強味を活かして新しいものを世の中に浸透させる3社の関係
──自己紹介をお願いします。
加藤学氏(以下、加藤):私が所属するSB C&Sは、言わばソフトウェアとハードウェアのスーパーマーケットで、ソフトやハードなどさまざまな商材をさまざまな企業に提供している商社です。ICT事業本部技術本部でテクニカルフェローを務める私は、先端テクノロジーを活用したビジネスの開発および推進を行っています。主にAI活用を含むソフトウェア開発やデータ管理製品、サイバーセキュリティ製品を担当しています。
飯久保翔氏(以下、飯久保):ITプレナーズジャパン・アジアパシフィックは、「人生を変えるフィールドの提供者」というビジョン、「ライトをつけて変革を促す」というミッションの下、人材育成と組織開発の両面から企業のDX推進を支える教育サービス会社です。ビジネスデベロップメントマネージャーとしての私の役割は複数ありますが、メインは新規事業開発の責任者です。また全社の戦略立案にも同じ立場で携わっています。さらに社外向けには研修のトレーナーや現場でのコンサルティングも行っています。
小林将敏氏(以下、小林):カサレアルはシステム開発とエンジニア向けの技術研修、クラウドネイティブソリューションの3事業を展開しており、取締役営業部長としてこれら3事業の営業統括をしています。ちなみに社名はスペイン語で「真の家(カサレアル)」から来ています。現在は営業部長ですが、カサレアルに入る前は、メーカーで組み込みエンジニアの育成企画に携わっていました。
──3社の関わりや、出会いのきっかけ、現在の取り組み内容などを教えてください。
加藤:私たちには新しいものを世の中に浸透させていくという共通のゴールがあります。ソフトウェア開発やシステム開発のモダナイズをしていくにあたり、それぞれがアジャイルやDevOpsを推進する活動をしていたら、自然と出会いました。現在は、DevOpsを浸透させていくためのトレーニングパッケージ「DevOps-ABC」の提供を3社で行っています。
飯久保:3社で行う意義としては、私たちが持つそれぞれの強みを補完することで、トレーニング受講者の方により高い価値を提供できることだと考えています。
生成AIの登場で大きく変化したエンジニア市況
──生成AIの登場により、エンジニア市況はどのように変化したと思いますか。
飯久保:現代のエンジニアには、大きく2つの心構えが求められるようになったと考えます。1つ目のポイントは、AIはあくまでも手法、一技術要素でしかないことをきちんと理解しておくことです。そこで、お客さまにどんな価値を提供するかが重要になります。
2つ目のポイントは、コラボレーションです。一人の技術者がいればどうにかできるという時代は終わりました。これからはさまざまな専門性を持つエンジニアだけでなく、ビジネスサイドのメンバーなど異なる立場の価値を共創する利害関係者ともコラボレーションして高付加価値なことができるかどうかがポイントとなります。
小林:必要な心構えですね。一方で、当社が担当するテクノロジー領域で大事になるのは、「いかに腹落ちさせられるか」です。コード生成にAI活用が進んでいますが、今はまだすべてを任せられる状態ではありません。お客さまの要求を聞いて、何を実現するかを考えるのはエンジニアです。エンジニアは作るだけではなくなっていくと私は思っています。
加藤:そうですね。エンジニアの仕事は幅広く、コードを書くのはその一部でしかないですからね。今、「ヒューマンインザループ(人がAIの学習や意思決定プロセスに関与することで、AI性能の最大化、信頼性の向上を図ること)」という手法がトレンドになっているように、今後はAIと人の役割をしっかり分けていくことが大事だと思います。
柔軟な対応や総合的な判断や倫理観が問われるところは人が得意としている領域です。一方AIが得意なのは高速なデータ処理や高度なパターンマッチング。それぞれの得手不得手を把握して、いかに使い分けが出来るかがミソだと思います。
飯久保:私も、今後は職人技で何か一つ長けたコンピテンシーに加え、幅広い見識が問われるようになっていくと思います。また技術が進化すればするほど、人の味付け、人間らしさが重要になるのではないでしょうか。従来の枠組みや常識に対して「本当にそうなのか?」「より良い考えはないか?」と常に問いかけ、自ら考える知的不服従などはその一つ。人だから出来る判断も「AI人材」として非常に重要な要素になると思います。
ここでいう「人間らしさ」とは、第六感的に適材適所を判断できることです。いろんなデータを加味して、瞬時に判断して最も確率的に良いものを出すのが機械のいいところではあります。しかし、柔軟な判断が必要な時が必ず出てくると思います。
加藤:身近な例でいえば、近年、問い合わせにChatbotなどが使われていることも多いです。しかし、トラブルが起きた時にお客さまは人と話したいと思います。このようにヒューマンインターフェースが果たす役割は、AIの活用が進んでも変わらないと思います。
変化に対応するために、これまで以上にアジャイルの力が求められるように
──生成AIの登場により、エンジニア市場は大きく変化しましたことがわかりました。「AI人材」とはどういった存在なのでしょうか。
加藤:一般には、AIを使ったり使わなかったりをミックスできるハイブリッドな人材というイメージかも知れませんが、僕はAIとどう融合していくのかを考えられる人材だと捉えています。
飯久保:そうですね。それに付け加えると、私は、より高度な構想力や創造力を持っている方がAI人材だと思います。いかにお客さまに対して、社会に対して価値を創出するか、そういう広い視野を持てるかが、AI人材として重要だと思います。
小林:いずれにせよ、あくまでも主体となるのは人間だと思います。その上で生成AIを使って効率を上げたり、業務を遂行できたりする人材が、現時点で私の思うAI人材の定義です。
──生成AIを活用することで開発現場にどのような効果があると思いますか。
加藤:バイモーダルITという考え方があるように、開発現場のスタンスは大きく2つに分かれると思います。SoR(System of Record:主に記録を目的としたシステム)向けの「モード1」は、安定志向かつトップダウンでシステムが決まっていくことが多いです。一方、SoE(System of Engagement:顧客や取引先との関係の強化を目的としたシステム)向けの「モード2」は、スピード重視でアジャイル、DevOpsを採用するなど、ボトムアップのプロジェクトが多いです。
一般的にはモード2に生成AIは適用しやすいと思います。しかし生成AIによって、非構造化されたデータが企業にとって価値のあるデータだと認識できる状況になっていく可能性があります。それを鑑みると、生成AIはモード1とモード2をブリッジする役割を担うようになると思います。
生成AIを活用するメリットは、コードの自動生成、テストの自動化により開発スピードのイテレーションを早くする、リファクタリングの手間を削減する、アイデアを創出するタイミングでのプロタイピングを簡単にするなどが挙げられます。開発現場でリターンがありそうな所は積極的に使っていくと良いのではないでしょうか。
飯久保:とくにAI開発では、成果を見出すために素早く試作と改善を繰り返す能力が求められていますからね。そこで必要なのが、俊敏性やコラボレーションの要素です。つまり、イテレーションスピードの速さに適用できるコンピテンシーが求められるのです。また、アプリの開発者もAIを活用していく方向にあるので、新技術を活用しながら、どう作業に適応させていくかが重要だと思います。
小林:じゃあ「モード1」の現場だと適用できないのかと言われれば、そんなことはありません。当社ではモダンな技術よりは、従来の開発方法である「ウォーターフォール型システム開発」の現場でAIを活用することで、目に見えて開発工数が下がるという効果が出ています。平均すると開発効率は10%の削減ですが、中には40%以上効率化できた人もいます。しかし、まだまだ導入期であり、開発補助的な位置づけで導入しており、これからに期待をしています。
大事なのは『とりあえず』始めること。そのためのヒントとは?
──現場のエンジニアがよりAIを活用するためには、どのような取り組みが必要だと考えますか。
加藤:エンジニア観点では、とにかく触って実践することです。自分の目でどこまで出来るのかを確認してほしいと思います。エンタープライズ観点では、技術負債を返済するためにAIがどう使えるのかをひたすら考えることだと思います。例えば、標準ブラウザで動くアプリであれば、他のプラットフォームでも動くアプリへの変更、A言語からB言語への変更に生成AIを活用するなど、アグレッシブに技術負債を返済していく方法を模索することだと思います。
飯久保:失敗を恐れず挑戦することには、私も同感です。エンジニアや利害関係者間での心理的安全性の担保が必要です。そこで組織として安心して挑戦できる環境作りをすることが大切だと思います。
これから取り組むことは大きく3つ。1つ目は、AIはあくまでもツールでしかないので、お客さまにどういう価値を創出すべきか、お客さまが必要としているものが何かを常に念頭に置くことを定着させること。
2つ目はこれまでの型にはまることなく、自由な発想でAI人材とはどんな立ち振る舞い、どういうコンピテンシーを持っている人材なのか、自分たちでしっかり考えていくこと。
3つ目は海外の動きをチェックすること。ITプレナーズでは、DevOpsとアジャイルのスキル開発を目的としたオープンなグローバルコミュニティ「DASA」と研修提供などで提携しています。「DASA」では、AIOps(AIを駆使してITを維持するプロセス)に関するトレーニングを提供しており、海外ではすでに実績もあります。
加藤:より具体的なところでいえば、私たちが今、重要視しているのが「Security for AI」。例えば、LLMファイヤウォールはその一つです。またプロンプトのコントロールやデータのプライバシーを含めて管理するDSPM領域、モデルそのものの安全性をチェックするモデルスキャンなど、エンタープライズでのAI活用については、セキュリティの担保がないと先に進めるのは難しいです。そこで、セキュリティについての考え方や取り組みも、今後は必要になると思います。
小林:たしかにセキュリティは一つのポイントですね。そのほかでは当社だと、AIを活用できている人と活用できていない人の差が大きいという問題があります。これを解決するために、組織もしくはチーム単位で、うまくいった事例を共有したり、ルールやガイドラインの整備が必要だと考えています。
おそらく5年後ぐらいには、AI活用は当たり前になると思います。その当たり前をいかに早く実現していくかが、AI活用成功のカギになります。例えば当社では、「ChatGPTに聞いてみたんだけど」という枕詞からスタートする会議も増えています。そうすることでエンジニアだけでは無く、営業系、スタッフも含めてAI活用していく雰囲気が醸成されていきます。こうした雰囲気の醸成も重要なことだと思います。
飯久保:いいですね! ガイドラインの作成では、制約を設けすぎないことも重要だと思います。イノベーションを起こすには、ガチガチな監視・管理体制ではなく、自由に構想や挑戦ができる最適なガバナンスが整った状態が良いと思います。
──エンジニアがゼロスタートでAI活用に挑戦したいと思った時、気をつけるべきポイントはありますか。
飯久保:お二人も既に言及してらっしゃいますが、一つはセキュリティやガバナンスをどう確保するか。そしてもう一つは、AIの活用可能性や応用範囲は非常に広いので、固定観念にとらわれず、自由な発想で挑戦することです。
加藤:一方でエンジニア個人でいうと、どんどん使うことが重要だと思います。マネジャーや管理職の方も、AI活用にチャレンジしやすい組織にしていくことが重要だと思います。
しかし、セキュリティの担保は必要です。自社の情報や顧客情報を入れないというのは大前提で、どの情報をどこまでAIに学習させるかを事前に検討する必要があると思います。
開発現場で活用できる「AI人材」の育成方法
──「AI人材」を育成するための具体的なお取組みをお聞かせください。
加藤:AIへの取り組み事例の一つは、当社専用のAIチャットCASAIを独自開発したことです。当社は約4000社のベンダーと、約1万3000社のパートナーと取引があり、それら各社から日に数十万件もの商品の問い合わせがあります。その問い合わせ業務を効率化するために「CASAI」を開発しました。
社員に愛着を持ってもらうために親しみやすいキャラクターをつくり、社内ではCASAIくんと呼ばれています。CASAIくんにメールの回答をしてもらったり、FAQを作ってもらったりしてお客さまに渡したりするなど、オペレーション業務の簡素化に貢献しています。AIを活用する人材を育成するには、このようにAIに愛着を感じてもらい、AI活用を当たり前にする草の根的な活動は欠かせません。

また当社では2025年4月頃、SB C&S AI検証センターをオープンする予定です。ここではNVIDIAのGPUが搭載されたサーバを使って、本番に向けたAIサービスのPoCを行うことができます。
飯久保:草の根活動は大事ですね。そのほか組織面でいうと、DASAでは昨年からハイパフォーマンスデジタルオーガニゼーションが必要だと提唱しています。また、開発と運用とAIの掛け合わせも出てきています。それらを実装するのに必要な能力を育成するトレーニングサービスを提供しています。
小林:最終的には実装が大事ですからね。カサレアルでも、技術研修、プログラミング言語の研修を提供しています。また2023年度から、新人研修でも生成AIを活用するプログラムが始まっています。研修では自分でコードを書くことから始め、最後の総合演習のような項目で、生成AIに手伝ってもらいながらコードを生成することを体験していただいています。もちろん、お客さまの制約やルールによって研修の中身は変わっていきます。新人研修ではないAI関連の研修サービスの提供については、これから取り組んでいく段階です。
──最後にAI活用に悩むエンジニアの方にメッセージをお願いします。
加藤:実践から学ぶことがすべてです。オライリーメディアの創立者であるティム・オライリー氏が同社ブログに「生成AIで置き換えられるのはジュニアおよび中級レベルのプログラマーではない。新しいプログラミング ツールやパラダイムを受け入れず過去に固執するプログラマーである」と書いていました。このマインドを忘れずに業務に当たっていくといいと思います。
飯久保:アドバイスは3つ。1つは楽しむこと。やって楽しい、誰かに認められる、必要とされることを楽しむことです。2つ目は対話すること。同僚、お客さま、ユーザーと対話して一緒に価値を共創していくことです。3つ目は見極める。あくまでも出てくるのは機械が考えたこと。自分の価値観や正義感を持ってAIを使って正しい情報を見極めることです。
小林:数年後には必ずAI活用は当たり前になります。そこで、いろいろ試してみることが大事です。考え方を含めて同僚間で情報を共有しながら、どうすれば活用が定着するか。それを考えていくことも重要だと思います。