freeeのD&Iを実現する職場とは?
Tejaswi(テジュ)氏はインド出身で、大学でコンピュータエンジニアリングの学士号を取得した。2018年に来日し、楽天銀行でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせたという。楽天銀行では4年間、Webアプリケーションエンジニアとして、Spring Frameworkを用いたバックエンドの開発に従事。また開発だけではなく、「DevOpsについても学ぶ機会があった」とテジュ氏は振り返る。2023年2月、キャリアアップの機会を求めてfreeeに転職。現在はRuby on Rails、React、クラウドフレームワークを使って開発している。
freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げ、統合型経営プラットフォームを開発・提供している。統合型経営プラットフォームと呼ぶのは、「freee会計」や「freee人事労務」、「freeeカード」や「freee請求書」、「freee開業」など、スモールビジネスに関わるさまざまな業務を効率化するさまざまなプロダクトがラインナップされているからだ。
「みなさんの職場ではD&Iという言葉をよく耳にしますか」という問いかけから、テジュ氏の話は始まった。ダイバーシティ(D)は日本語にすると多様性、一方のインクルージョン(I)は包括と訳されるように、D&Iはすべての従業員が尊重され、個々の能力が発揮できて活躍できる状態を表す。
freeeのD&Iには2つの方向性がある。一つはユーザーに対してである。freeeのプロダクトはスモールビジネスを対象としているが、スモールビジネスと一口に言ってもカフェやヨガ教室、写真撮影事業、パン屋など業種、業態はさまざまだ。「私たちはどこか特定のセクターに限ることなく、スモールビジネスに寄り添い支援しています」とテジュ氏。同社ではスモールビジネスの多様な価値観や生き方は世の中に新しいイノベーションを生み出す起爆剤だと考えている。そしてもう一つの方向性は社員に対してである。「freeeでは社員一人ひとりが快適な環境で毎日ワクワクしてプロダクト開発に取り組めるようなワークスタイルを提供しています」(テジュ氏)
12カ国から集まったメンバー、言語や文化の壁を打破するために実践していること
具体的にfreeeではどのようにD&Iを実現しているのか。freeeでは昨年、グローバルなメンバーで構成する開発チームを立ち上げた。参加しているメンバーの出身は日本をはじめ、バングラデシュ、フランス、インド、インドネシア、ケニア、ネパール、フィリピン、シンガポール、台湾、アメリカ、ベトナムの12カ国。中でもフィリピンには大きな開発チームがあるという。「これらのメンバーで会計事務所向けのサービス、給与や健康管理、インボイス、会社設立などのプロダクトを開発しています。新たにリサーチチームも設置され、翌年にはさらに多くのアイデアを展開していく予定です」(テジュ氏)
このような多様性のあるチームを作るのは、難しそうに思う人も多い。例えば多くの人が不安に感じるのが、「どのように言語の壁を打破し、自分の意見やアイデアを共有するのか」「言語が異なるエンドユーザーとどのように話し合ったらよいのか」「異なる地域のメンバーと働く場合、時差をどのようにマネジメントすればよいのか」などということ。freeeではこのような誰もが抱く不安をどのように解消したのか。
最初の事例としてテジュ氏が紹介したのが、日常業務の管理・調整について。テジュ氏が率いるチームのメンバーは日本とフィリピンの2カ国で働いている。「時差は約1時間ですが、私たちは時差に対応するため共通の時間を設定して、毎日30分のデイリースタンドアップを実施しています」(テジュ氏)
デイリースタンドアップはGoogle Meetで実施する。顔を見ながら話せるので、チームの一員である実感が湧くという。またコミュニケーションを円滑にする工夫もしている。ミーティング前には必ず、ウォームアップとしてアイスブレイクを行うという。「仕事に関連しない質問やトリッキーな質問などをすることで、話しやすい雰囲気を作るとともに、脳も活性化させることができます」(テジュ氏)
テジュ氏が紹介したのが、「一生、無制限にもらえるものがあるとしたら、何を選びますか」「アナタを不快にさせるモノは何ですか」という質問。このような質問で和やかな雰囲気を作った後に、その日に行う業務のゴールの認識合わせや何か困ったこと、障害などを報告し合うようにしているという。
またグローバルチームの生産性を向上するために行っていることとして、テジュ氏が挙げたのはレトロスペクティブである。レトロスペクティブとは振り返りのためのミーティングのことで、1週間や2週間で行った業務を振り返り、何が良かったのか、何が問題だったのかを特定し、どのように解決・改善するかを検討する。この振り返りのフレームワークはKPTとも呼ばれる。
KPTにおけるユニークな工夫として、テジュ氏が紹介したのはスプリントにアニメ「鬼滅の刃」に登場するキャラクターの名前を付けていることだ。「自分たちもキャラクターのようなスーパーパワーを使って、スプリントにモチベーション高く楽しく取り組める」と好評だという。スプリントで発見した良いことについては、すべてリストアップして表示する。また問題があったことについてはその理由を分析し、改善の余地があると感じた場合はその改善策を考え、次のスプリントに取り入れていく。このようにして、チームの生産性向上を実現している。
グローバルなチーム開発を成功に導くポイント──障害を「Happy」と捉える共通認識
国をまたいだ開発を成功させるためのポイントについても事例で紹介。テジュ氏のチームが開発しているのは日本のアドバイザー向けの会計システムで、フィリピンでは利用できないためユーザーはいない。ではどのようにしてフィリピンのメンバーがドメイン知識を身につけ、そのプロダクトがユーザーに与える影響について把握しているのか。
複数国にまたがる開発においては、「大前提としてコミュニケーションが確立されていることが重要になる」とテジュ氏は話す。幸いなことに開発の場面では、開発者同士は共通のコードで会話することができる。「コードを使った議論では、意見を共有しやすい」とテジュ氏。また意思疎通するためには、メンバー全員が協力し合う文化を醸成する必要もある。
そしてユーザーのことをよりよく知るためにテジュ氏のチームが実施しているのが、継続的なフィードバックプロセスである。「フィードバックプロセスには2種類ある」とテジュ氏。一つは「業務が改善された」「こんなに早く届けてくれてありがとう」などのポジティブなフィードバック。そしてもう一つが「この機能は追加できますか」「この機能は私たちのニーズに合っていない」「エラーメッセージが表示される」などのネガティブなフィードバックである。このようなフィードバックはユーザーがプロダクトに何を期待しているのかを理解するのに役立つという。
次に障害の原因について透明性を持つことも重要だという。「各エンジニアが直面している問題について、日頃からチーム内で共有しておくこと」とテジュ氏は指摘する。こうすることで他の人が同様の問題に直面したときに、スムーズに担当したエンジニアに話を聞くことができるからだ。freeeでは障害を「Happy」と呼んでおり、障害が起こっても前向きに明るく対処できるようにしているという。
多様性のあるチームをうまく運営するため、心理的安全性を育むことにも取り組んでいる。「これはすべてのチームで実践されるべきことです。心理的安全性が担保されることで、メンバー全員が自分の強み、弱みを安心して共有し、成長することができます」(テジュ氏)
グローバルチームでプロダクト開発するメリットとは
苦労はあるが、多様性のあるチームを作ることで得られる効果は複数ある。第一にプロダクトや日常の問題に対する革新的なアプローチが得られることだ。同じような考えを持つメンバーだけで構成されたチームでは、潜在的なバイアスがかかってしまうことがある。だが、異なる文化や人生経験を持った多様性のあるチームであれば、「潜在的なバイアスもなく、より良いゴールに向かって意見を出し合うことができる」とテジュ氏は言い切る。
第二により良い市場洞察ができること。仮に日本人だけのチームの場合、全員が日本人のマインドセットを持っているため、ターゲットユーザーは日本のみに限定されてしまうという。しかし複数の国のメンバーが共に働く事で、世界の市場がどうなっているのか、他国ではそのプロダクトに関する問題にどのように取り組もうとしているのかなどについても共有できるようになる。「インターネットで得られる知識と思われるかもしれませんが、その国の経験者と直接議論しならが学ぶことができるのは有意義なことです」(テジュ氏)
第三は優秀な人材が採用できること。freeeでは地域を限定することなくグローバル採用を実施している。「私のチームも多様かつ優秀なメンバーが集まっている。だからユーザーにとってより良いプロダクトが開発できていると思う」テジュ氏は最後にそうチームメンバーのことを話し、セッションを締めくくった。