さまざまな「伝え方の工夫」を覚えて実践してみよう
続いて実践編として、世良氏が業務内で行っている「伝え方の工夫」について実例に基づいて紹介した。
例えば、受託会社側から顧客へ「システムの一部の運用希望の費用を見直し、金額アップを図りたい」という要望を伝えたいことがあった。背景としては、当初予定していたよりも受託会社側で費用がかかっており、依頼を受けるたびに赤字が発生していた。顧客側としては「費用はできる限り抑えたい」という状況にあるものの、受託会社側としては赤字にならないように適正価格に設定したいという思いがある。
この場合、「基本金額は上げさせていただきたいです。ですが、1か月あたりの依頼件数が多い場合は、今の運用費用より安くなります」という言い方をすれば、顧客側の「運用費用は抑えたい」という目的・ゴールを担保しながら、受託会社側では工数・費用に見合った金額に上げられる。これは「Yes if 話法」と言われ、いきなり相手の要望を否定せず、受け入れた上で、もし〜ならという仮定でこちらの要望を伝えるという手法だ。
一方、顧客側から受託会社へ「月次保守運用にかかる費用の見直しを行いたい」というコスト抑制についてのリクエストもあった。保守運用スタート時の想定より、受託会社に依頼している保守運用作業が少ないため、金額も最適化したいという背景がある。
このときには、「運用保守費用は下げられます。代わりに、不要な運用項目を減らし、一部項目を定常(無償)業務からオプション(有償)業務に変更させていただきたいです」という言い方をすれば、お客様側は「月次費用が下がる」という目的・ゴールを担保しながら、受託会社側では月次の売上は下がるものの項目の最適化によって無理のない範囲で運用を続けられる。これは「Yes but 話法」と言われ、相手を肯定して要望を受け入れつつ、こちら側の要望を伝えるという手法だ。
いずれにしても、自分側のメリットと相手側のメリットを両立できるような提案をすることがポイントといえる。さらに世良氏は、話し方の工夫として、下記のような方法があることを紹介した。
肯定法(バックトラッキング)
相手の意見、気持ちを先に肯定してから話を進めるという方法。
例:
「今は忙しくてその話を進める余裕があまりないんだよね」
×「えっ、それじゃ困るんです」
○「そうですよね、御社も忙しい時期にですよね。だからこそ、こちらで準備だけ先に進めておきたいです」
Yes but 話法/Yes if 話法/Yes and 話法
Noで話を始めず、Yesの前提で、条件付きで話を進める方法。
Yes but 話法
例:「費用は下げられます。代わりに、定常業務は減らしたいです」
Yes if 話法
例:「今のままだと金額高いですよね。もし○○円安くなったらどうですか?」
Yes and 話法
例:「確かに少し費用がかさんでいる状況です。であれば、この案はいかがでしょうか」
SPIN話法
状況質問(Situation)、問題質問(Problem)、示唆質問(Implication)、解決質問(Need-Payoff)の4種類の質問を会話に取り入れることで、聞き手のニーズに対して適切な提案を行うための手法。
S(状況質問)
例:「例えば、どの程度費用が抑えられれば御社の要望通りになりますか?」
P(問題質問)
例:「マニュアル管理や共有が煩雑化していませんか? マニュアルの自動生成が出来る商品をご提案できます」
世良氏は「さまざまな話し方の手法があり、それらを覚えておくだけでも役に立つ場面がある。ぜひ興味のある方は探してみてほしい」と語った。
「三方良し」の考え方を身に着けよう
こうした話法は確かに役に立つが、本質的な部分をおざなりにしていると、上滑りする可能性がある。売り手の都合だけではない、買い手(お客様)のことを第一に考えた商売を行い貢献し、そこから得た信頼・利益によってさらに価値を提供し、しいては社会貢献に発展させていくという「売り手よし、買い手よし、社会よし」の考え方は、昔から近江商人の「三方良し」の思想として、多くの経営者の指針とされている。
つまり、自社と顧客側の双方にメリットのある提案を考えること、そしてそれが社会貢献につながるということを認識し、前述のような「伝え方の工夫」を駆使して伝えること。それを意識することで、より建設的なコミュニケーションが叶う。
コミュニケーションにおける注意点や課題とは?
どんなに自分側が三方良しで話し方を工夫したとしても、コミュニケーションは相手のあること。なかなか思うようにいかないこともままある。しかし、一定リスクを認識しておくことで回避できることもあるだろう。そこで、最後は陥りがちな注意点や課題について紹介した。
① お客様側の要望が掴めていない
お客様自身が要望を整理できているとは限らず、言われたまま調整をするのが本当に正解かという視点を持つことが大事。また、特にシステムの仕様、運用状況を完全に把握しているのは自分たちであることから、提案によって要望を引き出すことを意識する。
②話の論点がぶれないようにする
話の本筋が変わっていないか、都度整理することが必要。頭の中だけでなく、ドキュメントに細かく残し、今の進め方でいいのか、根本の問題が解決するのかどうか、都度確認しながら進めるようにする。特に前述したような「ターゲット」と「メッセージ」を意識するとよい。
③ルールを新たに定める時は、「反対」も意識する
前述の運用保守の例でいうと、一定の閾値を設けて費用を下げる調整がしたいという要望があった場合、費用が上がる場合もあるが問題ないかという確認をとるようにする。
世良氏は「説明すること、伝えることは、少し意識を変えるだけで、大きく効果が上がる。ぜひ、説明上手なエンジニアになろう」と語り、「お客様への提案は、どちらか一方だけが得する話ではなく、「三方良し」のビジネスを心がけよう」と改めて訴え、まとめの言葉とした。