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エンジニアキャリア図鑑

現場と上流の往復で見つけた「構造」という武器──アーキテクト 尾髙敏之さんが語る、事業目線の育て方

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事業理解とモデリングで、エンジニア業界の活性化を目指す

小田中:改めて、アーキテクトとは尾髙さんにとって何なのかをお聞かせいただけますか。

尾髙:今回のお話をいただいて、「アーキテクトって何だろう」と考えたときに、「目的を達成するために必要な要素を洗い出し、要素間の関係性を定義して構造化する」と整理しました。世の中では技術要素の選定にフォーカスされがちですが、私の解釈では「構造を決める人」、つまり設計者に近いのではないかと考えています。技術要素の選定も構造を決定する要素の一つではありますが、構造化して要素同士をつなげる人がアーキテクトなのだと。自分はそれをずっとやっていたんだなと気づき、「シニアアーキテクト」という肩書へのわだかまりが消えました。

小田中:よかったです。明示的にアーキテクトと名乗ることで訪れた変化はありますか。

尾髙:急に「アーキテクトだよ」と言われたことで意識が変わった部分はあると思います。前職でも社内向けに、自分の考えを発信してチームや周囲を少しでも楽にしたいと動いてはいたのですが、今の役職はチームリーダーで、チームは私を含めて4人だけ。一方で、基幹システム全体ではエンジニアも多く、私は直接の上司ではないので、現場の人たちからは何をしているかよく分からない存在に見えているかもしれません。社内カンファレンスでも発表していますが、反応が薄いこともあります。

 それでも、構造化の重要性や、進化したオブジェクト指向の良さをもっと広く伝えたい、業界全体が活性化してほしいという気持ちが強くなり、いろいろと登壇活動をしています。「シニアアーキテクト」と肩書きをもらったことで、少しでも社会にインパクトを与えたいという意識が芽生えたのは確かです。

小田中:なるほど、自分が担当しているシステムだけでなく、エンジニアの中でアーキテクトの意義を伝えていくことにも関心が芽生えたのですね。たとえば、『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』が刊行された当時、正直ここまで流行るとは思っていませんでした。ただ、DDDが広まっているとはいえ、モデリングそのものが盛り上がっているかというとそうでもなくて、設計の重要性をみんながうっすら感じつつも、過去のオブジェクト指向の時期に積み重ねられたモデリングとはミッシングリンク化していると感じています。

尾髙:モデリングはUMLのイメージに引きずられ、誤解されている面があると思います。おそらく多くの方が緻密なクラス図を思い浮かべるため、あまりいい印象を持たれていないのかもしれません。私が推したいのは、重要なところに注目して、雑な絵でもいいのでみんなで認識合わせをする概念モデリングです。文章よりも絵を描いて補足した方がよっぽど伝わるということを、もっと布教したいですね。

小田中:いいですね。絵だったらすごく話しやすいですもんね。

尾髙:構造の概念って、言葉や文字で伝えるのはめちゃくちゃ面倒ですが、絵で描いたり、付箋を貼ったりして関連づけると「ほら、これが構造でしょう」となり、とても分かりやすくなります。もっとコミュニケーションツールとして布教されればいいのにという思いがありますね。

小田中:尾髙さんは仕事をしながら構造に気づかれましたが、これからアーキテクトを志していく人もいると思います。これから目指す人はどのようにスキルを磨いたり、どんなマインドセットを持ったりするといいでしょうか。

尾髙:アーキテクトという言葉にとらわれずに、自分が何をやりたいかを言語化した方がいいと思います。私は品質に苦しみたくなかったし、人が管理できる単位で分割統治をしたかったのです。

 アーキテクトを目指すということは、エコシステム全体をうまくやっていきたいということなので、そのエコシステムが何のために存在するかという事業戦略の話になります。事業をどう理解して構造に落とし込むか、その手法について学ぶことが大事ですね。

小田中:すごく示唆に富んだ言葉ですね。アーキテクトって、エンジニアスキルの頂点というイメージがありつつ、実際にはビジネスとの関連が不可欠ですよね。僕はエンジニアとして仕事をしはじめたころは事業にあまり興味がなかったのですが、尾髙さんはどうでしたか。

尾髙:この業界に入って、最初はプログラミングが楽しかったものの、自分の書くコードの意味が見えていませんでした。事業会社で業務の人たちと関わるようになり、システムが会社の成長を支えるものだと実感してからは、自分もそれをリードしたいと思うようになりました。この経験が大きな転機になったと感じています。

小田中:なるほど。若手エンジニアにとって、コードを書く楽しさはとても重要ですが、事業とのつながりがまだ見えていないなら、周囲との会話を増やすことが一つの鍵になりそうですね。

尾髙:そうですね。若手エンジニアにとって、業務要求を出してくる相手が上の立場だと、忙しそうで話しかけづらいし、「業務のことが分からない」ともなかなか言いにくいと思います。だからこそ、シニアやミドルのエンジニアが、ジュニアに業務の知識を伝えていけるといいなと感じています。

 最近は特に、AIをチームのメンターとして活用することに可能性を感じています。業務知識や事業との接点などをAIに学習させておけば、何度でも質問できるし、怒られることもない。そうやって基礎を固めてから業務担当者と会話できるようになれば、理解も早く、近道になるのではと思っています。

小田中:特にスタートアップでは、創業メンバーが豊富なドメイン知識を持っていますが、組織が成長するとドメインに詳しくない人も増えます。AIを使って素早くドメイン知識を学べる環境があると、立ち上がりが早くなるのではないかと想像します。本当に面白い発想ですね。

 さて、そんな尾髙さんは、今後どのようなことを目指していきたいですか。

尾髙:まずはモノタロウのスケールアウトにコミットしていきたいと思っています。そしてもう一つ、業界全体の活性化として、モデリングや構造化について発信をしていきたいですね。

 登壇活動も続けていきますし、最近はコミュニティから相談を受けることも増えてきたので、そうしたサポートを通じて活動の幅を広げていきたいです。本を書いてみたい思いもありますが、社内向けのモデリングドキュメントを書いてみて、感覚でやっている部分の言語化が難しいと感じているところです。

小田中:改めて感じたのは、尾髙さんが本当に多様な経験をされてきたということです。最初に出てきたノストラダムス大予言といった話題のノリの良さもありつつ、その裏には一貫して「構造を捉える」という意識がある。そして、それに気づいてからは発信も含め、自分の目の前だけでなく、日本全体のエンジニアリングの中で構造やアーキテクトの価値を広めようとされているのが印象的でした。尾髙さんの知見をぜひ本にしていただきたいです。読みたいです。今日はどうもありがとうございました。

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この記事の著者

小田中 育生(オダナカ イクオ)

株式会社ナビタイムジャパンでVP of Engineeringを務め、2023年10月にエンジニアリングマネージャーとして株式会社カケハシにジョイン。2025年3月よりHead of Engineeringを務めている。薬局DXを支えるVertical SaaS「Musubi」をコアプロダクトに位置づけ、「しなやかな医療体験」を実現するべく新規事業のプロダクト開発にコミットしている。著書:『いちばんやさしいアジャイル開発の教本』(市谷聡啓、新井剛と共著)『ア...

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森 英信(モリ ヒデノブ)

就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務やWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業。編集プロダクション業務においては、IT・HR関連の事例取材に加え、英語での海外スタートアップ取材などを手がける。独自開発のAI文字起こし・...

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近藤 佑子(編集部)(コンドウ ユウコ)

株式会社翔泳社 CodeZine編集部 編集長、Developers Summit オーガナイザー。1986年岡山県生まれ。京都大学工学部建築学科、東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了。フリーランスを経て2014年株式会社翔泳社に入社。ソフトウェア開発者向けWebメディア「CodeZine」の編集・企画・運営に携わる。2018年、副編集長に就任。2017年より、ソフトウェア開発者向けカンファレンス「Developers...

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