不安の正体を見える化して、ビジネスとの共通課題として取り組む
2つめの壁は、「不明の壁」である。どこに向かっていくか? の前に何がどれだけあるのか、その現在地も分からない状態。エンジニア自身何も見えない中、それぞれがそれぞれの主観で目の前の事象を捉え続けてしまった結果、感情がすれ違い、不安に陥って「絶対負債の返済担当にだけはなりたくない」などと怯える日々が始まった。
「不安のメカニズムは『よく分からない』ことだ。見えてしまえばそれはバグや機能追加と同じ」と述べる柴戸氏は、負債やメトリクス、ケイパビリティを見える化した。そして、客観的指標として、日本CTO協会監修「DX Criteria」と、数年の科学的な調査研究に基づく組織改善の仕組みを解説する『LeanとDevOpsの科学』を参考に、開発組織のケイパビリティを指標化。ケイパビリティ/満足度と期待度/優先度を軸に4区分し、現状の弱みを区分けすることで、どうすれば強みに変えられるのかを明確にして、四半期ごとの目標設定とした。
メトリクスやケイパビリティを見える化し、取り組んだ結果、負債をネガティブなものではなく、むしろモチベーティブなものであると認識が変わり、達成感や貢献の実感が湧くようになった。また、見えてしまえば、それは負債ではなく、課題やバックログであるということの体験も進んだ。何とトレードオフした結果なのかも明確になり、納得して課題に取り組めるようになったという。
「最初の壁と同様、この壁についても、形からでもいいので、指標を決めてモニタリングすること。それから外部のベストプラクティスを取り入れて、愚直に継続することが重要。PDCAを回し続ければ結果は自ずとついてきて、数字が良くなればメンバーや組織の自信につながる」(柴戸氏)
最後の壁は、「断絶の壁」だ。組織状態の偏差値が43.1だった当時、エンジニア組織は事業部門との関係が決して良いものとは言えず、コミュニケーションがすりあわなかった。次第に何を言ってもダメだとあきらめの感情が蔓延してしまった。
この状況を打破すべく、柴戸氏は二元論ではなく、協働できるようにするために、共通目的と接続し、さらに伝わる言葉で翻訳する取り組みを始めた。
接続では、たとえば、システムのパフォーマンスが低下している場合、「このままでは、○カ月後にはボトルネックとなり、ユーザーの解約やクレームの原因になる可能性が高い。解消するには、◎人のリソースを投資すればいい」と説明する。テストの自動化が必要であれば、「4回程度で手動テストと自動テストのコストが逆転し、内部品質への投資の損益分岐点は1カ月以内に現れるというデータがある」と、信頼できる調査結果などを参照しながら説得する。
翻訳では、相手の頭の中にあるものに言葉を置き換えて現状を伝える。たとえば、「AWSの長期間停止はJRの全線停止と同じである」「手戻りは普通のハンバーグの注文に従って調理したのにやっぱりチーズインハンバーグにしたいと言われるようなもの」といった具合だ。
試行錯誤の結果、他部門の理解が進んだだけでなく、エンジニアたち自身の事業理解も進み、部門間の関係が改善していったと柴戸氏は述べる。
以上の3つの壁を乗り越えたことで、2020年にはテストカバレッジが0%から90%に上昇、デッドコードも2万行の削除に成功し、重い処理のレイテンシーも3秒にまで改善。組織状態の偏差値は77にまで向上したという。
「ただコードをきれいにするだけでは、目先の結果しか得られない。負債を返済するには、3つの壁を乗り越えていかなければならない。これにより、『DXの向上』『ユーザーエクスペリエンスの向上』『事業の成長』という良好なサイクルが回り始めた。今後も負債という共通課題に向き合いながら、DX改善を続けたい」(柴戸氏)
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