創業から約140年の大企業に生まれた内製開発チームの中身
東京ガスは1885年に渋沢栄一氏によって創立された、約140年の歴史を持つ都市ガス最大手企業である。エネルギーをメインにエネルギー関連ソリューション、海外事業、不動産事業などを展開している。液化天然ガス(LNG)を日本国内に初めて導入した企業として知られており、都市ガス小売お客さま件数は878.9万件で、国内販売シェアナンバーワンの実績をもつ。また、電力事業でも、小売お客さま件数は387.1万件で、国内新電力ナンバーワンの販売量シェアを占めている。最近は再生可能エネルギー事業にも注力している。
そんな東京ガスで、myTOKYOGASの内製開発を本格的にスタートしたのは2022年。「お客さま向けの会員サイト『myTOKYOGAS』の内製開発を行うことをミッションに発足しました。内製開発チームはフロントエンドのBFF(Backends for Frontends)までを含めた領域を担当しました」(杉山氏)
myTOKYOGASは毎月のガスや電気の使用量・料金を確認できる登録無料の会員サービスで、2023年11月にリニューアルオープンした。チームが発足して約1年半の間に、「当時は、がむしゃらに働きまくってリニューアルオープンを無事に迎えた」と杉山氏は明かす。
フロントエンドを作り替えたから終わりでは無い。現在、内製開発チームではフロントエンドだけでは無く、モバイル・マイクロサービスを領域として開発を進めているという。ちなみにアプリケーションのプラットフォームは杉山氏がリーダーを兼務しているSREチームが構築している。「プラットフォーム開発ではAWSやKubernetes、中島がテックリードを務めているマイクロサービスの開発ではGo言語を使っています」(杉山氏)
その他にも内製開発チームが使っている技術スタックは、田島氏は「想像以上にモダン」と感想を漏らすほど。例えばフロントエンドにはTypeScript、Next.js、React、NestJS、GraphQLを使用。モバイルも「現在はReact Nativeを使っているが、次はFlutterでいこうと考えている」と杉山氏。
0から作ったチームが約1年半でサイトリニューアル、苦労はなかったのか
なぜ、東京ガスは内製化組織を立ち上げたのか。その背景には2016年4月に電力、翌年4月に都市ガスが小売全面自由化になったことがあるという。「家庭用分野においても、エネルギー会社はお客さまから選ばれる存在となりました。当社はリアルでの接点は非常に強いのですが、デジタルの接点を強化しないとお客さまは離れてしまうと考えました。つまりお客さまの獲得やお客さま体験の向上が急務となったのです」と杉山氏は語る。
現在の内製開発チームを立ち上げたのは、東京ガス生え抜き、リビング戦略部デジタルプロダクト推進グループのマネージャーを務める及川敬仁氏。及川氏はアジャイル開発で継続的にmyTOKYOGASの使い勝手を高められる体制を整える必要があると考え、東京ガス本体に内製開発チームを発足させたのだ。
「及川が発起し、周囲の理解を得ながら作ったチームです。東京ガスはレガシーなイメージがあるかも知れませんが、自由にチャレンジする文化があることがこの例からも分かると思います」(杉山氏)
事業部内にチームを作ることのこだわりは、距離感の近いBiz x Devでのプロダクト開発ができること。また同チームのミッションは「お客さまに提供するプロダクトの価値をソフトウェアエンジニアの力で向上させる」である。
ではどんなエンジニアが集まっているのか。内製開発チームの特徴は「お客さまファースト」を掲げて活動していることだという。具体的にはお客さま起点、プロダクト志向(顧客に届けるプロダクトの価値に重きを置き、技術はそれを実現する手段)、圧倒的当事者意識、リスクを恐れない、継続的な学習と改善という5つの項目に共感したエンジニアが集まっている。杉山氏も中島氏もメンバーをリードしながら、コードを書いているという。「先日、Kubernetesの資格を全部取得した」と杉山氏がいうように、継続的な学習も欠かさない。
2022年にチームを立ち上げ、約1年半でリニューアルした会員サイトをリリースした内製開発チーム。「ゼロからのチームの立ち上げに苦労はなかったのか」という田島氏の問いかけに、杉山氏は「障壁しかなかった」と回答。予算なども限られる中、チームの立ち上げは決して順調ではなく、またチームができてからも毎日、課題が起きるたびに話し合いで乗り越えてきたという。田島氏の「社内ベンチャーのようですね」という感想に、杉山氏は「まさに。私たちはスタートアップのようだと。そういう空気を非常に感じていました」と返していた。
エンジニアを採用したい、でも採用していることを誰も知らない
改めてゼロから採用拡大するにあたり、「ソフトウェアエンジニアにとって東京ガスが内製開発しているということが知られていない。認知度が低いことが一番の課題だった」と杉山氏は話す。実は杉山氏も中島氏も東京ガスへの転職組。杉山氏の入社は2022年10月。一方、中島氏は2022年5月にテックリードとして入社し、内製開発チームの立ち上げにも関わってきた。
東京ガスが内製開発を行っていることが認知されておらず、エンジニアたちの想起集合に入っていない状態で、スカウト返信率も低迷していたという。「カジュアル面談では、『内製開発に取り組んでいることをご存じでしたか」と聞くと、『いいえ、知りませんでした』と鉄板のやりとりがありました。このままは強い組織を作っていけない。しっかり手を動かせるエンジニアを採用していることをアピールしたいと考え、2023年1月、中島がTrack Testの導入を決めました」(杉山氏)
ギブリーのTrackプロダクトの事業領域では、エンジニア・デジタル人材の採用、育成、評価のためのHRプラットフォームとして、幅広いプロダクトを展開している。Track Testは、その中の一つのプロダクトで、コーディングテストツールである。Track Testは大手企業からベンチャーまで累計400社以上の企業が導入しており、コーディングテストの受験者数は累計80万人を突破している。「WebやSI、ゲームなどIT系に加え、自動車、コンサル、人材、社会インフラ、飲料、小売、不動産、金融など幅広い業種・業界の企業に導入いただいております。最近では受験対象がエンジニア職種から、もっと幅広いビジネス職種にまで広がってきていますね。世のDXの風潮を得て、エンジニアからビジネス職を対象にIT素養を図っていくデジタル人材向けアセスメントツールとして拡張を図っている最中です。」(田島氏)
Track Testを導入、というニュースリリースをギブリーから発信してもらうと同時に、noteでの広報を実施。とはいえ脆弱な体制は変わらず、myTOKYOGASのリニューアルの開発を進めながら、杉山氏、中島氏が採用も行うという厳しい戦いは続いていたという。中島氏も「とにかく負荷が大きかった」と振り返る。
杉山氏曰く、その厳しい期間を気合いと根性で乗り越え、リニューアルが完了。その際に取材に応じたり、テックブログを公開したりしたことで、認知度が向上、スカウトへの返信率や応募数も向上した。「myTOKYOGASのリニューアルをやり遂げたこと、そしてしっかりとしたプロダクトがあることもエンジニア採用には、重要だと実感しました」(杉山氏)
「コードで世の中を変え、良い待遇を得る。内製開発にはその可能性がある」
実際の選考プロセスでTrack Testをどう活用しているのか。
選考フローは図の通り。書類選考の後、コーディングテスト、一次面接(技術面接)、二次面接、最終面接へと進んでいく。「コーディングテストと技術面接でTrack Testを活用しています」と中島氏。DXのための内製開発をするには、技術力は欠かせない。
コーディングテストで評価するのは基礎的なプログラミング能力とフロントエンド/バックエンドの実装スキルである。「当社では高度なアルゴリズムを解く能力よりも、ビジネスに価値を提供したり、プロダクトをつくったりするスキルが求められます。とはいえアルゴリズムを解く能力は必要なので、それが評価できる簡単なアルゴリズム問題と、プロダクトの実装スキルを評価できる問題の2種類を使っています」(中島氏)
とはいえ、テストなので時間内に終えることが求められる。「もっと時間があれば」と思う受験者もいるはずだ。Track Testではそういう受験者の気持ちを考慮し、受験者が実装内容や改善点を自由に記載して提出できる場所が用意されている。「その部分を使って技術面接でディスカッションさせてもらうこともできるのが、Track Testの特徴です」と中島氏は言う。
アルゴリズムの問題とプロダクト開発に直結する問題の両方での評価が可能なTrack Testは、「内製化組織のエンジニア採用におおいに活用できるツールだと思う」と中島氏は言い切る。
内製化組織を作り、デジタルでの顧客接点を強化し、競争力の向上を図っている東京ガス。「これはあくまでも東京ガスのやり方の一例に過ぎない」と杉山氏。それぞれの事業会社にはそれぞれにあったやり方があるからだ。だがこのような動きをすることで、「日本の企業全体を元気にしていくことにつなげていきたい」と杉山氏は意気込む。
一方の中島氏は、内製開発に取り組む事業会社が増えること、ソフトウェアエンジニアの活躍の場が広がることへの期待を述べた。
「コードを書いて世の中を変え、良い待遇を得られる。内製開発にはそんな可能性がある」(中島氏)
最後に田島氏は、「事業会社として実装力のあるエンジニアを採用するなら、サンプル試験も用意しているのでTrack Testを検討してほしい」と語り、セッションを締めた。