2.ヒントを与え合う(視座を合わせる)
ニューヨークチームとやり取りをしていると、日本語の概念を既存の英単語でそのまま伝えるのが難しいと感じることが多々あります。しかし、だからといってコミュニケーションができないわけではありません。
たとえば「持つ」と訳される「have」という単語。「持つ」以外にも幅広い意味や用法があり、辞書に載っていることをすべて体系的に覚えるのは不可能といってもいいくらいです。しかし自分がそのとき伝えたいことや知りたいことを表すために必要な「have」の意味と使いかたさえわかっていれば、不便はありません。これは言葉が根ざしている文化にも言えることだと思います。ポイントは、言葉も文化も最初から体系的に理解しようとするのではなく、目の前にある文脈で理解しようとしていくことです。
I&COではプレゼン資料に日本語と英語を併記しています。ビジネスの対象がグローバルであるという事情もありますが、両言語の関係性は、英語から日本語への直訳でも、日本語から英語への直訳でもありません。たとえば以下はI&COのMaxims(行動指針)のひとつですが、それぞれの文化のコンテキストを理解したうえで、最適な言葉を選んでいます。
“Be tough, not rough. / 丁寧、かつ大胆に”
直訳すると「ラフではなくタフであれ」となるわけですが、私たちにとって「ラフさ」が課題になることは少なく、むしろ大胆さがプラス要素として求められるシーンが多いことから「丁寧、かつ大胆に」という日本語をあてました。伝えたいエッセンスは内包したまま、別の言葉を使ったり、語順を入れ替えたりするこうした過程において、東京とニューヨークで文化的な背景を共有し、互いへの理解を深めています。
これはたとえば、マネージャーと若手社員、営業部門と開発部門といった異なる領域の関係性にもいえることです。同じ言葉を使っていてもその背景にあるものが違えば、共有できている部分とできていない部分を慎重に探り、視座を合わせていく必要があります。直訳できないものの背景にある考えかたにヒントをもらい、逆にヒントを与えながらプロジェクトを進めることによって、視座が一段上がります。
3.別の見えかたを意識する(視点を切り替える)
ここまでニューヨークと東京のやり取りを例にお話してきましたが、当然ながらそれが世界のすべてではありません。最後に欠かせないのが、自分と相手だけではない、別の見え方を意識することです。
近年では一般論として、またビジネス上のコミュニケーションなどを通して、ニューヨークにおける考えかたの傾向やビジネス慣習がある程度理解されるようになってきました。商談のスタイルやスピード感、契約の進めかたなど日本と異なる点もありながら、ひとつのやりかたとして認識し、無理なく適応している日本企業がほとんどでしょう。しかしそれは東京から見たニューヨークにすぎません。
フランスを舞台にしたとあるドラマを見たときに、アメリカ人がきまじめな国民性として描かれていることに大変驚きました。もちろん私自身はまじめなアメリカ人を何人も知っていますが、日本とアメリカだけを頭に思い浮かべていると、どうしても「きまじめな日本人」という構図が先に立つものです。私が考えるアメリカがあくまでも「私から見たアメリカ」でしかないのだという、当たり前のことに気づいた体験でした。
本当の意味で視点を切り替えるとは、自分が介在すらしないシーンでの物の見えかたを意識することではないでしょうか。
コロナ禍によって場所に縛られない働き方が一気に浸透し、異なる国や文化の方々と仕事をする機会はこれまで以上に身近なものになります。ダブルメジャーの考えかたと同様に、他者への尊敬と理解をもってこのような視点の切り替えを意識できれば、異なる文化間での共創が現実のものになるでしょう。
最後に
視野、視座、視点の3つのキーワードをもって異なる文化や領域と向き合うと、思考に奥行きが生まれます。3つが揃うことによって、線でも面でもなく体積を増していくことができるイメージです。これからの時代は「異なる領域のことだからわからない」「異なる領域のことだからその道の人に任せよう」ではなく、むしろ異なる領域との掛け合わせを、思考に奥行きを生んでくれる武器として大いに活用していくべきでしょう。
この連載では8回にわたり、クリエイターがビジネスというフィールドで戦っていく方法についてお伝えしてきました。ビジネスにおけるデザインの役割に始まり、その役割を発揮してアイデアを社会に実装するための方法、その際に欠かせない多角的なものの考えかた――。各回の内容だけでなく全体の流れを掴んでいただき、技術革新や社会構造が刻々と変化する不確定要素の多い時代に、ビジネスを発明するためのヒントになれば幸いです。