電子出版(デジタルパブリケーション)におけるブランドの差別化
電子出版も現在大きな変革の時期にあり、紙に印刷する従来のモデルと比べると近年のデジタルコンテンツにはいくつかの問題があった。
例えば、雑誌のケースだ。「Wired Magine」と「National Graphic」を比べると、内容はもちろん紙面デザインや紙の質などの違いから、閲覧時の体感が異なり、それぞれ異なったブランドイメージを強く受ける。一方、WebページではHTMLの表現力の制限から、以前より改善しつつあるものの、紙媒体ほどの差別化は難しい。
しかし、この状況がタブレットの登場によって少し変わってきた。タブレットでは既に紙媒体に匹敵するようなユーザー体験を提供する雑誌が出始めてきている。カリスマ主婦として著名な「Martha Stewart」がゲスト登壇し、手掛ける雑誌「Martha Stewart Living」のタブレット版のプレゼンテーションを行った。Stewart氏は「雑誌の読者はストーリーだけを読んでいるのではない」ことを指摘し、タブレットのインタラクティブ性を活かして、刻々と写真が変化する表紙、クリックすると中身が見える料理写真、ページをめくらずに確認できるレシピ、スクロールして見れるパノラマ写真などの工夫を凝らした具体的な試みの数々を紹介した。特に、高品質の写真を表示可能な表現力や、どこでも閲覧できる携帯性を評価しており、もっとデバイスが普及してくることに期待すると語った。
また、レイアウトのコントロールも制作者にとって重要な問題の一つ。アドビがHTMLの表現力を向上させるために現在取り組んでいるテーマとしてHTMLのデザインフィデリティ(fidelity;忠実性)を挙げ、固定レイアウトと動的なレイアウトの相互連携によって、実現を進めている。例えば、4:3の解像度を持つiPadと16:9の解像度を持つAndroidタブレットで同じようにページを再現したり、現在HTMLで実現することが難しいフローインググラフィック(画像を避けてテキストをレイアウトする)を「ダイナミックラッピング」という新機能を追加して表現できるようにしたことを説明した。後者のコードはオープンソースのWebKitに入れる予定だという。この流れで、その他のすべてのブラウザに採用してもらえれば、デザインのフィデリティをより確保できるようになる。
その他に、アドビによる様々な雑誌に共通して使える新システムとして、本日出版社向けに「Adobe Digital Publishing Suite」のベータ版が発表された。オーサリングツール「InDesign」をデジタルパブリッシング用としても使えるようにするための双方向のインタラクション編集機能の拡張や、さまざまなデバイスへのパブリッシング機能、コンテンツの配信、閲覧状況の分析機能などを統合したシステムだ。
iPad向けのWiredはこれを使って配信されており、米Conde Nast社CTOのJoe Simon氏は、「提供を始めて数か月になるがiPad向けのWiredは非常に好評で、面白いことに店頭売りと喰い合いをしていない。ダウンロードも増えつづけており新しい媒体ができたという印象。デザインコントロールは色々と工夫した」と感想を述べた。
ビデオもマルチデバイス対応へ
次に、あらゆるデバイスにおけるビデオの革命について説明した。オンラインの動画サービス、さまざまなイベントの中継などがFlashの技術で提供されており、ストリーミングビデオの採用率は過去2年間、倍増を続けている。Flashのストリーミングで128ペタバイトもの情報が1か月に配信されるようにもなってきている。最新版のFlash Player 10.1をリリースした際は、最初の3か月でブラウザへの採用率が74%を超え、歴史上最も速いペースで普及した。
また、Flashが複数のデバイスを対象としていることから、電話、タブレット、PC、テレビとあらゆる端末で革命が起こっているという。中でも相互接続型のテレビが最も新しいもので、今後のユーザー体験がどのようになっていくか注目して欲しいと述べた。
例えば、Androidをベースにしたソフトウェアプラットフォーム「Google TV」でのFlashのビデオを再生する様子や、「Stage Video」というFlashの新技術でスムーズなストリーミング視聴を行える様子が紹介された。「Stage Video」とは別のセッションでの説明によると、通常動画再生にはデコードと、拡大縮小・色変換といった画像処理の2段階のステップがあり、通常後者はハードウェアでアクセラレーションされることがないが、それをハードウェアアクセラレーションすることでCPUを使わずに性能向上させるものだという。現在最も力を入れている技術の一つのようだ。
ここまではブラウザ中心のアプローチ。一方、アプリ型のアプローチとして「AIR for TV」が紹介された。テレビ向けのAIRで、テレビのリモコンを使って操作したり、動画本編だけでなく予告編やさまざまな情報を見れるようになっている。現在、製造業向けにリリースしているとのこと。最初のパートナー企業はサムソンで、今後対応テレビが増えてくれば、AIRを使ってテレビ用のアプリを自由に作れるようになってくるだろう。
また、マルチスクリーンが一般化すると、様々な形式のビデオのエンコーディングを行う必要があるが、次のバージョンのFlash Video Encorderではwatchフォルダにいれると自動的に複数の種類にエンコーディングしてくれる機能が搭載されるようだ。
そして現在Flash Media Serverで実現している、マスターファイルを設定すると自動的にエンコーディングしてCDNに配信できるようにする機能、ネットワーク内でビデオのデータをシェアして負荷を下げるP2P機能などが紹介された。キーノートのオンライン配信もP2Pで負荷分散させたという。