「日本一のRubyの会社」という高みを目指す
OKR導入の話を聞き、是澤氏は運用の難しさを感じたという。「それでも、とにかくチャレンジしたいと思った。だから井原さんと経営陣、そして開発部の三者がうまくいくよう橋渡しをする役割に徹することにした」と語る。だが、そこにはギャップもあった。「一番、ギャップに感じたのは、目指すべき姿。井原さんが掲げる目標は高すぎる気がした」と、吐露する。しかし、変革に取り組んでいくうちに「高みを目指さないと成長できないことがわかった」と、徐々に考えが変わっていく。井原氏も「高い目標を設定すると、今のままではダメだと自覚できる。そこから技術的チャレンジやイノベーションが生まれる。だからあえて無理と思えるような高い目標を設定した」と語る。それが「日本一のRubyの会社になる」ということだ。「日本一のRubyの会社になるには、どうすればいいのか。エンジニア全員が考えるようになった」と是澤氏は振り返る。
さらには考えのみならず、行動も変わった。現場からどんどん要望が上がってくるようになったのだ。Speeeでは現在、個人が自宅で運用するサーバー費用を月1万円まで負担している。この制度もエンジニアから声が上がり、できたものだ。是澤氏は「ここがやりにくい、こうして欲しいという声が以前に比べて上がるようになった」と語る。それだけではなく、週に1回行っているエンジニアミーティングにも変化が現れた。以前は井原氏が一方的に話をするだけで、時間も15分程で終わっていた。しかし今では30分くらいLTの時間が設けられている。アウトプットする文化自体が社内に根付いたのだ。
とはいえ、「日本一のRubyの会社になる」という高い目標を掲げただけで、このような文化がすぐに醸成されたわけではない。井原氏は「とにかく、何で困っているのか、どうしたらいいのかを考え、主張しろ、と言い続けた」という。「自分たちがいる環境を良くしていけるのは自分たちだけ。会社はそれを支援することしかできない」からだ。また、上に立つ者としても失敗した者を責めないことを重要視し、エンジニアには「どんどん挑戦して、どんどん(次につながる)正しい失敗をして欲しい」と、説いている。その結果、以前はすごく静かだった社内が、活発にコミュニケーションをとる環境に変化していった。
Speeeが技術力を重視する会社へと変貌を遂げている姿は、徐々に外部のエンジニアの世界にも広まっていく。それを実感できたのが、2016年9月に京都で開催されたRubyKaigi 2016での出来事だ。「登壇したうちのエンジニアが会場の参加者に『Speeeを知っているか』と尋ねたところ、7割ぐらいの人が知っていると手を挙げてくれた。そのときフェイズが変わってきたな、と思った」と是澤氏は語る。前年に同様の質問をした際には、3割程度の認知度しかなかったというから驚きだ。技術を磨いていることが認知されてきたため、採用面接でも「どういう技術をつかっているか?」「技術に力を入れている会社か?」という質問内容ではなく、事業の内容やビジネスの展開といったことを聞き、「自身の技術力がどう貢献できるか?」ということを意識して会いに来てくれる人が増えたという。
チャレンジしては失敗して、を繰り返し、少しずつ成果を出してきたSpeee。その最大の成果が、冒頭で述べたRubyのコミッターを採用できたことである。「念願だったことが1年半で実現できた。井原さんによる改革がなければ、このような人材は採用できなかったはず」と是澤氏は顔をほころばせる。井原氏も「コミッターが採用できるまでになればいいねと話していた。それがこんなに早く実現できるとは」と満足そうに語る。
Rubyのコミッターを採用できたのは、面接に来るエンジニアの質が変わったこともあるが、「日本一のRubyの会社になる」ため、採用基準を高く設定したことも大きく影響している。「以前に比べると少しはレベルの高い人たちに会えるようになってきたと思う」と井原氏は語る。
変革した仕組みや体制を自分たちのモノにしていく
テクノロジーやエンジニアリング組織、さらにはエンジニアの意識の変革においても成果を出しているSpeeeだが、現状に満足することなく「もっと精度を高めていきたい」と是澤氏は語る。なぜなら、例えば積極的にアウトプットする文化にしても「今はまだ努力してやっている段階。それを意識しないでできるレベルにまで高めたい。OKRの仕組みや制度も、自分たちのモノにしていきたい」と考えているからだ。井原氏も「今はまだ、『オープンソースにコミットしましょう』と言わないと動けない人も多い。こういうことを、息をするように自然にできる段階まではまだ距離がある。その状態にまで早く持って行きたい」と意気込む。
現在、週3日Speeeに出社している井原氏は「組織を本気で変革するには、がっつり取り組まないとできない」と熱く語る。単なる技術指導者としての役割だけにとどまらず、顧問がここまで深く組織に関わるケースは珍しい。Speeeと井原氏の本気がうかがえるが、だからこそ、改革がここまで順調に進んできたのだろう。
その一方で、井原氏は「自社のビットジャーニーでもサービスを充実させていきたい」と意気込みを語る。偶然にも取材日の3月1日は、ビットジャーニーが開発した情報共有ツール「Kibela」のリリース日。「ぜひみなさんに使ってもらいたい。顧問の業務をせず、自社サービスの開発だけにどっぷりつかっていくという選択肢もあったんですけど」と笑う。
とはいえSpeeeの組織改革はまだ途上。経営陣が次の課題として挙げたのが、ディレクション部分の変革だという。「どういう基準でモノを作っていくのか。ディレクションの基準も変えていきたい。井原さんにも入ってもらい、変革に取り組んでいく」と是澤氏は展望を語る。
Speeeのさらなる変革に向け、井原氏と是澤氏の二人三脚はまだまだ続く。