なぜ技術書を執筆するのか? 「不都合な真実」を超える喜びとは
講演は、「みなさん、本を書いてみたいですか?」という問いかけから始まった。多くの人が手を挙げたその場で、佐々木氏は技術書執筆にまつわる“不都合な真実”に触れた。
NRIネットコムでクラウドテクニカルセンター長を務め、AWS関連の資格を13冠持ち、多数の関連書籍を執筆してきた佐々木氏。そんな佐々木氏の考える、技術書執筆の背景にある「真実」とは一体何だろうか。
実は技術書を執筆しても、得られる印税と執筆にかかる時間を考慮すると、増刷がかからなければ時給が600~800円になることもあるそうだ。実際、日本には技術書の専業著者はほとんどいない。
しかし、自身の磨いてきた知識が他の人に伝わること、そして自分のクリエイティブな活動で誰かに影響を与えられることは、エンジニアにとって大きな喜びでもある。佐々木氏も「エンジニアリング初心者は誰かの本を読んで知識を学んでいる。その知識をつないでいくことは重要」と語り、たとえ不都合な真実があったとしても、世の中に本を書いてみたいと思うエンジニアは尽きないのだと説明した。
技術書作りは企画から──技術書作家としての道を開く、2つの戦略
「技術書を書く技術」として、佐々木氏は最初に、出版の流れを示した。技術書を世に送り出すプロセスには、以下の工程がある。
これらプロセスにおいて、著者が深く関わるのは「企画」と「執筆」の段階だ。
まず、どんな技術書も企画作りから始まる。これは、どんな読者にどんな本を読んでもらいたいかを考えるプロセスだ。
技術書企画の戦略について、佐々木氏は「正解はなくとも、確実な失敗は存在する」と指摘する。確実な失敗を避けるための戦略は大きく2つに分かれ、「大きな市場で少ないシェアを取る」方法と「ニッチな市場でオンリーワンの技術書になる」方法だ。
読者を「初心者」「中級者」「上級者」とレベルで分類すると、潜在読者の数は初心者が最も多く、上級者ほど少ないピラミッドになる。つまり、初心者向けの技術書は上級者向けに比べて、大きな市場を持つ。
初心者のような大きな市場では、たとえ一番のシェアを取らなくても一定の売上を見込める。特に、確立されたばかりの新しい技術など成長段階の分野では、熟練者が少なくより初心者を狙いやすい。また、上級者はすでに知っている内容が多いのであまり本を買わず、実際に上級の技術書は刊行点数も少ないそうだ。佐々木氏は「上級者が読者だと、技術的な指摘を投げられる『マサカリ』も怖い」と笑う。
逆に、まだ誰も書いていないニッチな分野の技術書を、一番初めに書くことも強い戦略となる。AWSのような定番のカテゴリーでも、その中で競合の少ないニッチな技術を把握することができれば、その技術を必要としている人に向けて本を出す価値がある。
商業出版では、およそ3000部以上の売上が見込まれて企画として成り立つ。技術書企画の戦略を総括して佐々木氏は、「商業誌であれば失敗の少ない道を、技術同人誌であれば著者本人が執筆を楽しめる心躍る道をすすめる」と語った。
佐々木氏の最初の著作である『Amazon Web Services パターン別構築・運用ガイド』(2015年、SBクリエイティブ)の企画では、目標部数や読者ペルソナ別にいくつかの案を用意し、出版社の編集者と相談しながら方向性を固めた。当時はAWSが黎明期だったことを踏まえ、初心者から中級者の読者を想定したそうだ。そして、この本をきっかけにさまざまな出版社から声が掛かるようになり、佐々木氏の技術書作家としての道が開かれた。
読者のターゲットとテーマが決まれば、構成案として目次を作成する。本の内容を章・節・項と詳細化して、それぞれに見出しを付ける作業だ。各項には内容に関する数行の説明も付け足し、最後のページまで技術書の中身を見渡せるようにして、企画が完成する。佐々木氏は、この作業が企画の中でも最も時間がかかると語った。