一読ください。
プロダクトマネージャーとしてやったこと
このような大きな戦略変更を行うときは、戦略的にも組織的にも確実に困難さが伴います。実際には、以下のような困難さがありました。
- 戦略の困難さ:予測できない未来に向けた計画作り
- 組織の困難さ:計画中止によるモチベーション低下
- 実行プロセスの困難さ:変化に素早く対応する対応フロー
極めて不確実な未来に向けて戦略を描くのは大変な困難さを伴います。これが戦略の困難さです。さらにプロダクトマネージャーはこの戦略によって決定した「What」を実行メンバーに向けて説明する責任を持っています。これも不確実性が高い中で決めた戦略を伝えるのはコミュニケーションのコストが高く大変な作業です。
また、これまでの戦略を一度停止する必要があるため、これまで施策を進めてきてもらったメンバーには必然的にモチベーションの低下が起こります。これが組織の困難さです。この戦略変更を素早く進めていくためには、施策を実行するメンバーにその意図を含めてしっかりと伝え、納得してもらった上で進める必要があります。
そして、大きな変化の中にあるときは、戦略変更後の戦略もまた変更の可能性が伴います。これが実行プロセスの困難さです。戦略変更の前提となっているものと狙っているものをしっかりと全体で理解した上で、変化に素早く対応していく必要があります。
プロダクトマネージャーの仕事として「課題の発見・戦略の策定」「優先度の決定・共有」「施策実行」の3ステップがあると言われています。私はプロダクトマネージャーとしてこの困難さを乗り越えるために、重要になるのは「優先度の決定・共有」のステップだと思いました。通常通り戦略の策定を行いこのステップを迎えたのでは、恐らくこの困難さを乗り越えることはできなのでは、と予測しました。

これを乗り越えるために採ったのは、「可能な限りチーム全体を巻き込み、チームで悩み、チームで戦略を作っていく」というやり方です。通常、素早く戦略を立てていくには少ないメンバーで意思決定を行うのが正しいとされていますが、まったく逆のことを行ったわけです。
前述した通り、戦略変更の早い段階で施策の募集やブレストを行いました。これは、社内メンバーの鋭い感受性や考え方を戦略に盛り込むことを1つ目の目的として行いました。これが「戦略の困難さ」を克服するための方法です。戦略作りにYAMAPという組織の力を限界まで引き出し、選択肢を可能な限り多く考えました。
またこれは同時に「組織の困難さ」を克服するための手段でもあります。少ないメンバーによって決定された戦略は、それを伝えるコミュニケーションに必ず「驚き」が伴います。しかし、全員を巻き込んで悩んだ戦略は、その思考の過程もメンバーに共有されているため、「驚き」は最小限になります。これにより、しっかりと戦略変更の意図とその理由を自然にメンバーに伝えることができ、スムーズに実行に移ることができます。
「実行プロセスの困難さ」の克服にもこれは役立ちます。この過程を経ることによって、「なぜこの戦略にしたのか」という「Why」が自然に組織に浸透しています。これは同時に、「Why」が変更されるときには戦略の変更が必要である、という前提が共有されていることを意味します。施策を進めていく中で新しい学びや情勢の変化があり、「なぜこの戦略にしたのか」という「Why」を問い直さなければならないときは必ずやっていきます。Whyがしっかりと浸透していればその際に、素早くそれを組織に共有し変更を行うことができます。
「可能な限りチーム全体を巻き込み、チームで悩み、チームで戦略を作っていく」ということはこのようにメリットは非常に大きいのですが、通常この方法を選択するのが難しいのは「議論を収束させるのが困難」「決定するまでに時間がかかる」というデメリットが大きいからです。
プロダクトマネージャーの私としては、このデメリットよりもメリットの方が大きいと判断し、ファシリテーターとして全力を尽くす覚悟を決めました。提案された意見を平等に扱い、さまざまに分類や分析を行った上でブレストに望みました。可能な限り拡散させ、確実に収束をさせるために手を動かしました。拡散は簡単ですが、収束は難しいものです。収束させるためのシナリオをいくつも頭の中でシミュレートしながらファシリテーションを行いました。
そして、YAMAPというチームは、相手を尊重し、真摯に対話する素晴らしいメンバーが揃っています。さまざまな場所で有益なディスカッションが発生し、裏表なく正直に意見を出し合ってなんとか戦略変更から施策実行まで進むことができました。プロダクトマネージャーとしてYAMAPという組織をサポートしようとしましたが、逆にYAMAPの皆にサポートしてもらって辿り着くことができたというわけです。YAMAPというチームの懐の大きさと行動力に本当に感謝しています。
まとめ
YAMAPは、2020年9月には200万ダウンロードを突破するとともに、2020年10月は過去最高のMAU(アプリとWebを合算した月間利用者数)と活動日記数(ユーザーが投稿する登山記録の数)を超えるなど、無事成長を続けることができました。

一見コロナ禍などをものともしないような成長に見えますが、その裏側ではこの記事で説明したようなさまざまな困難がありました。プロダクトマネージャーとしてその困難さに右往左往しながらも、YAMAPというチームの力を借りることで戦略変更に成功し、無事着実な成長を遂げることができました。
それで恒久の平和が訪れたかというと、もちろんそんなことはありません。その後も大きな変化や危機が訪れ戦い続けています。その後の戦いはまた、別の機会に紹介できればと思います。
最後になりますが、少しだけ宣伝を。「登山」は誰とも競争することなく、大きな山、そして自然と向き合える素晴らしいアクティビティです。ぜひ少しでも登山に興味を持った方が居れば、チャレンジしてみてください。YAMAPはそれをサポートする情報や道具、そして楽しいコミュニティを用意しています。そのチャレンジのお供にぜひYAMAPを活用してください。
本稿にお付き合いいただきありがとうございました!
