「悩むのに適切な環境」とは、古川氏の実体験
それでは、実際に古川氏自身はどのようにして「キャリアの悩み」を悩んでもいい場所で悩めるようになってきたのか。
はじめはメーカーにエンジニアとして入社し、文書管理システムを作っていた古川氏。RDBのインデックスや全文検索の仕組みなど学ぶことも多く、英語やプログラミングなどの研修や、自己研鑽する時間もあり、良い企業だと感じていた。それでも、キャリアについては悩んでおり、そんなときにNode.jsに出会うことになる。
「ちょうどHTML5ブームでWebSocketやソケットI/Oなどの技術が流行っており、サーバーサイドでJavaScriptが動かせることを知り、Node.jsに急速に引き込まれていった」と古川氏は経緯を語る。そして、唐突ながらと前置きし、次のように桃太郎を引用した。
普通なら、川の上流から桃が流れてきたらスルーするだろう。持って帰ったとしても、食べようとするだろうか。いわば異常行動であり、その異常行動が古川氏にとっては「Node.js」だったというわけだ。
それは「唐突な出会い」であり、「食べてみようかな」「面白そうだな」と触手が動いたこと。そんな出会いはいろんなところで起きていて、「桃を持って帰ろうかな」と思うかどうか。たとえば、インターネットやiPhoneについても、初めて出会った時に「世界を変える」などと確信した人はそう多くないだろう。しかし、「面白そうだな」と思った人が持って帰った人がいて、そうした人たちがその場で新たなキャリアを切り拓いた。
古川氏の場合はNode.jsであり、「とりあえず毎週ブログ書く」に始まり、「毎月なにか作る」「イベントにはかならず行く」「年に一度は登壇する」といったことを行った。「完全にハマった状態」であり、こうした挑戦をしている時は楽しく、とりあえず「キャリアの悩み」は横に置いておくことができた。
ただし古川氏は決して「こうなりたい」「こういうキャリアを積みたい」と思って行動したわけではない。単純に楽しくて、そうしたかっただけだった。それを「初めて飛びついた桃が面白くていろいろと試していたような感じ」と評する。しかし徐々に、Webアプリケーションを仕事にしたいと思うようになり、ゲーム会社へと転職することになった。
2つめの会社について、古川氏は「大きなカンファレンスに登壇するような優秀な人が多く、ここだけでエンジニアの世界を変えられるのでないかと思うくらいだった」と語る。その中で古川氏は開発者として運用を学び、新規事業も経験し、最後には既存事業のリニューアルで大きな仕事も経験した。しかし、その中でも「キャリアには悩んでいた」と語る。
その最中もNode.jsの活動は続けており、本格的にコミュニティリーダーとなり、2014年にユーザーグループの代表に就任することになった。しかし、Node.jsとio.jsの分裂があり、コミュニティが混沌とする中で、「オワコン」などと揶揄もされるようになっていく。古川氏はNode.jsとio.jsの混沌を収めようと、ブログ書いたりどちらにもコントリビュートしたりしながら、相互運用性を実現するべく活動を続けていた。
今でも、この時の活動の理由を聞かれることがあり、古川氏は「一言で言えば愛」と答えている。「損得を考えず、やりたいからやるというだけ。理由はわからず、使命感だけがあった」と振り返り、「ここまで夢中になれるものがあったのは良かった」と語った。そして、もっとNode.jsを本格的な活動にしたいと考えるようになり、次のアクションへとつながっていく。