SourceForge不遇の時代
急速な成功によってSourceForgeに問題が生じた。何万人もの開発者が集まったため、サイトの収容能力が追いつかなくなり始めたのだ。幻滅を感じるようになった開発者もいた。しかも、財政難の親会社には、すべての穴を塞ぐだけの資金がなかった。
実際、VA Linuxの収入は急速に消えつつあった。ドットコムの時代は過ぎ去ったのだ。企業国家アメリカはLinuxが経費削減になるとに気づいたため、IBMやHPはLinuxコンピュータの販売でかなりの利益を上げるようになったが、VA Linuxのような小さなベンダは太刀打ちできなかった。VA Linuxは自らを改革すべく奮闘していた。
同社は社名をVA Softwareに変更し、SourceForgeのEnterprise Editionを売り出した(Enterprise Editionはクローズドソースだったので、SourceForgeコミュニティでかなり不満が噴出した)。さらに、VA Softwareは多数のメディア――Linux.com、IT Managers Journal、Newsforge、Freshmeat、そして無修正の意見の集積であるSlashdot――の育成や買収も行った。最近、VA SoftwareはEnterprise EditionをCollabNetに売却し、2007年3月に社名をSourceForge, Inc.に変更した。
しかし、同社が収入の安定を模索するなかで、SourceForgeサイトは資金不足に苦しんでいた。開発者たちの不満の声が高まり、大合唱になった。
「2003年から2005年までの時期が悲惨だった」とAudacityの創始者であるDominic Mazzoni氏は回想する(Audacityは何千万回ものダウンロード数を誇る有名なオーディオソフトウェア)。「SourceForgeのCVSサーバーは猛烈に遅くなっていった。サイトのごく基本的なところが完全に破綻して、その状態が長期間続いていたのに、何の断りもないまま放置されていた」。
Galleryの創始者であるBharat Mediratta氏は、自分のプロジェクトでの問題を次のように回想する。「プロジェクトがだんだん大きくなって、複雑かつ高度になるにつれて、SourceForgeは我々のニーズに合わなくなっていった」。特にサイトのフォーラムの機能が不十分だと感じたため、自分自身のサイトでフォーラムを作る気になったそうだ。
深刻な問題の1つが、ダウンロード数をカウントするサイトのトラッカーが機能しなかったことだ。「そのことで大勢の人が迷惑を被った」とMazzoni氏は語る。「そんな馬鹿なと思うかもしれないが、お金をもらっていないプロジェクトでは、ダウンロード数の統計情報が通貨的な価値を持つこともあるんだ」。
スタッフ不足のせいで、こうした問題に取り組むのはほとんど不可能な状況だった。この肥大したサイトは、何十万人ものユーザーにサービスを提供しているにもかかわらず、わずか3~5人のスタッフで運営されていた。SourceForgeのRoss Turk氏は次のように語る。「彼らが処理しなければならなかった仕事量の増大を想像すると恐ろしくなる」。
2005年か2006年のどこかでプロジェクト数が10万件を超えたとき、SourceForgeは岐路に立たされた。大規模な投資をするか、この初めての「オープンソース培養器」が衰退していくのを黙って見ているか、という選択である。進むか撤退するかを決めるときであった。
