日本オラクルが新たな勉強会を立ち上げた目的は?
現在「Oracle Code Tokyo Night」と題する、エンジニアを主体とした勉強会がほぼ毎週のペースで開催されている。最初の半年間は試験的に運営し、昨年12月のOracle Code Tokyo 2018をきっかけに本格的に開催するようになった。日本オラクルが主催しているものの、「オラクルのテクノロジーに限定しない、デベロッパーによるデベロッパーのためのデベロッパー向けコミュニティ」とうたう。エンジニアが興味を持つような旬のテーマを採りあげる、自由かつオープンなスタイルの勉強会を目指している。過去開催ではKubernetesやブロックチェーンが好評で、取材した4月4日はブロックチェーン(2回目)をテーマとしていた。
勉強会をサポートする日本オラクルの佐藤裕之氏は「改めて原点に立ち戻ることで、日本のエンジニアを支えていきたい」と話す。佐藤氏自身がエンジニア出身ということもあり、所属部署とは関係なく、「アツい想いを持つ現場のエンジニアを100%後押し」し、「エンジニアのために」を主眼に開催している。
佐藤氏は「テクノロジードリブンでビジネスが生まれる時代です。エンジニアはオラクルのテクノロジーだけ知っていればいいとは限りません。エンジニアの横の広がりを作っていく場を提供できれば」と話す。
今ではデジタルトランスフォーメーションに象徴されるように、テクノロジー主導で画期的なビジネスが生まれ、社会や日常を変えている。テクノロジーなしにはありえないビジネスが企業を支えているということは、エンジニアが企業を支えていると言っても過言ではない。
実際、海外ではコンサルタントよりエンジニアのほうが高い給与をもらうケースが出てきている。新しいビジネスを具体的に形にしているのはエンジニアであり、それだけ企業に貢献しているからだ。新しい技術を駆使して新しい仕組みを素早く形にできるエンジニアが新たな成功の道を歩み始めている。
「Oracle Code Tokyo Night」は開催するようになってからまだ1年弱。当初は日本オラクルの有志がテーマを決め、社員や関係者が登壇していたが、最近では登壇者や参加者の幅が広がりつつある。勉強会の終盤には今後採りあげてほしいテーマや、発表者の立候補も募っていて、参加者主体のオープンな場を提供している。
外にも目を向け、新しい技術を収集すると同時に、社外の有識者とナレッジや経験を共有することでエンジニアのチャンスは広がっていく。そうした背景は今後ますます顕著になっていくだろう。佐藤氏は「まだ始まったばかりで、試行錯誤の連続ですが、テーマやコミュニティは広がりつつあります。勉強会に興味を持っていただき、どうぞ気軽に参加してください」と呼びかける。
なお5月17日には、大規模なエンジニア向けカンファレンス「Oracle Code Tokyo 2019」がシェラトン都ホテルにて開催される。クラウドやJavaはもちろん、多岐にわたるテーマでセッションやデモブースが予定され、タワーズ・クエスト 取締役社長の和田卓人氏、東京大学先端科学技術研究センター 特任助教の辻真吾氏ら注目のスピーカー陣が多数登壇する。
まずは基本から:エンタープライズ領域にブロックチェーンを導入するには?
4月4日開催の「Oracle Code Tokyo Night」は「Blockchain GIG #2」。ブロックチェーンでは2回目となる。エンタープライズ領域にブロックチェーンを導入することを想定し、実践的な内容でセッションを構成した。定員を何度か増枠し、最終的には70名以上が参加した。なお開催場所はセミナールームではなく、オラクル青山センターにあるカフェ。夜景も見えるおしゃれな空間で、ビールと軽食を片手にプレゼンが続いた。
エンタープライズブロックチェーンをはじめよう
まずは日本オラクル 中村岳氏がエンタープライズ領域でのブロックチェーンの概要と動向を解説した。
- セッション資料:Why NOT Try Enterprise Blockchain? ~エンタープライズブロックチェーンをはじめよう(Blockchain GIG #1登壇時のスライドで、今回は再演となる)
ブロックチェーンといえば今までは仮想通貨のイメージが強かったが、最近ではその活用領域も広がり、またPoCだけでなくリアルな事例が生まれる段階に入り始めている。海外ではレアメタルのサプライチェーン追跡、国内では貿易情報連携基盤の実証事業が始まるなど、実装が着々と進みつつある。
エンタープライズ領域でブロックチェーンを活用する有力分野としては、サプライチェーンの可視化や最適化、アセットのトークン化、取引や決済の効率化や自動化がある。中村氏は「最近では新奇性より着実な実用指向が増えている」と所見を示した。
あらためてエンタープライズ領域への導入を想定するとなると、基盤にはデータの公開範囲を限定できること、耐障害性や可用性、セキュリティ、拡張性が求められる。また技術が成熟していること、信頼性や将来性を備えていることも求められてくる。
ブロックチェーンというとビットコインやイーサリアムが有名だが、エンタープライズ領域ならCorda、Enterprise Ethereum、Hyperledger Fabricが候補になる。特にHyperledger FabricはLinux財団のコミュニティで進められ、汎用的であるため有力な候補になるだろう、と述べた。
Hyperledger Fabricの主要構成要素は台帳を保持する「Peerノード」、ブロックを生成する「Ordering Service」、台帳の更新やビジネスロジックを担う「Chaincode(スマートコントラクト)」、それから証明書管理や署名検証のMSPやクライアントアプリケーションがある。トランザクションフローの基本はEndorsement、Ordering、Validationの3フェーズ。
またデータの共有範囲制御には、チャネルでサブネットワークに分割して共有範囲を限定したり、プライベートデータとして項目ごとに共有や非共有かを選択したりできる。いずれも役割に応じて情報の開示が選べるため、エンタープライズ領域には有効となる。
2019年1月にHyperledger FabricはLTS版としてv1.4をリリースし、将来リリースされるv2.0では機能拡張を予定している。基盤としての成熟度が高まり、本番導入に向けての動きも多くなっている。
続いて応用:自身の経験を踏まえて実践的なポイントを解説
バックエンド業務まで見据えたHyperledger Fabricシステムの設計ポイント
アクセンチュア 山田昌嗣氏が金融機関にてブロックチェーンのプロダクトを開発、運用した経験をもとにHyperledger Fabricの設計や開発のコツを発表した。
エンタープライズ領域のシステムでは、データの書き込みや読み込みの性能、さらに高度なデータ活用が求められるが、ブロックチェーンを活用した場合、書き込みが多いと読み取り性能が劣化したり、必要なデータが全量取り出せなかったりといった課題が生じがちである。
読み取り性能の劣化はWorldState(現在の状態をKVSとして格納しているデータベース)との通信がシングルスレッドであることや、データベースのリビルドが影響する。そのため処理の特性に応じてノードを制御したり、リビルド間隔やデータ投入時の多重度を変数にして最適値を試行錯誤したりした。
必要なデータが全量を取り出せないのは、Hyperledger Fabricの仕様上100MB以上のデータが転送できないことによる。そのためデータをクライアント側で分割取得したり、データ構造をスリム化したりするなどで対応した。
山田氏はバックエンド業務まで見すえたコツとして、データを厳選する、データの物理設計を小さくする、WorldStateのインデックスは必要最小限にする、データ取得はWorldStateに直接クエリするなど工夫する必要などを挙げた。
ブロックチェーン技術の本番適用に向けた顧客課題への取り組み
元々データベースエンジニアとしてブロックチェーンの開発チームやPaaSサービス立ち上げを経験した秀嶋元才氏は、ブロックチェーンプロジェクトで構想策定と実証実験のフェーズにおいて、顧客にどうアプローチするか解説した。
- セッション資料:ブロックチェーン技術の本番適用に向けた顧客課題への取り組み
ポイントとしては、顧客が攻めようとするビジネス領域や事業における強みを明確化することと、正しい技術知識と技術選定の知見を示すことになる、と述べる。
構想策定フェーズにおける顧客からの質問には、ブロックチェーンに関する基本概念やビジネスとの関連性などがある。対応としては、テクノロジーの進歩により何が起きているか、ブロックチェーンがどんな役割を担っているかなどを説明する。
本番適用に向けた実証実験フェーズにおける顧客からの質問には、データベースとの比較で優位点やコスト、既存の仕組みを置き換える必要性などがある。対応としては、比較を提示しつつ使い分けが重要であること、コスト比較では業務全体で最適化できることを説明する。置き換えの可否では機能と非機能の両面で比較する。
セッションでは、実際に秀嶋氏がどのようなアプローチで説明したか、要点が挙げられた。
Enterprise Blockchain サービス実用化における技術的なポイント
ブロックチェーン技術企業である、トライデントアーツ株式会社の代表取締役を務める町浩二氏は、サービス実用化における技術的なポイントを解説した。前提としてブロックチェーンを「改ざんできない履歴情報を複数の主体者がリアルタイムで監視できるデータベースに関する技術」と定義する。
- セッション資料:Enterprise Blockchain System開発
エンタープライズ領域に適用することを考えると、ビジネスアーキテクチャ、データアーキテクチャ、アプリケーションアーキテクチャ、テクノロジーアーキテクチャの4点から全体最適解を見いだすことが必要とされる。それぞれにおいて、自社(対象となる企業)にあてはめて考えていく。
例えばビジネスアーキテクチャ。ブロックチェーンではスケーラビリティが問題になりがちだが、エンタープライズ領域ではさほど頻繁には問題にならない。それよりもシステムの寿命年数を見越して必要な業務処理性能を把握したり、ネットワークやディスクIOの最適設計を実施したりすべきだと町氏は言う。
初期のブロックチェーン実装はCoin(仮想通貨)だったが、今ではスマートコントラクトに進み、将来的はエンタープライズアーキテクチャと組み合わせることで、スマートエンタープライズとして「新たなイノベーションの実現へ」と町氏は言う。
グローバルのエンタープライズでのブロックチェーン活用
勉強会当日、幸運にもオラクルコーポレーションで「Oracle Blockchain Cloud Service」のプロダクトマネジメントを務めるMark Rakhmilevich氏が来日していたこともあり、同氏にOracle Cloud上でHyperledger Fabricをマネージド型のPaaSで提供される「Oracle Blockchian Cloud Service」と、グローバル企業のエンタープライズでのブロックチェーン活用動向について解説してもらった。
「Oracle Blockchain Cloud Service」はエンタープライズ領域のアプリケーションで活用されることを想定し、オープンソースであるHyperledger Fabricを強化したサービスとなる。オラクルのSaaSアプリケーションだけではなく、サードパーティーやカスタムのSaaSからも利用可能だ。
マネージド型PaaSサービスなので、素早く利用可能であることや、本番環境で利用する時のパフォーマンスやセキュリティにも対応している。Rakhmilevich氏はサプライチェーンや物流などで本番運用している事例やOracle Cloudのダッシュボード(管理画面)も示した。
パネルディスカッション
最後のパネルディスカッションでは、Sli.doを通じて、当日の参加者から寄せられた質問に登壇者が回答する形で行われた。例えば「Hyperledger FabricはEnterprise EthereumやCordaに比べてデータ処理能力は?」という質問には「それほど大きな違いはない」と回答があった。加えてエンタープライズ領域にブロックチェーンを導入するなら、データ処理能力よりも「チェインコードやデータ、アプリ設計の重要度の方が遙かに高い」といった指摘がなされた。
パネルディスカッションの後は、ビールを片手に、参加者同士のネットワーキングも行われた。情報収集だけではなく、参加者同士が顔を合わせて交流できるのが勉強会の醍醐味でもある。日本オラクル主催であるものの、テーマをオラクル製品に限らず旬の話題で開催していくという、新たな取り組み。今後の展開に期待したい。