シスコのクラウドコミュニケーション基盤「Webex」
ドラマ「24」を覚えているだろうか。キーファー・サザーランドが演じるジャック・バウワーがテロと戦うストーリーだ。主人公の職場(テロ対策ユニット)で鳴り響く電話の着信音はドラマに緊張感をもたらすいい小道具になっていた。実はあれ、シスコのIP電話だ。ドラマがスタートしたのは2001年。当時はまだIP電話の走りのころ。この時にはすでにシスコはコミュニケーションを手がけていたのだ。
シスコが掲げるビジョンは「Changing the way we work, live, play and learn ~ 人々の働き方、生活、娯楽、学習のあり方を変える」。コロナ禍におけるコミュニケーションの課題をしなやかに克服できるシスコのソリューションをそのまま表している。
シスコのコミュニケーションプラットフォームとなるのが「Webex」。このブランド名のもとにビジネスで使うコミュニケーションサービスが展開されている。主に、クラウドベースのビデオ会議「Webex Meetings」、コミュニケーションのための専用デバイス「Webex Devices」、通話の「Webex Calling」、他にもメッセージング機能やオンラインイベント機能などを提供している。
Webexはビジネスでの利用を想定し、コミュニケーション全般をカバーしているのが特徴だ。ビデオ会議だけではない。電話もチャットもある。機能の幅広さに加えて環境や操作性が統一されているのもメリットだ。
SDKやAPIも充実しているため、あらゆる機能がプログラムから利用できてカスタマイズに役立つ。詳しくは後述するが、例えばWebexのメッセージング機能では、自動で通知を送るBOTや人間とやり取りするBOTを簡単に作り込むことができる。
「機能だけではなくセキュリティや信頼性に力を入れている点もWebexの特徴であり、実際にWebexが選ばれている理由です」とシスコシステムズ合同会社 田邊靖貴氏は言う。開発段階からセキュリティは厳重にテストされており、加えて開発とは独立した調査チームがチェックするようになっている。そのため高いセキュリティを求める組織、例えば政府、王室、国際会議などがWebexを利用している。企業買収も含め、Webexへの投資も積極的になされておりイノベーション促進や人材獲得にもつながっている。
イマーシブシェア、翻訳、リアクション表示などリアルを超える体験が詰まっている
2020年12月に開催されたWebexのグローバルカンファレンス「WebexOne」では、将来展望として「リアルよりも10倍良い体験を目指して」と表明があった。これまでデジタルなコミュニケーションはリアルの対面に比べて臨場感など何かが欠けるものの、時間や場所の制限を外すことができるので「リアルの代替」的な位置づけだったのではないだろうか。それを「リアルより10倍良い」ものにすることを掲げており、いいサービスや体験を提供しようという高い意欲がうかがえる。
リアルの体験を超えるテクノロジーや機能を一部紹介しよう。例えばイマーシブシェア。ビデオ会議ではどのツールでもプレゼン資料と人物は別々に表示されてしまう。それをイマーシブシェアではプレゼン資料の画面とスピーカーの姿を合成して表示するため、リアルの講演を見ているような感覚になる。むしろリアルよりもスピーカーの顔がよく見えるくらいだ。日本のグローバル企業が喜びそうなのが翻訳機能。英語から日本語への翻訳と文字起こしが、近いうちにWebex Meetingsに実装される予定だ。
ほかにも画面に映る人間のジェスチャーを認識して、リアクションのマークを表示する機能がある。ビデオ会議だと、どうしても一方通行のコミュニケーションになりがちだが、アイコンでもいいのでリアクションを送れば双方向性が生まれる。さらに、画面に映る人間が拍手したら、自動で拍手のアイコンが表示されるとなれば、双方向のコミュニケーションはさらに活発となるだろう。
最近Slidoを買収したこともあり、投票やQ&A機能が強化され、クイズなどの新機能が実装される予定。Slidoはコロナ前からエンジニア向け勉強会や学校の授業で使われている。声を出して質問するのはためらわれるが、Slidoの持つクイズ機能や投票機能を使うことで、オンライン会議であっても全員参加のコミュニケーションが可能となり、「リアルよりもいい」に近づくだろう。
またマイクは機械音を拾ってしまいがちで、ビデオ会議だと雑音が目立つ。普段人間の脳は自然にノイズキャンセリングをしているのだろうかと思うほどだ。最近シスコはBabbleLabsを買収したため、会議中のノイズ除去機能がかなり強力になった。キーボード音程度ではなく、スピーカーの手元でドリルを動かしていても会議参加者には人間の音声だけがクリアに届くほど。このようにリアルでは実現できないようなコミュニケーションを便利にする機能が次々と実装されており、確かに一度慣れてしまうと「リアルよりもいい」と感じてしまうかもしれない。
一般的なビデオ会議だと端末はパソコン、スマホ、タブレットなど市販されている汎用端末になるが、Webexだと専用端末のラインナップが充実しているのも特徴だ。自宅やオフィスの卓上で利用することを想定した、オールインワンのWebex Desk Seriesから、会議室や教室の電子ホワイトボードとしても使えるWebex Board、大小さまざまな会議室に適用できるWebex Room Seriesがある。他のビデオ会議ツールとの相互接続性も高い。
パソコンやスマホだと「人と人」を繋ぐのが限界だが、専用デバイスであれば「空間と人」や「空間同士」を繋ぐことができ、オンラインでできることが格段に広がる。また、後述のAPIやマクロ機能を利用すれば、無人受付窓口をつくるなどの応用も可能だ。
APIやSDK、サンプルコードやアプリもそろい、自在に自社独自アプリが開発できる
プログラムから自由に作り込みができるところもWebexの強みだ。SDKやAPIが豊富に提供されている。そのため自社用に画面のデザインやUIをカスタマイズすることも可能だ。APIでWebexの一部機能だけを組み込んで、独自のWebサイトやWebアプリケーションを構築することもできる。
同社の高山貴行氏は「Cisco Webex for Developersを見ていただくと、コラボレーションで使えるAPIがずらっと並んでいます。Webexのメッセージング機能、会議機能、通話機能、デバイスをコントロールする機能など、いろんなものにAPIが使えるように網羅的に提供しています」と話す。
便利に使えそうなのがWebexのメッセージング機能だ。先述したように、テキストメッセージだけではなくBOTとして使うこともできる。例えば株価や在庫量など、業務に関連があるWebサイトやシステムで何らかの数値がしきい値を超えたら、Webexのメッセージとして通知する、あるいはWebexへのメッセージ投稿をきっかけに何らかのコマンドやマクロを動かすなどだ。
スクラッチから開発する必要はない。WebexのApp Hubには各種アプリが登録されている(提供前のものもある)。例えばMicrosoft 365(Outlook Alerts for Microsoft Office 365)、ServiceNow、Salesforce、BOXで簡単な業務ワークフローを動かすことも可能だ。Code Exchangeにはサンプルコードがシェアされている。
同社の銭昆氏は「Browser SDKでひとつWebアプリケーションを作っておけば、パソコン、スマホ、タブレットなどデバイスを問わず利用することができる。後はCSSでデバイスごとに最適な表示ができるようデザインを設定すればいいだけ」と話す。例えばビデオ会議に参加するための自社専用Webページを作るのもいいだろう。まだビデオ会議に慣れない社員がいる会社なら、Webページに会社のロゴを入れ、自動的に会議室にログインし、カメラとマイクを適切な設定にするなどの操作を自動実行するだけでも、社員に便利なページを提供できる。
Webexの面白い活用事例に「パ・リーグTV」がある。これは友達と一緒に野球観戦ができるWebサイトだ。ブラウザから試合中継を閲覧できるだけではなく、一緒に観戦するメンバーの顔も閲覧できる。つまりブラウザページに野球中継の画面と、Webex Meetingsのビデオ会議画面を組み込んでいるのだ。自宅にいながらにして、仲間と一緒に試合を観戦できる。
ほかにも顔認識機能とマクロ機能を活用すれば、さまざまな可能性が広がる。会議室でWebex端末を利用するなら、一定の人数以上の人物を認識したら「室内の人数が超過しています」と密を防ぐアラートを表示することもできる。Webexを会社受付に使うケースもある。訪問客はWebex端末を通じて受付係と話すことができる。Webexなので、受付業務を在宅で行うことも可能だ。
これまでも紹介したように、試してみたければCisco DevNetにアクセスしてみよう。解説ドキュメントや資料が豊富にそろっている。App Hubのアプリ、Code Exchangeのサンプルコード、仮想的に試すならSandboxもある。アイデア次第で多彩なコミュニケーションが実現できそうだ。