「7年で売上高・従業員数10倍以上」の成長の裏にマネジメント層と現場のギャップ
SHIFTのVPoEとして登壇した池ノ上倫士氏はSIerやスタートアップベンチャーで経験を積み、2017年にSHIFTに入社した。そのころ同社はビジネスのターゲットをエンタープライズ領域に転換し事業のテーマを変えたところだった。当時の池ノ上氏はDevOpsや自動テスト技術に関心があり、転職へとつながった。
近年のSHIFTの成長は著しい。売上高はFY2017の約81億円からFY2024には約1100億円へと、急成長した。従業員数も1000人程度から、2024年8月末時点ではグループ連結で約1.4万人へと大きく増加した。祖業となるソフトウェアテストが持続的成長するなか、アジャイル・DevOps支援、SI・開発、セキュリティ、ERPなどの領域も急成長している。輝かしい成果に経営層や株主からの期待値も高まり、採用や教育などの投資に理解が得られるなど嬉しい側面もある。

一方、7年程度で売上も従業員も10倍以上に急成長するなか、衝突や混迷が全くなかったわけではない。「マネジメント層と現場の間のギャップもたくさんありました」と池ノ上氏。
特にマインドのギャップに池ノ上氏は何度も苦しんだ。最初のカルチャーショックは、これからテスト自動化事業に踏み切ろうとしている矢先に「テスト自動化したら、うちのテストが売れなくなるのでは」と懸念されたことだったそうだ。池ノ上氏は「そこから?(議論しないといけないのか)」とかなり落胆したという。
他にも数々の課題に直面した。主なものを3点挙げる。1点目は個人の成長。振られた作業をこなすのを最優先にしていたため、知識を体系的に習得しない傾向があった。2点目はキャリアプラン。アサインが案件に依存してしまい、エンジニア本人が望むものとかみ合わずキャリアプランが描きづらいという課題があった。3点目はチーム醸成。経験が属人的になり、組織にノウハウが積み上がらない環境だったという。
作業効率を重視するなら、メンバーが与えられた仕事に対して「迷わず、悩まず、正確に」まい進することを期待する。成熟した業務で、正攻法が確立した領域ならそうかもしれない。しかし未開拓な領域を扱うエンジニアだと、試行錯誤した末に生産性を実現するところがある。マネジメント層がエンジニア個々人の作業効率を最重要視していたため無理もないところもあるが、そうした前提を踏まえたうえで「環境を作ろうという意思が必要。問題はEM(エンジニアリングマネージャー)の不在だった」と池ノ上氏は言う。
エンジニアのスキルや経験を評価制度や教育制度へと反映
先述した課題の3点について深掘りしていこう。まず1点目の個人の成長。特に大規模プロジェクトではフェーズを区切り、必要な技術を場当たり的に習得することが少なくない。言われたことだけをやる。そのため全体像の理解や体系的な知識の構築が進まない。結果として、設計原則や技術の本質を深く学ぶ機会が減り、長期的な成長が阻害される要因となる。現場でもよくない空気が流れてくる、といった悪循環が生じていた。
そこでスキルロードマップを書いてスキルツリーを整理することにした。現在この仕事をしているなら、次のステップにはこれがある。背景にはどのようなスキルセットが必要かなどを議論するきっかけとなった。

特に会社が成長すると、このスキルツリーで「盛り上がった」という。新しいサービスを開始すると、いろいろなスキルや経験を持つエンジニアが参入するため、異文化交流のようになるからだ。それぞれの専門分野ごとに重要視するスキルや経験が異なるため、新しい世界に触れて「そういえば昔学んだ」「全然知らない(不安)」「教えてあげる」と交流が盛んになる。
例えばセキュリティのサービスを始めることになりセキュリティスペシャリストが入社すると、プログラミング言語しか知らなかったエンジニアたちがセキュリティも学ぶようになる。中には「セキュリティの本質はガバナンスだ」と参考になる文献を紹介する人が現れたりする。「これは会社の制度にしなくては」と、スキル習得や経験を評価制度や教育制度へと反映していくことにした。
しかしここで壁に直面する。当時は、作業量の多さや正確さで個人を評価しようとする空気があった。
マネジメント層も理解する姿勢は示すものの、前提が過去と大きく異なるためか話がかみ合わない。池ノ上氏はトップダウンのアプローチが必要と考え、マネジメント層とIT技術をテーマに議論する場「技術会議」を設定した。

プロダクトのマインドセットでは「建築ではない。子育てなのだ。育てる過程で親の方も育つのだ」と例えたり、メインフレームとクラウドのアーキテクチャの違いであるとか、地道に企業ITについて情報交換したりするなかで、エンジニアへの理解が育まれてきた。
もうひとつ、評価制度でも似たような苦労があった。IT業界では見積もりのなかで単価を設定することがある。そのためか「エンジニアを受注単価で評価しよう」という流れになりかけた。池ノ上氏は「これは悪しき成果主義。これでは会社ではなくなってしまう」と頭を抱えた。
ただ受注単価で考える側は悪意があるわけではなかった。「IT業界の流通革命」を掲げ、多重下請け構造を打開し、国内IT業界を効率化しようとする思いがあるゆえに、受注単価という数字に着目している、という背景がある。
そこで技術力を評価するための議論を重ねていった。技術スタックにおいては技術の幅、深さ、応用力、教える力、ブランド力など重視したいものを洗い出した。同様にロールについてもPM、テックリード、プリセールスなどがあるなか、成長率、引き継ぎ実績、提案力、交渉力、拡大力、リスク管理などを洗い出し、それぞれパラメータ化した。
こうしたパラメータに加えて市場単価の実績を合わせて想定年収の参考値を出す。さらに評価会議の場で当人のキャリアプランや、やりがい、人間関係の重要度などを考慮したうえで、本人が最も輝き、成長できるようにするために評価をフィードバックしていくという流れにしている。
キャリアプランが案件に振り回されてしまわないための可視化
ここでEM不在により生じた課題の2点目、キャリアプランに話を移そう。エンジニアの案件参画が営業引き合い依存になるケースが多く、経験がアサインに振り回されてしまうためキャリアプランが描きづらいということが起こる。振られてくる案件が自分の目指す傾向と異なるのでエンジニアとしては悩ましい(それでもアサインされたら自分の得意分野や目指す方向と違っていても、チャレンジしようとするが)。
営業としても悩ましい。「せっかく仕事をとってきたのに、エンジニアが対応できないとはどういうことか」と営業も困ってしまう。池ノ上氏が間に入ることもたびたびあった。ある時はゼロトラストのサービスに申し込んだ顧客がいて、エンジニアが出向くとそこには物理的な電話回線で、ソリューションと大きく乖離した現場だったということもあるという。
そこでソリューションマップを作成し、既存の事業との関連性が分かるように、かつエンジニアがキャリアを描けるようにした。もともと同社は業務プロセスを分解して効率化するのが得意なので、そこからテスト設計・実行・管理などに分かれ、さらにテスト自動化、CI/CD基盤、RPAなどを発展させてきた。そうした背景を活用すべくアジャイル(テスト・チーム支援)も加わり、DevOpsへと昇華された。一方、テスト経験者がプロジェクト管理のなかでPMOやベンダーコントロールを担うようになり、そこから多様なソリューションが発展、展開している。

こうして既存のビジネスから新しい分野を発展させているところを可視化することで、営業とエンジニアのアライメントが生まれ始め、いい関係性が築けるようになってきた。
3点目はチーム醸成。これはナレッジマネジメントの話でもある。プロジェクトの経験や実績がプロジェクト内に留まってしまい、組織全体に展開されないことで属人化や知見の断絶が発生してしまう。結果として、開発の非効率化や技術負債の蓄積を招く状態が発生していた。
そこでプロジェクトのライフサイクルマネジメントのなかでナレッジ共有の仕組みを整備することにした。受注の背景などから定期的に進捗をウォッチして、無事終了したらポストモーテムで振り返り、資産を残して次のプロジェクトに活かせるようにした。

それでもプロジェクトが増えてくると、プロジェクトライフサイクル活動により開発品質のばらつきが生じてきた。対策として池ノ上氏は開発標準を作り、アセットを揃えることにした。これを実際に運用していくためにCoEを設置した。発足当初、コストを疑問視する声も出たため、セールスへの責任を追う「利益を出す部門」として運用しているという。
さまざまな価値観のギャップに直面し、エンジニア部門の環境整備を進めてきた甲斐もあり、エンジニアが満足できる環境が整ってきたと言える。近年の実績平均では、年間給与上昇率は9.84%、離職率は6.1%まで減少した。
池ノ上氏は最後に次のように述べて講演を締めくくった。「こういう講演の機会をいただけるような企業になり満足しています。まだやりたいことは残っています。これからも『技術といえばSHIFT』と言われるところまで持って行けるようにがんばります」