若手を育成する立場に立って、自身もさらに成長する
入社3年目に入った十松氏に、会社から「開発者を養成するための教育制度を確立してほしい」といった話が舞い込んだ。これまでの人生経験から、人が成長していくことに興味があった十松氏は、その活動に取り組み始める。ただ、迷いがなかったわけではない。まだデベロッパーとして3年目の自分が講師として教える立場に立てるのか? 背中を押してくれたのはチームリーダーの「教える立場に立つことで、君自身も成長してほしいという目的もあるんだよ」との言葉だった。
デベロッパーが成長する上で、最も効果的な方法は何か? 十松氏は「実務の経験と学習の繰り返し」だと考えた。しかし、未経験者やデベロッパーとしての経験が浅い人がいきなり実務に入っても、何もできず終わるだけだ。そこで十松氏は、今回の教育プログラムではアプリケーションのコードを書く実践を体験できるようにしようと決める。
「自分で学び、失敗しながら、成長していくことが面白いという経験や、実際に作ったものをアウトプットして、触ってもらうところも体験できたらいいなと考えた」
そして十松氏は2年前の入社当初を思い出した。本当に助けを求めたときに手を差し伸べてくれる人が周りにいたから続けてこられたという記憶を。そして今回の教育プログラムが、社内でコミュニティのようなものになって長く続けばよいと考えた。
「現場に出ている卒業生がふっと帰って来て、気軽に悩みを相談できる場所になれば」
そのような思いを込めて、十松氏は教育プログラムを「アプリ荘」と命名した。手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫など、日本の漫画の歴史を作った巨匠たちが若手時代に暮らし、巣立っていった「トキワ荘」にあやかって付けた名前だ。「アプリケーション層」という用語にも重ねている。
アプリ荘は好評で、多くの若手が参加しているという。その中でも選抜した4名のチームでアプリを開発しているそうだ。十松氏が当初計画した、実際にアプリを書くという実践を、開発プロジェクトを通して体験することができているのである。
その4名は、普段はインフラ系の業務に携わっており、開発経験は少ない。業務の都合もあり、アプリ荘のために集まれるのは週2回。十分な時間が取れるとは決して言えないが、社内で使用するアプリを実際に開発している。4名は業務の合間を縫って、自身でも学習し、開発の作業も進めて、昨年内に社内デモを披露するところまで作り上げたそうだ。
デモの後、社内でテストユーザーを募ったところ、社内の有志が集まった。実際に使ってみて、多くのフィードバックをもらえたという。「自分たちが作ったものを実際に社内で使ってもらい、そのフィードバックを得る体験ができたのは、非常に大きいことだったと思っている」と十松氏はうれしそうに語る。
アプリ荘の開発メンバーはフィードバックを得て、やるべきことの優先順位を付けた上でアプリの改良を自発的に進めるようになった。まさに、十松氏が2年目までに経験した好循環が回り始めているのだ。アプリ荘の4人が開発したものをセッションの参加者に披露しながら、十松氏は手応えを感じたような表情を浮かべていた。
そしてアプリ荘での経験は、生徒だけでなく、講師役の十松氏にとっても大きな成長の機会になった。教えると言っても、すべてを理解しているわけではない。いろいろ調べたり、社内の経験豊富なデベロッパーの教えを受けたりして何とか講師役を務めたことがよい経験になっている。
十松氏は「ほかの人が自分のために行動してくれたことはとてもありがたいもの。この『ありがたい』の気持ちがモチベーションとなり、自発的な行動につながっていくのではないか」と考えている。「みんなで影響し合うことで、個々の成長につながる。結果、組織全体として豊かになっていくのではないか」と聴講者に問いかけるように語り、講演を締めくくった。