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安定とチャレンジの複数事業体を支える「技術内閣制度」――課題解決だけでなく、技術価値の理解も進める仕組みとは【デブサミ2018】

【15-B-6】「技術内閣制度」2年間やってきて得られた事とこれから ~開発チーム横断での技術課題解決、技術力強化、エンジニア文化醸成

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2018/03/29 14:00

 設立当時より、一太郎・ATOKといったパッケージ開発会社として知られたジャストシステム。現在では、ECやWebサービス、教育、民間企業、官公庁、医療向けのソフトウェアやシステム製品と幅広く展開し、収益の柱を複数持つことに成功している。なぜ、そうした新規サービスを次々と生み出し、収益的にも成功し続けられるのか。セッションに登壇した取締役 最高開発責任者(Chief Development Officer:CDO)の三木雅之氏は「価値創造と実現技術の両輪を高めることが必須」と語り、施策の一つである「技術内閣制度」について紹介した。

株式会社ジャストシステム 取締役 最高開発責任者 三木 雅之氏
株式会社ジャストシステム 取締役 最高開発責任者(Chief Development Officer:CDO) 三木 雅之氏

「提案型の自社開発」を軸に、複数事業体へと着実に変革

 創業39年目を迎えるジャストシステムでは、「役に立つものを創りたい」という思いのもと、「提案型の自社サービス開発」を変わらぬ事業テーマとして掲げてきた。前年度は売り上げ203億円・営業利益55億円を超え、直近の6年連続で営業最高益を更新し続けている。

 その原動力となっているのが、全社員の過半数を占める180名超の技術系社員だ。複数のチームに分かれ、いくつものプラットフォームやWebサービスなどを提供しており、対応する技術要素は多岐にわたる。

 「専業ベンチャーでもなく、大規模な総合サービス企業でもない。その間のほどよい事業規模で、堅実な安定成長と新規のチャレンジをバランスよく行えている。その結果、業績だけでなく生産性も着実に向上しています」

 そう三木氏が評するとおり、5年前と比較した業績は、売り上げで45%、営業利益で92%増えている一方で、平均年収は15%増え、平均残業時間は23%も減っている。

 こうしたバランスの取れた複数事業体へと変革を進めてきた背景には、かつて一太郎とATOKで大成功を収めながらも、苦戦を強いられてきた経験がある。専業メーカーで経営を安定させる難しさに直面し、経営陣が悩み導き出した答えが「複数事業体への変革」だったというわけだ。

 「特定のビジネスで浮き沈みするのを避け、安心して事業に取り組みたい思いが強くありました。そこで、時代に合わせて事業構造を変化させながら、成長を継続できる堅実な経営モデルを作り出そうとしたのです」

 ジャストシステムで特徴的なのは、個人と法人の売り上げ構成が半分ずつだということ。また、ビジネス分野も一般個人向け、EC、学校・家庭における教育、民間企業、公共、医療と幅広い。

 しかし事業領域を広げるといっても、実際にそれぞれ利益を出し、継続させるとなると難しい。その鍵は、あくまで事業ごとに市場や顧客を深く理解し、「役に立つものをつくる」ことだという。適切な価値を提供できるか、その課題に真正面から取り組まなければならなかった。

事業部制による“製販一体”で活動を最適化、課題は開発チームの縦割り

 そこで、ジャストシステムが組織構造によって導入したのが「事業部制」だ。よく聞く組織構造の一種ではあるが、この事業部制の成否は「本当に魂を入れてやり切れるかがポイントになる」と三木氏は語る。事業部制では“製販一体”でサービスの企画から訴求方法、提供価値、価格、販売方法、スケジュールなどを議論し、自分たちで決めていく。それを徹底して行うことが、事業を立ち上げる上で最も重要というわけだ。

 このデメリットとしては、事業部内に複数サービスを持つことで開発チームが分化し、“縦割り”のチームとなる可能性がある。これは自動車産業など製造業などにもよく見受けられる問題だが、ジャストシステムでも事業部制の推進によって業績を上げようとした結果、同様の問題が浮上したという。

 「事業部制はビジネスユニットなので、事業部長を中心に『いかに売り上げを上げるか』といった議論が中心になります。開発チームも縦割りという限られた中で、多種多様な技術的課題を解決する必要が出てきました。事業部制に魂を入れてまい進すればするほど、技術的な課題が増える。そこで技術的解決力を高めるための“別の工夫”が必要だと考えるようになったのです」

 その危機感を持ったのが2015年。各部署から技術力の高い中堅から若手のメンバーが集まって議論したところ、さまざまな課題が出てきた中で、「部署横断でもっと情報共有をしたい」との声が最も多かったという。そこで、自分たちで選定し、全社情報共有基盤として 「Qiita:Team」を導入することとなる。それまではRedmineやSlackなどをチーム個別に利用していたが、セキュリティの観点などからも見直しを図り、イントラネット内での情報共有をまずは優先したという。

部署横断の情報共有
部署横断の情報共有

 すると、事業部間での情報共有のプラットフォームには投稿数が7倍になるなど、部署横断での情報共有が進み、事業部や開発メンバーのみならず、情報システムや品質管理などの部門、デザイナーや教材・辞書チームなどのメンバーも参加するようになっていった。そして、お互いの業務内容や成功体験、ノウハウといったプラス面の共有だけでなく 悩みやしくじりなど、抱えている問題なども表面化するようになったという。

 「事業・サービス・売り上げという事業軸だけでなく、技術軸での課題や対処法なども情報共有が可能になりました。そして、状況が可視化するほど、対症療法的な課題解決にとどまらず、抜本的な問題と解決法を議論することの重要性を深く認識するようになったのです。こうした議論はマネージャー間でできるものではなく、やはり現場のエース級の当事者同士でなければできません。その思いが『技術内閣制度』立ち上げへのモチベーションとなっていきました」

エース技術者を中心とした技術内閣制度で課題を解決、その成果は?

 それでは「技術内閣制度」とはどのようなものか。その目的は「部署横断で技術面中心に課題抽出から解決までを行い、技術力強化、技術を大事にする風土をつくること」にある。

 メンバーは10名ほど。大臣という「現場に近いエース級メンバー」をデータベースやフロントエンドなどの技術分野や、開発プロセスやドキュメンテーションなど思索のミッションごとに1人ずつ8人を配置し、さらに官房長官はマネージャーから1名、そして開発担当役員である三木氏が参加している。隔週で“閣議”を開催し、四半期ごとに活動内容を経営陣および社内で共有する。

技術内閣制度の仕組み
技術内閣制度の仕組み

 なお大臣には「技術課題抽出から解決、再発防止」「実力の向上」「情報共有」といった当初の目的のほか、外部から学ぶ取り組みを推進する「社外活動の活性化」や、キーマンの把握、次世代の育成を目的とした「人材戦略」など5つの役割が課せられた。さらに開発部長会議との同期や連携を取りやすくするために、マネージャーを官房長官として1人入れている。直近では、部署横断で品質強化施策を議論・推進するため、品質管理グループの責任者が着任し、功を奏しているという。

 この「技術内閣制度」によってどのような成果が出ているのか。まず、1つ目は「新規事業やサービスの『0→1』の立ち上げ時に多くのノウハウや支援が得られるようになったこと」だという。チームや部署を超えて、経験やノウハウなど衆知を集めることができたという。例えば、大臣と呼ばれるエース級技術者がその強みを意識した設計レビューを行えるようになり、トラブルの際には駆け込み寺にもなった。

 また採用技術について大臣が“素振り”するなど、新技術の先行調査を行えるようになり、その結果、ReactやAWS Auroraなどもスムーズに導入できた。そして、それまでジャストシステムのコア技術であった高精度全文検索エンジンや自然言語処理ライブラリなどを直接提供してもらえるようになったという。

 2つ目の成果は「技術的負債の見える化」だ。三木氏は「会計に例えれば、負債を放っておくとどんどん利子が溜まっていき、なかなか負債を解消できない。そのジレンマが技術的にある状態でした」と以前を振り返る。

 事業部制の現場では売り上げを作るために、新規機能を優先する傾向にある。しかし、それではサービスの品質が下がってユーザーが離れ、結果として売り上げは下がってしまう。ジャストシステムでもそのスパイラルからなかなか抜け出せないでいたという。

 そこで技術的負債を見える化し、技術メンバーが返済できるよう判断を後押しすることで、品質向上を図ろうとした。まず「品質ダッシュボード」を作り、不具合や仕様不備、機能不足といった顕在問題と、技術的負債を中心とした潜在問題を“見える化”し、さらに改善部分の前後がロジカルに見えるようにしたという。

 そして3つ目の成果は、監視に関して全社での仕組み化から改善サイクル構築、相互ノウハウ共有ができるようになったことだという。ジャストシステムの個人向けサービスとして、「BONNE」「Just MyShop」などのECや、タブレットで学ぶクラウド型通信教育「スマイルゼミ」があり、BtoBシステムとして「JUST.SFA」や学校向けの「ジャストスマイル ドリル」などがあるが、いずれもそれぞれの事業部でインシデント管理などが行われていた。

 その各サービスで一次対応から恒久対策の追跡、再発防止までを行うだけでなく、他のサービスまで含めて横で議論して共有するようにしたという。そして検知や復旧時間の短縮施策や運用監視設計の見直し、監視サービスやツールの調査・導入に至るまで全社で取り組める体制を整えた。

 そして4つ目の成果として、「生産性が大きく向上した」ことを挙げた。もともとコードリポジトリーがSubversionだったものからGitに移行し、コードレビューしやすい環境が整った。さらにプログラミング言語の採用がスムーズになり、KotlinやSwift、Pythonなどの導入が進むといった新しい取り組みが進められ、それが開発者のモチベーションアップに大きく寄与しているという。

 そして5つ目に「学びの機会提供と技術力強化がかなったこと」が挙げられた。例えば外部セミナーやイベントへの登壇などを会社として支援し、「Java100本ノック」を作成してトレーニングを行い、社内勉強会の自主開催も推奨しているという。

 さらに6つ目の効果は、「コア技術戦略」としてジャストシステムが目指す、時代に沿った事業領域へのシフトだ。これまで日本語の自然文検索などを強みとしてきたが、今後は世界をターゲットに英語・中国語も含めての優位性を育んでいきたいと語った。また言語以外の音声・画像・手書きなどの認識技術や深層学習や強化学習などのAI技術についても進化させ、分野としては「教育」「医療」をはじめ、広く展開していくという。

事業部制度と技術内閣制度の両輪で、事業を推進しつつ技術力向上も実現

 こうした約2年間の取り組みを振り返り、三木氏は「単に事業部制にしただけでなく、そこに技術内閣制度という枠組みを作ったことで、売り上げだけを論じていては不可能だった技術的問題への改善・解決が図られるようになった」と評した。

 制度を通じて現場において技術的問題をぶつける場所ができただけでなく、経営陣も技術への関心を高め、共通認識が育まれたという。会社公認の活動として共有することで、エンジニアはもちろん、人事などの他部署も技術の価値に対する理解が進み、「ベストエンジニア表彰制度」が新設されることにもなった。

 なお、「大臣」としての役割や活動を固定化することも考えたというが、技術的にエース級ともなれば、やはり開発の仕事をしたい気持ちが強く、通常業務外業務としての参加が続くことになりそうだという。その他、制度運用を通じて「大臣」のあり方や適切な標準化のレベル、人事やキャリア、また技術以外の問題も見えてきた。

 最後に三木氏はジャストシステムの開発が大切にしていることとして、「何を作るか」という価値創造力と「どう作るか」という技術力の2点を改めて挙げ、「技術は手段にすぎないというが、われわれはそのスペシャリストでありたい」と強調した。そして、この技術力を磨く「技術内閣制度」を2年間にわたって行った感想として、「技術を大切にしながら、議論していく仕組みは絶対に必要」と語った。

 今後については、検討・会議コストに見合う成果は出せるとの実感のもと、やり方を変化させながら継続していきたいという。とはいえ、技術内閣制度も一つの手段にすぎない。テックカンパニーとしてさらに事業の優位性を高めるために、目の前の問題のみならず本質的、中長期的な問題も整理し議論すること、エンジニアの意欲・意思を尊重することが大切になる。

 「事業会社として良いサービスを提供し、業績を上げる。確かに全て“当たり前”のことではあるものの、その当たり前をやり切り、レベルを高めていくことが、企業の持続的な成長に必要だと考えています」と三木氏は語り、セッションのまとめとした。

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  • CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)

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