「ダッシュボタン」で法人営業担当者の業務効率化を実現
求人メディアや人材紹介サービスを中心に、企業の人事課題に多彩なソリューションを提供するパーソルキャリア。パーソルグループ全体では13か国・国内外680拠点でサービスを展開し、従業員は4万5000人を超え、総合人材企業として日本最大級を誇る。そんなパーソルグループのパーソルキャリアのテクノロジー本部 BITA統括部 シニアコンサルタント 上源氏により、法人営業部門の課題に対する新しく手軽な解決事例と旧来型アーキテクチャの刷新という重く厄介な解決事例の2つが紹介された。
まず前者については、BITA統括部に、「営業活動する時間がない」という法人営業部門からの相談が持ち込まれたことに始まる。法人営業部門では、営業担当が対応する顧客数が多く、「架電や訪問の時間がない」「インバウンドで顧客接点を持ちたい」という課題を抱えていた。
営業担当は、リストをもとに電話をかけ、ニーズがなかった場合や不在の場合は、後日リピート確認を行っている。このアプローチの効率化が求められていた。
そこで上源氏は「IoTダッシュボタン=anダッシュボタン」を採用し、顧客が求人掲載のニーズがある際には、1回押すと「掲載したい」、2回押すと「相談したい」というメッセージが営業担当者に通知され、対応できるようにしたという。
ダッシュボタンを押すとLTE-M(IoT向け通信規格)を通じてAWSにつながるようになっている。AWSのIoT 1-ClickサービスでLambdaが呼ばれ、Pythonで書かれた判定条件で処理を決定し、SNSを通じてショートメールが営業担当のスマホに届くといった流れだ。Lambdaでは言語を自由に選べる上、1~2年目のエンジニアでも1人月未満で作成可能なレベルだ。モバイル用SNSの接続性を鑑みると東京リージョンが望ましく、ダッシュボタン自体は7980円/1台でボリュームディスカウントも可能だという。
AWSのサービス一覧からIoT 1-Clickを選択し、そこからサポートされているデバイスを購入するか、もしくは既に所有しているならデバイスのIDを登録すれば設定が完了する。SNSメッセージの届け先やメッセージの内容などが登録でき、Lambdaに引き渡す変数を設定することができる。変数は複数設定でき、例えば複数の送付先にメールやメッセージを送ることも可能だ。
ここで上源氏は、本セッション用にカスタマイズした内容をデモンストレーションした。顧客からダッシュボタンで連絡が来たらショートメールに記載されたURLをクリックするだけで、Lambdaの処理によって非公開のS3から公開用S3にデータが移され、本番環境にリリースされる流れだ。公開されるとSNSを通じてショートメールで完了メッセージが届き、そこから公開を取り消すこともできる。
上源氏は「営業担当からエンジニアに本番環境へのリリース依頼が必要で、タイムラグが生じていた。しかし、このシステムで非エンジニアでも本番公開作業が可能になる」と説明し、さらに開発のポイントとして「AWS IoTを端末登録するとLambda、CloudWatch、SNSが設定される。SNS宛先を登録すればすぐに利用でき、サーバレス&従量課金のため安価・安全。また、ボタンの押し方に応じた処理をLambdaで設定する際にも好きな言語で対応が可能」と紹介した。
なお前述の実際に導入されたシステムでは、運用費は月々1万円にもならないシンプルなコミュニケーションながら、導入企業の半数以上が利用し、うち6割が成約にも至った。さらに、インバウンド顧客接点ができ業務効率化にもつながったのは成果だという。ただし、サービス自体が閉鎖されたこともあり、利用促進や追加改善などにまでは至らなかった。
上源氏は「今後は高齢社会、スマホの高機能化などにより、ITリテラシーの格差が発生してくると考えられる。ワンボタンで何らかの対応ができるというのは、そうした課題を埋めるツールとしてのポテンシャルがあるのではないか」と語った。
アーキテクチャ負債を刷新するための3つのポイント
後半はガラリと内容が変わり、パーソルキャリアが運営する転職求人情報を掲載する「doda」サイトのシステムのアーキテクチャの取り組みについて紹介された。
上源氏は「新規機能・サービスは新技術で開発できているのに、既存システムのアーキテクチャにさまざまな負債を蓄積させていませんか」と会場に問いかけた。IT関連のメディアでは、新しい技術や仕組みについて盛り上がる記事が多く見られるが、古いサービスはそのまま取り残されることも多く、負債としてみなされることも少なくない。
古いアーキテクチャの例として紹介された、仮想基盤や昔ながらのクラサバ構成、CentOS 6系、Apache 2.2系などは、いずれも「doda」サイトが抱えてきたものだという。これらを1つずつ解消し、アーキテクチャを進化するためにはどうしたらいいのか。上源氏は刷新にあたって注意したいポイントを3点紹介した。
1つ目は「やみくもな最新化はNG」ということ。ビジネスへの影響や改善する際の投資効果の高いものから優先的に実施することが大切だ。システム規模が小さい場合はともかく、大きいものはドラスティックに変えていくことは難しい。正しく課題を整理し、投資効果なども鑑みながら優先順位をつけることが大切だ。
2つ目は「アーキテクチャの進化だけではNG」ということ。エンジニア進化/コストなどリリース後の開発/運用も考慮する必要がある。「doda」サイトでもSVNを捨ててGitも導入したというが、masterブランチを壊すなど「Gitのあるある」を起こしてしまったという。新たに取り入れる技術についてはエンジニアの習熟度や技術の枯れ具合・手探りにならないか等も適切に考慮して進める必要がある。
3つ目は「単発の開発はNG」ということ。負債が発生する構造/ポイントを把握し、負債を生まない仕組みも検討することが大切だという。年間を通してどのタイミングで改修するかを計画しており、突発的に起きるトラブルの可能性があるも考慮して、余裕を持ってリソースを確保している。なお課題整理の一環として、下記のようなシートを使っており、それぞれの部分について、エンジニアにひたすら課題を書いてもらい、整理した。それを見ながら具体的に手をつけるところ、合わせて改修するところなどを見ていったという。
システムの課題を正しく整理して可視化
この他、上源氏が行っていたのが、ソフトウェアの構造を正しく可視化して、問題やあるべき姿について把握することだ。実際、JSPにビジネスロジックを混在させMVCモデルを無視して作っていたり、静的解析ツールを入れているのにアラートが数千以上もあったりといった問題も散見したという。
さらに、リーン開発の阻害要素の抽出も行われていた。企画、設計、開発、デモ、テスト、リリース、運用、効果フィードバックと続く流れの中で、どれだけ歩留まりがあるか、調査したという。そして、もう1つQCDの課題整理として、設計・製造・テスト・運用保守の各工程で課題と解決手段について洗い出しも行っている。そして、それぞれの課題の要因や対策の傾向をブレイクダウンして分析したものも紹介された。
これらを踏まえ、課題に対してどのようなビジネス要求や実害があるべきか、本来はどうあるべきか、そして投資効果などについて検討された。投資効果に関しては単にコストとしてだけでなく、セキュリティ要件なども含めて整理している。
上源氏は「エンジニアの視点から『やりたいこと』『やれること』というより、いったん客観的に図式化し、全体を整理することで、限りある人・モノ・金の適切な投資先について考えることができる。また、一気に進めるのではなく、リファクタリングからプロトタイプの構築、想定していた効果や実装方式の検討に至るまで、徐々に進めていくことが望ましい」と語る。そして、テーマについてタスクの洗い出しを行い、進め方を図式化する様子を紹介した。
そして、上源氏は「あまりいいたくないが」と前置きしつつ、「最後はマインドが大切」だと語る。時には経営層や承認者から理解を得ることが困難な場合もあるが、エンジニアが意欲を持って働く環境をつくるという観点からも、より良いシステムを提供するために強い意志を持って負債に挑む必要があるというわけだ。そうした上源氏らテクノロジー本部の努力のもと、「doda」サイトの表示スピードが劇的に向上するなど、目に見えた成果が得られつつあるという。
最後に上源氏は「正しく整理して可視化し、熱意を持ってしっかりと取り組んでいくことで、エンジニアが快適にやりがいを持って働ける環境づくりがかなうのではないか。それが、事業成長にもつながっていくことが望ましい」と語り、セッションのまとめとした。
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