必須のスキルセットはない CDOに求められる力とは
――CDOとして課題に感じていることはありますか?
どの会社も採用は課題だと思うのですが、僕が感じる部分で言うと「説明コスト」です。
デザインは、マーケティングと違い数値で成果を示しづらいですし、エンジニアさんのように人数がプロダクトの開発力に直結するとも言えない。デザインにはそういった明確な指標がない。そうなるとデザイナーが増えたとき、つまりデザイン組織に投資されたときに、果たしてなにが変わるのだろうかと考えるわけです。
デザイン経営で語られていることは僕も信じていますが、それを理解してもらうことは難しい。「デザイン経営」宣言のPDFを経営陣が読み、重要性を理解してもらえば済む話でもありません。デザインの力を説明することがとても難しいので、僕は自身で責任をとれる範囲のことは、あまり説明をしないようになりました。
たとえば、なぜ組織のビジョンを「DESIGN FORWARD」にしたのかを説明することは難しく、むしろ言葉にできない部分のほうが多かったので、全社定例の場でいきなり発表しました。
デザイナーの力のひとつでもある「美しさ」でもコミュニケーションをとれるので、「なんか良さそう」という雰囲気をいかにグラフィカルに伝え、僕が説明しなくても良いようにするか。最終的に「平野さんに任せていればデザイン組織を良い感じにしてくれる」と感じてもらえる状態を目指していきたいと考えています。
――CDOになるには、どういったスキルや考えかたが必要だと思いますか?
どの年代でCDOになりたいかによって求められるものは異なるように思いました。
たとえば20代で目指すのであれば、スタートアップに入って年齢や立場関係なくひたすらプロダクトのグロースと向き合うことで、自然とその会社で求められるCDOの素養が身につき、会社の成長とともに仕上がっていくのではないかと思います。
ミドル世代であれば、大企業なのか、スタートアップでマーケットフィットし始めた企業なのかなど、会社規模や成長フェーズ、それぞれの課題によって調整をかけなければいけないでしょう。
たとえばデザイン組織がない企業でCDOを目指すのであれば、組織づくりを学ばなければなりません。僕もそうでしたが、人ってこうやって向き合わなければいけないんだとか、組織ってこうやってつくっていくんだとか、いろいろなことを学びます。
すでにデザイン組織があって、プロダクトはある程度、安定した収益源にもなっているので新たな事業開発などにリソースを割きたいのであれば、UXリサーチやゼロイチフェーズのデザイナーの動きかたをしなければなりません。
つまりもともとCDOに必要なスキルセットがあるのではなく、その会社に求められている課題を、デザイナーとして捉え直し、調整できるかどうかのほうが、CDOの素質としては大切なのではないでしょうか。
ただ、いろいろな執行役員やまわりのCDOの方とお話をしていて共通しているスキルは、「ステークホルダーマネジメント」です。たとえば法律を変えるときに必要なロビー活動をイメージするとわかりやすいかもしれません。
関係者とどのようにリレーションをつくり、彼らの意見を組みながら自分の意見を伝えるか。一方的に断ることも押し付けることもせず、お互いの利害関係を見極めながら、こうしたいという意思を伝えるか。そういった、アサーティブなスキルを持った方が多いように感じます。
また、自己認識力が非常に高い方が多いですね。自身が何者で、周りからどう見られているのか。自分は何を求めていて、周りから何を求められているかをしっかり理解できている人は強いです。
顧客視点だけではない CDOだからこそ得られた“事業”へのリアルな感覚
――平野さんが思う、CDOの醍醐味は何でしょうか。
メンバーやプロダクトの成長などいろいろありますが、自身のデザイナーとしての価値観や視座が上がったことです。良いか悪いかは別として、この立場に立たせてもらったことで初めて見えた景色もありますし、事業というものに対して、よりリアルな感触を得ることができました。
デザイナーの良いところは、ユーザーや顧客の視点に立ち、抱えている課題に応じた最適なアプローチやアウトプットを提示できる点ですが、とは言っても事業の視点から考えなければいけない場面もある。デザイナーとしてユーザーの視点に立ちたい気持ちは痛いほど理解できますが、事業を持続させるためにどうするべきかなど、俯瞰して捉える必要があります。
どのようにして事業価値とユーザー価値とのバランスをとるか。これが、CDOになってより現実味が増し、そういったものさしも大切なんだと思えるようになりました。
――最後に、これからCDOとして実現していきたいことについて教えてください。
CDOをもっと増やしたいと思っていながら自分が席を退いていないのは嫌なので(笑)、2年後の40歳を目途にこの立場を譲りたいと思っています。
そのうえで残りの2年間でやりたいと思っていることは大きくふたつあります。ひとつは、ユーザベースでデザインを資産化すること。もうひとつは、デザイン組織の新しい体制づくりに取り組むことです。
ふたつめの新しい体制について、僕はユーザベースで業務委託として働いたあとにフルタイムのメンバーとして参加しました。その体験が非常に良かったんですよね。そこで、副業デザイナーや業務委託の外部パートナーさんのマイクロコミュニティやバーチャル組織をつくり、案件ごとに金額感とスケジュールをマッチングさせながら進めていくプロジェクトを始める予定です。そしてそれが、採用にもつながると思うんですよね。ぜひそういった取り組みにも注目してもらえたら嬉しいです。
――平野さん、ありがとうございました!