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Developers Summit 2024 Summer レポート

売上か? 面白い技術か? エンジニア組織が直面するジレンマに、エンジニア経営者 漆原氏が切り込む

【24-B-9】売上を取るか?技術を取るか?~これからのエンジニア組織経営~

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お金に換えられない「主観的Well-being」の大切さ

 しかしこれまでの経営学は、売上の増加や事業計画の達成、企業価値の向上といった数字に表れる指標を重視する。その結果、会社は成長しているのに、開発の現場が崩壊してしまうことがある、と漆原氏は指摘する。売り上げが上がっているのになぜ、と疑問に思う人もいるだろう。そこで漆原氏は、予防医学研究者の石川善樹氏による、経済成長と個人の幸せについての研究を紹介した。

 イギリスとウクライナそれぞれで、2006年〜2016年までのGDPの伸び(客観的Well-being)と、自分たちの生活に対する自己評価の高さ(主観的Well-being:幸福度)を比較調査すると面白いことがわかる。

 期間中、イギリスのGDPは右肩上がりで成長している。つまり国としては豊かになっている。しかし、2015年前後で主観的Well-beingが大幅に低下する。「自分は不幸で将来が不安だ」と考える人が急増したのだ。そしてついに2016年にイギリスのEU離脱が起きてしまった。一方ウクライナでも2012年以降に主観的Well-beingが急激に低下し、2014年に「尊厳の革命」が起きた。

 すなわち「客観的Well-being」が悪くなくても「主観的Well-being」が悪化すると、社会に破壊的な変化が起きるということだと、漆原氏は言う。これを国家ではなくエンジニアチームに当てはめるとどうなるだろうか。すなわち「全社の数字が伸びていても現場が不幸な状態が続くと、組織に破壊的な何かが起きる」ということだ。

 「『お金をかけてせっかくDXチームを作ったのに、3年くらい経つとみんな辞めてしまった』という話、よく聞きますよね。お金をかけて人材を採用しても、エンジニアとしての内発的動機を持続できる環境でなければ、最終的には組織そのものが維持できなくなるんです」(漆原氏)

  現場の「主観的Well-being」すなわち内発的動機を維持できる仕組みこそ大事だという。それでは、エンジニア組織にとって理想的な環境とは、どのようなものなのだろうか。

 ここで漆原氏は、フロリダ州立大学アンダース・エリクソン教授による研究を引用し、「超一流」の人に見られる共通項を紹介した。エンジニアが成長し挑戦し続けるために欠かせない内容だ、と言う。

 1つ目は、夢中で没頭できる環境であること。時間にして10,000時間以上、無我夢中で取り組むこと。没頭できるから、練習量の差が絶対的な能力差として表れるのだ。そしてその練習も、単にダラダラと取り組むのでは駄目で、自らの能力の限界の少し上を行く「限界的練習」を続ける必要がある、というのが2つ目のポイントだ。プログラミングのチュートリアルのように、最初はやさしい課題から入り、段々と難しい課題をクリアしていく様子を想像してほしい。少しずつ上を目指せることが大切だ。3つ目は、学んだことをアウトプットし、正しいフィードバックを得られる環境があることだ。良い師匠やチームの下でアドバイスを得つつ、謙虚な自己評価を促せる環境が「超一流」を生む、というわけだ。

 続いて漆原氏は、エール大学のエイミー・レゼスニエウスキー教授らによる研究を紹介した。これはアメリカの士官学校の学生が、どんな動機で入学し、その後どのようなキャリアを歩んだかを調べたものだ。その結果明らかになったのは、仕事で中長期的に成功する人たちはみな内発的動機が強く、かつ働く理由がシンプルであるということだ。言い換えれば、ただ「自分のやっていることが好き」な人は長続きし成功する。一方、名誉やお金といった外発的動機が強いと、長続きせず大成しない。

 これらの条件をエンジニア組織に当てはめると、そのあるべき姿が見えてくる。「好き」という内発的動機が強いから、仕事にやりがいを感じるし、長く続けられる。次々と新しいテクノロジーが登場しても、無我夢中で没頭し、限界的練習を通して、柔軟に適応できる。一緒に喜びあえる仲間がいるから、仕事がもっと楽しくなる。そして、自己評価と仲間からのフィードバックを通して成功体験を積み、成長していく。これらの要素が、これからのエンジニア組織の経営には欠かせないと、漆原氏は訴える。

 「エンジニアの主観的Well-beingは、仕事へのやりがいと、良い仲間がもたらす体験からもたらされます。これからのエンジニア組織経営には、この2つの要素からなる『幸せ』を長期間維持できる環境作りが必要です。その結果として売り上げが上がり事業が成長するのです。逆ではありません」(漆原氏)

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「好き」を分かち合い、事業側と対話しよう

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この記事の著者

Innerstudio 鍋島 理人(ナベシマ マサト)

 ITライター・イベントプロデューサー・ITコミュニティ運営支援。 Developers Summit (翔泳社)元スタッフ。現在はフリーランスで、複数のITコミュニティの運営支援やDevRel活動の支援、企業ITコンテンツの制作に携わっている。 Twitter:@nabemasat Facebook Web

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

丸毛 透(マルモ トオル)

インタビュー(人物)、ポートレート、商品撮影、料理写真をWeb雑誌中心に活動。

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CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)

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