2011年に「ソフトウェアが世界を飲み込む(Software is eating the world)」とのキーフレーズが世界を駆け巡った。あれから10年。イベントの冒頭、シスコシステムズ(以降、シスコ)のVP of Developer RelationであるGrace Francisco氏が登場し「2020年、ソフトウェアが世界を救いました」と言う。急速に広がるパンデミックのなか医療物資の配給からワクチンの接種まで、あるいはソーシャルディスタンスを守るためにどれだけ新しいアプリケーションが登場しただろうか。そして言うまでもなく、今やプログラマビリティの可能性はネットワークの世界にも広がっている。
パネルディスカッションでプログラマビリティの可能性を探る
まず、プログラマビリティにさまざまな立場で関わるパネリストが集まり、エンジニアのキャリアとプログラマビリティの関係性を探るパネルディスカッションが行われた。パネリストには情報通信研究機構/神戸情報大学院大学の横山輝明氏、富士通の中野慎吾氏、シスコの生田和正氏が並び、モデレーターはCodeZine編集長の近藤佑子氏が務めた。
冒頭、Slidoで参加者にアンケートをとったところ、ネットワーク、インフラ、ソフトウェアなどの技術者だけではなく、学生も多く参加していたことが分かった。
「プログラマビリティによりエンジニアのキャリアがどう広がるか」というテーマに対して、インフラエンジニア出身で長くシスコの技術にも携わってきた中野氏は「コードを書いてこなかったネットワークエンジニアにとってプログラマビリティの活用は近そうで遠い。『設定する』から『作る』へとマインドの変化が必要で一朝一夕には難しい」と実状を述べる。この状況を打開するには、変化の激しい市場においてエンジニアが届けるべき価値が製品・サービスの機能や性能からユーザが直面する困りごとの解決へと拡大していることを理解する。その上で学習を積み、困りごとの解決を『作る』ことに取り組む中で少しずつでも開発者になること、あるいは開発者を引き込むコミュニティの形成を提案した。
生田氏は約20年前にシスコに新卒入社しネットワークシステムの提案業務にSEとして関わっていたため、仕事としてのプログラミング経験がなかった。ところが2005年に初めてシスコルーター上で動作するスクリプトを書いてみることを経験すると「面白い!」と手が進んだ。シスコの機能では実現できないと思われていたロジックを自分で実装でき、当時担当していたお客様の課題を解決できそうであることがわかった。周囲にできたものを「どう?」と見せると「ええやん」と評価され、多くのお客様にプロトタイプ(サンプルコード)を提供しながら、並行して書籍を執筆するなど経験が発展してきた。面白いという気持ちが行動を促し、キャリアが発展してきた実例だ。二人の勇気や行動を横山氏は「できるのだからやっちゃえ」と激励する。
続いては「このプログラマビリティがおもしろい」というテーマで、おすすめのプログラマビリティの実践について聞いた。実は中野氏、2020年11月に開催された「Japan DevNet イノベーション チャレンジ 2020」に参加しており、仲間と「Webex×HUMingオンラインミーティングの発言量平準化と心理的安全性の確保」を開発して準優勝を勝ち取った。応募作品はオンライン会議(Webex)の音声を解析することで参加者の発言量を可視化し、不適当な発言にはBOTからこっそり指摘する機能まである。最近では解析の手段として機械学習の採用も始めている。
生田氏はシスコが提供する主要なプログラマビリティとして、SDNコントローラーのAPI、ネットワークOSの機能、IaC(Infrastructure as Code)で構成管理、On-Boxプログラマビリティがあることを説明した。活用事例としてネットワーク機器を抽象化しながらネットワーク全体を一つのサービスAPIとして提供しているものや、Catalystなどのスイッチの上で簡単なコンテナアプリケーションを稼働できることなどを紹介した。横山氏の「プログラマビリティでネットワークはどう変わりますか?」との問いに対して、生田氏は「プログラムを使うと自分のロジックをシスコが作った機能に追加して乗せることができ、ネットワーク装置一つとってもカスタマイズの幅が広がります」と答えた。
自分のモチベーションと業務(ビジネス)との兼ね合いも重要だ。「やりたいことをビジネスに活かすには?」というテーマに対して中野氏は「逆説的ですが、ビジネスからやりたいことにつなげてもいいのでは」と切り出した。携わっているビジネスの先にある社会や暮らしへの貢献という本質を忘れないこと。ビジネスに取り組む意義を見出すと業務に主体的に関われて、気持ちも前向きになってくる。同じ「大変だしなぁ」というセリフでも、いやいやだと疲弊していくが、楽しんでいると前向きになり好循環が生まれてくる。
生田氏はプロフェッショナルとしての仕事をこなす職人の立場と、テクノロジーの宝探しを楽しむことをうまく両立させることの重要性について話した。楽しめると個人の生産性も上がる。まずは自分で試してみて、成果物を発表する。周囲から評価されれば承認欲求が満たされてやる気が向上するだけではなく、同志を得ることもできる。もちろん全てが成功するとは限らない。生田氏は「運とタイミングにもよるが、(チャンスが来た時のために)準備しておくこと」と話した。
横山氏は中野氏と生田氏の成果で触発されたのか「技術の可能性とビジネスのニーズをつなげていく活動の様子に全面的に同意です」と言う。「自分の趣味として他人のことを気にせず好きなことをやること、一方で、仕事として、そうした中から他人の満足へとつなげること。それぞれ気持ちのスイッチを思いっきり切り替えるのが大事かもしれません」とアドバイスし、また「エンジニアの方は、技術でできることや面白さについて、エンジニア以外の人たちにも見せる機会や伝え方を考えることもよさそうだ」と話した。
パネルディスカッションの最後にそれぞれが一言メッセージを述べた。中野氏は「広くつながっていくこと」を参加者に呼びかけた。横山氏は「(プログラミングでできることを)もっと社会に進出させて、技術を当てはめる先の視野を広げていこう。例えば、エンジニアなら自動化を進められる。『過去と同じ作業をそのまま繰り返さない』という縛りを設けて発想するなどもよい切り口になるのでは」とエンジニアを激励した。生田氏は「エンジニアは新しいことが大好きです。技術の進化は早いので、みんなで学び盛り上げていけたら」と話した。
ネットワーク学習環境から子育てまで、シスコ社員5人が次々とライトニングトーク
続いてはライトニングトーク。シスコ社員が1人10分で、自分の得意分野や活動についてアピールした。
Packet TracerとCisco Modeling Labと私
CCNAレベルの学習環境「Cisco Packet Tracer」とネットワークシミュレーションプラットフォーム「Cisco Modeling Labs」について、概要と違いを紹介した。「ぜひ試してみてください」(田川氏)
日常のSE業務とプログラマビリティと私
シスコのテクノロジーを顧客に提案する時に「プログラマビリティは必然」、地域パートナーコミュニティについても紹介した。「気がつくとプログラマビリティという共通言語が広がっていました」(福田氏)
pyATSとシスコとソフトウェア開発と(カナダと)私
pyATSはシスコが開発するネットワーク自動化ツールで、東村氏はカナダのシスコに勤務しながらPythonでpyATSの開発に携わっている。「pyATSを通じてPythonを学習しよう。ネットワークに特化したサンプルも多数あります」(東村氏)
いくついけるか!? 事例紹介
シスコのテクノロジーを活用した事例を次々に紹介した。MSP、SIer、ISV、パートナー、エンドユーザーなど実に幅広い。「このほかにもシスコのサイトで活用事例を公開しています。ぜひご覧ください」(坂部氏)
プログラマビリティと子育てと私
簡単なIoT機器を組み合わせ、水槽の水温監視と冷却が稼働する仕組みを家族ぐるみで製作した経緯を紹介した。「日々の身近な生活課題を、家族と一緒に自動化することで、楽しみながらプログラミングに取り組めます」(小川氏)
ゲーム感覚で学ぼう! Capture The Flagに挑戦
ゲームのような感覚で実践的な問題をクリアしていく学習環境「Capture The Flag(CTF)」は新しい学習ツールになりつつある(現在は公開終了)。イベント連動企画で、CTF DevNet版がオンライン上で無料オープンした。クリアしてフラッグを取得するごとにスコアが加算されていく。
イベント当日は前日までの結果が発表された。全問クリアは29人。なかでもノーヒントは17人もいた。全問クリアした人には後日プレゼントが贈られる。その後、CTFの出題範囲にも通じる認定資格「DevNet認定」の紹介や、DevNet認定に関連したクイズをSlidoを用いて実施した。
ナビゲーターを務めたのはシスコの岡﨑裕子氏、清水光二氏、中村開氏の3人。
ぶっちゃけどうなの? 参加者からの質問にシスコの中の人が回答
Q&Aコーナーでは参加者からSlidoに寄せられた質問に対して、シスコの桂田祥吾氏と吉永早織氏が時間の限り回答した。
Slidoは簡単な掲示板のようなものなので、質問がSlidoに投稿されると他の参加者も見ることができる。他の参加者が「それ、自分も知りたい」と思えば質問に「いいね」を押すことができて、「いいね」が多い質問ほどSlido画面上部に表示される。
Slidoだと匿名で質問できるせいか、率直な質問が多く寄せられた。例えば「今日ご登壇されている方々は本来の専門に加えて、プログラマビリティのスキルを新たに身につけたように見えました。ぶっちゃけ、年収は上がりましたか?」。桂田氏は「プログラムのスキルが年収に直結するとは言い切れませんが、スキルがあるとチャンスが来たときに飛び込みやすくなります」とスキルにより可能性が広がることを強調した。
スキルと年収という意味では英語力にも近いかもしれない。英語力が高まれば、その分年収が上がるかと考えるとそうとも言えない。年収は総合的に決められるからだ。吉永氏は「業務で英語に接する機会が増えると自然にスキルは高まりますね」と話す。スキルアップの恩恵は年収以外にも広く目を向けると良さそうだ。
他にも「ネットワークインフラは、まだまだ現実には塩漬けばかりで、自動化やプログラマビリティとはほど遠い環境も多いんじゃないでしょうか。今後変わっていくんでしょうか」という質問も。そのような現場も多くあるかもしれない。だが今後はよりネットワーク環境が必要になり規模も拡大していくとみられる。桂田氏は「運用の効率化のためにも、あらゆる自動化が必要になっていくでしょう」
クロージングでは、シスコの執行役員およびシステムズエンジニアリングのリーダーでもある土屋征太郎氏と、オーストラリアのシスコからAdam Radford氏が登場。参加者に激励メッセージが伝えられた。
「お客様の課題に対して、インフラとアプリケーションをソリューションとしてつなぎ合わせて提供していくかが重要。そのようなエンジニアがビジネスの場で求められている」(土屋氏)
「ソフトウェアは他の物理的な製品に比べてリサイクルや再利用が容易であるのが特徴であり強みである。昨今では随所にAIが普及しているものの、プログラマーがいなくなるとは限らない。AIは人間が持つ常識を克服しなくてはならないからだ。私はソフトウェアを通じて妻と出会い、オリンピック選手を支援し、Distinguished Architectのキャリアを得た。あなたは何を得るだろうか」(Radford氏)
最後はSlidoに寄せられた感想を画面いっぱいに表示してイベントはクローズした。
Japan DevNetイノベーション チャレンジ 2021
本年もJapan DevNet イノベーション チャレンジを開催します。シスコ製品・サービスをプログラマビリティの活用や他のアプリケーションとの連携を駆使して新たな価値を生み出せる作品を開発して提出していただくコンテストです。