クラウドワークスで現場から執行役員にまで上りつめた飯田意己(よしき)氏が、自らの意志で創業1年、社員6人のスタートアップに現場エンジニアとしてジョインした。ひたすら上を目指す以外のキャリアパスを切り拓く飯田氏に、どんな思いがあったのか。その心の内を聞いた。
現場に戻ることを決めたのはエンジニアとしての自信を取り戻すため
――まずは現在のお仕事について教えてください。
今は経営管理クラウド「Loglass」を提供する株式会社ログラスでソフトウェアエンジニアとして機能開発をしています。ログラスではフロントエンドもサーバーサイドも関係なく、全員がフルスタックで開発しています。それぞれ得意な分野とそうでない分野はありつつ、クロスファンクショナルなチームでスケールさせたいと思っています。ここから組織を大きくしていくために、採用や制度設計など、開発以外の議論にも積極的に入りながら働いています。
――ログラスには2020年10月にジョインされたと伺いました。その前はクラウドワークスで執行役員をされていたそうですね。
はい。クラウドワークスには、もともと現場のエンジニアとして入社して、新規事業の立ち上げに関する開発を主に担当していました。複数サービスの立ち上げに携わった後、メインの事業であるマッチングサービスのプラットフォーム開発に異動して、そこでレコメンド機能などの開発に携わり、プロダクトオーナーも務めました。
それからマネージャーになり、エンジニア組織の戦略策定、メンバーの目標設定や評価、組織全体の制度設計などを1年間行いました。最後の1年間は執行役員として、組織やプロダクトの課題を経営に伝えたり、逆に経営戦略をエンジニア組織にわかりやすく伝えたり、といった経営とエンジニア組織の接続を担っていました。
――そこからなぜクラウドワークスを離れようと思われたのですか?
若いうちにマネジメントに携わっていたので、私のエンジニアとしての経験は、クラウドワークスの前を含めても5〜6年しかありません。執行役員として意思決定をする中でも、「エンジニアとして経験を十分に積んできたわけじゃないのに……」というコンプレックスに近い思いがあり、自分の中でずっと引っかかっていたんです。そんな自分が組織戦略を決めていいものかと。本当に正しい意思決定ができているのか、次第に自信が持てなくなっていました。
私は根っからのジェネラリストタイプです。ジェネラリストとしての「幅」と、スペシャリストとしての「深さ」を掛け合わせた「面積」がエンジニアの力量だとすれば、私には圧倒的に深さが足りなかった。そこで勇気を出して、もう一度、現場のエンジニアに戻ってみようと考えたのです。
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野本 纏花(ノモト マドカ)
フリーライター。IT系企業のマーケティング担当を経て2010年8月からMarkeZine(翔泳社)にてライター業を開始。2011年1月からWriting&Marketing Company 518Lab(コトバラボ)として独立。共著に『ひとつ上のFacebookマネジメント術~情報収集・人脈づくり...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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鍋島 英莉(編集部)(ナベシマ エリ)
2019年に翔泳社へ中途入社し、CodeZine編集部に配属。同志社大学文学部文化史学科卒。
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