美しい再現性と標準化を実現した「デジタルインク」を開発
紙とペン、そしてインクによって行う「手書き」という行為。それをデジタルに置き換えるにあたり、紙はタブレットに、ペンはデジタルペンにと進化するなかで、新村氏は「デジタルインクについては、まだまだその可能性を引き出す余地が残されている」と語る。
デジタルインクは座標や筆圧といった「情報」から成り立つ。ペンの動きに合わせて断続的に提供される「ポイント」と、一連のポイントをつなげた「ストローク」。それが最もベーシックなデジタルインクの構造である。こうしたペンとパネルからの情報をもとにソフトウェアによってレンダリング(再生成)されてはじめてデジタルインクとして再現される。優れたデジタルインクを開発するためには、ソフトウェア技術が重要な鍵となるわけだ。
新村氏はここで「紙に書かれた手書き」と「デジタルインクで書かれた」2枚のメモを示し、その違いを強調する。いずれも書かれている内容は同じであっても、裏側にある情報量はまったく異なる。「手書き」には目に見える情報だけだが、デジタルインクには筆圧や勢い、書いた時間など様々な数値情報をメタデータとして盛り込むことができ、その活用によって認証や筆跡鑑定といった新たな価値を生み出す可能性があるというのである。
「デジタルインクは、見えなかった情報を含めて管理することで新しい価値を創出することができる。ぜひとも、『手書きの置き換え』から、『プラスアルファの付加価値を生み出すツール』へと認識を改めてほしい」と新村氏は語る。
しかし、そのためにはいくつかのハードルがあるという。その1つが標準化だ。これまで様々な仕様のタブレットが登場し、異なるプラットフォームをまたいで情報をやりとりするのは難しかった。画像化してしまえば編集できず、ましてデータを再利用することはできない。たとえデータを共有できたとしても、データ量が大きいなど、ネットワークを介したやりとりが急増している現在の要件を満たすものではなかった。
そこで、Windows 8.1以降、iOS 6以降、Android 4.0以降など標準的なプラットフォームで共有できるよう開発されたのがワコムの「WILL(Wacom Ink layer Language)」だ。ブラウザ上でもWebGLとasm.jsによって動かすことが可能だという。
そして、美しい筆跡の再現性に優れていることも特長の1つ。通常、iOS、Windowsともそれぞれ再現性に癖があり、滑らかに表現することが難しい。「WILL」はそれを技術によって補足し、美しい曲線や跳ね、払いを再現することができるという。
「ポイントの座標を中心に筆圧に応じた円を描き、そのつながりの輪郭をベクターデータで補完する。それによってアウトラインの美しい線を書くことができる。また、指の場合は筆圧が取れないため、スピードで擬似的な筆圧を再現し、同様に補完することができる」と新村氏は技術的な仕組みについて解説する。
この技術によって、美しい再現性を実現するだけでなく、データ量も飛躍的に軽量化できる。つまり、通常の画像化されたデータでは、少ないストロークでもデータ量は大きくなってしまう。しかし「WILL」では、軽量なデータ形式で、保管はもちろんネットワーク送信も容易に行えるという。新村氏はデモンストレーションで、画像化されたデータと比較して1/250のデータ量で同様の滑らかな筆跡を再現した。さらにAndroidで書いたものをネットワークでiOSへ送信し、ほとんど時間的誤差を生じさせることなく再現するなど、その効果を示して見せた。実用化がかなえば、別々の場所であっても、インターネットを通じて複数名がほぼ同タイミングで議事録に書き込むこともできるというわけだ。
そしてもう1つの特長として、新村氏が上げるのが冒頭「データの埋め込み」である。前述したように「WILL」は筆跡の中に「いつ、誰が、どこで」といった情報をメタデータとして埋め込むことができる。その活用によって、特定の筆跡のみを抽出したり、多くの筆跡データを解析したりすることができるというわけだ。今はまだ画像データと切り離した活用はできないが、今後はデータのみを取り出して加工することも取り組んでいきたいという。