2月17日(木)に開催された「ITエンジニア本大賞 2022」の大賞を決めるプレゼン大会には、一般投票で技術書部門とビジネス書部門のベスト3にランクインした本が進出しました(「Developers Summit 2022」内にて開催)。
技術書部門
- 1日1問、半年以内に習得 シェル・ワンライナー160本ノック(上田隆一他、技術評論社)
- 機械学習を解釈する技術~予測力と説明力を両立する実践テクニック(森下光之助、技術評論社)
- 達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)(David Thomas他、オーム社)
ビジネス書部門
- 進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」(太刀川英輔、海士の風)
- ビジネスデザインのための行動経済学ノート バイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする(中島亮太郎、翔泳社)
- プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで(及川卓也他、翔泳社)
プレゼン大会では本の著者や協力者が登壇し、その魅力をアピール。視聴者と特別ゲストの投票により、今年度の大賞は技術書部門は『達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)』、ビジネス書部門は『プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで』が選ばれました。
どの本も多くの読者を得ており、大賞との得票数の差は大きくなかったのではないでしょうか。両書の受賞をお祝いしつつ、本の読みどころや執筆経緯などが紹介されたプレゼンの内容をお届けします。
技術書部門:1日1問、半年以内に習得 シェル・ワンライナー160本ノック
技術書部門のベスト3に選ばれた『1日1問、半年以内に習得 シェル・ワンライナー160本ノック』のプレゼンには、著者陣の代表として上田隆一さんが登壇しました。
本書はシェル・ワンライナー(シェル芸)に関する問題を500ページ弱も解き続ける本で、上田さんいわく「一見誰が読むのか」という内容。上級者向けに思えますが、実際にはシェルとコマンドの基礎が解説されており、初心者がつまずかないような配慮もなされているとのこと。ファイル操作がおぼつかないときはGUIを利用してもよく、さらにLinuxをセットアップしなくても取り組めるそうです。
非常に特徴的な本書が執筆されたきっかけは、シェル・ワンライナーの問題を解くシェル芸勉強会にありました。この勉強会は10年ほど続いており、参加し続けるには知識だけでなく問題に取り組む真摯さが非常に大切。いろんな力量の人がいて、問題を解こうとする人は楽しそうに参加しているといいます。
そして、そうした参加者の中から雑誌の連載を持つ人が生まれ、上田さんとともに本書を執筆するに至ったとのこと。10年の歴史が集大成したことが読者に伝わっているのか、売れ行きも好調で評価も高く、本書と読者のミスマッチは起きていないようだと上田さんは話します。
端末でのファイル操作が身につくなど実用的な面もありますが、著者陣の願いは「コマンドの打ち込みから実行キーを"ッターン!"とできる人が増えること」だそうです。
技術書部門:機械学習を解釈する技術~予測力と説明力を両立する実践テクニック
次に『機械学習を解釈する技術~予測力と説明力を両立する実践テクニック』の著者、森下光之助さんが登壇しました。森下さんはデータサイエンティストとして活躍しており、仕事で直面しているAIや機械学習(ディープラーニング)のモデルに関する課題を解決する手法を本書で提案しています。
機械学習はあらゆる分野で利用されていますが、特に現代のAIの根幹技術であるディープラーニングが持つ解釈性(説明力)の低さが問題として挙げられます。すなわち、AIがなぜその結果を出したのかの理由を知るのが難しい、ということです。例えば、AIを用いてローン審査をしたとき、「返済確率が低い」という結果が出ても、なぜそうなのか説明できないということです。これでは困る場面が少なくありません。
しかし、予測の精度が高いモデルは解釈性が低く、予測力と解釈性にはトレードオフがあります。そこで、本書では予測力の高いモデルを使用しながら高い解釈性を求めるための手法が紹介されています(線形回帰モデルを起点にする4つの解釈手法)。
言葉と数式だけでなく、エンジニアが利用しやすいようにPythonのコードとアルゴリズムで実装する方法も解説。これからますます身近になるAIや機械学習を、エンジニアが自信を持って使えるようになるための本です。
達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)
技術書部門の最後に登壇したのは、『達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)』の協力者として活動されている角谷信太郎さんです。20年前の初版に大きな影響を受けた1人として、本書を若手に勧めたいとのこと。
本書は『The Pragmatic Programmer 20th Anniversary Edition』の邦訳で、プログラマーがどんな技術を習得し、どのように生産性を高めるかが語られています。第2版は20周年記念版となり、内容の1/3が書き下ろし。ETC原則、ポリグロットとマルチパラダイム、継続的アーキテクティングなど新しい内容が増えているため、第1版を読んだ人でも発見があると角谷さんは話します。
その中でも序文が著者のウォード・カニンガムさんからCodeNewbieの創業者兼CEOのサロン・イットバレクさんのものになったことを挙げました。本文に関しても、「プログラミングはプログラマーの世界の一部でしかない」「ソフトウェアは建築よりもガーデニングに近い」といった言葉に感銘を受けたそうです。
この20年で多くのことが変わった一方で、変わっていないこともあります。プログラマーのキャリア全体について、そしてその仕事が課題の解決であること、プログラミングには研鑽が必要であることなどです。プログラマーは単なる仕事ではなくキャリアであり人生である、と角谷さんは締めくくりました。
ビジネス書部門:進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」
ビジネス書部門で最初に登壇したのは『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』の著者、太刀川英輔さんです。
太刀川さんは創造性とは何で、限られた人だけが持てるものなのかを疑問を抱き、考えるうちに「創造性には構造があって誰でも学ぶことができる」と結論。その構造が生物の進化に似ているため、進化のメカニズムから創造性を学ぶことをテーマに本書を執筆したそうです。
進化は変異と適応の連続で起こり、その繰り返しによって新しいものが生まれます。人間の頭の中で起こる創造性に置き換えると、変異は妄想であり、適応は観察です。創造性にはたくさん妄想することが大切ですが、手法の類型は9種類と意外に少ないと言います。例えば、量が変わる、何かに似る、何かを失う、何かと合わせるなどがそうです。
適応、言い換えると観察の手法はどうか。これには解剖して詳細を見る、生態を捉えて全体を見る、未来を予測する、系統的に過去を調べるという4種類しかないと指摘します。これらの手法によって相手の考えや物事の原因を知ることができるようになります。
人類はこれまで変異と適応の技術を磨いてきましたが、そのことを学べるような教育機会は多くありませんでした。だからこそ、太刀川さんは進化思考を学ぶことで誰もが自分の力で発明し、発見できるようになってほしいと訴えます。創造できる人が増えれば、世の中はもっと面白くなる。その手助けをしてくれるのが本書だということです。
ビジネス書部門:ビジネスデザインのための行動経済学ノート バイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする
次に登壇したのは『ビジネスデザインのための行動経済学ノート バイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする』の著者である中島亮太郎さんです。
本書は行動経済学の知識をビジネスで実践するための本で、中島さんが勉強していた内容をnoteで書いていたら執筆機会に繋がったそうです。
プレゼンでは行動経済学を実践する一例として、ユーザー理解のための方法について紹介。ユーザーとビジネスを繋ぐのが製品やサービスなどのプロダクトですが、ビジネス側の視点だけではなかなかユーザーに振り向いてもらえません。ビジネスを成功させるにはユーザー理解が欠かせませんが、ユーザーは機械とは違っていつも同じ判断をするわけではなく、間違うことも多々あります。
それでも情報をインプットし、判断を下して行動というアウトプットするのは同じです。では、いったい何がユーザーに影響を与えるのでしょうか。それこそがバイアスとナッジという、行動経済学で中心的な考えとなっている要素です。
バイアスとはユーザーが受ける影響のこと。例えば、人は相手の立場や対象の人数によって態度や行動を変えます。ダメと言われたらやりたくなりますし、きりのいい数字で枠組みを捉えようとします。
そしてナッジとは、どのように人に行動を促すかの仕掛けです。ナッジは設計されてあることが大切で、例えば、楽しそうだったら人は自然と目を向けます。トイレの注意書き(いつも清潔にご利用いただきありがとうございます)が目に入れば、自然とトイレを汚さないような行動を取ります。あるいは、ギブ&テイクで行動を促す方法もあります。
これらのバイアスとナッジをどう組み合わせるか、さらにプロダクトにどう組み込むかが解説されているのが本書。ユーザーとビジネスを繋ぐプロダクトを繋ぐためのアイデアが詰まっています。
技術書部門:プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで
技術書部門の最後に登壇したのは、『プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで』の著者の1人である小城久美子さんです。
小城さんは「なぜITエンジニアがプロダクトマネジメントを知る必要があるのか?」とテーマを設け、プロダクト開発においてマネジメントがないとどんな悲劇が起こるのかから説明してくれました。
魚の絵をプロダクトとし、顧客からは「ヒレがダサい」、SNSでは「鼻があったほうがいい」、上層部には「これからは陸上歩行の時代」とそれぞれ言われたとします。よりよりプロダクトを作ろうとしてすべての意見を取り入れると魚の化け物が生まれてしまいますが、その結果、誰にも喜ばれません。
これがプロダクトマネジメントのない状態です。何が問題かというと、プロダクト開発において一貫した強い軸がないこと。指摘はすべて正しかったとしても、様々な正しさの中から自分たちの目指す正しさのために取捨選択する必要があります。その基準となるのが強い軸であり、これがなければプロダクトには機能が増え続けてしまいます。
この軸を作る方法を幅広い視点と領域で解説しているのが本書です。プロダクトは誰を対象にしたものなのか、プロダクトでその人をどんな状態にしたいのか、そうした軸となる考えをイメージできるようになるとのこと。特に、会社が大きくなればなるほど分業することになり、チーム全体で一貫した軸を持つことが難しくなります。それを一貫させるのがプロダクトマネージャーの仕事です。
もちろん、プロダクトマネージャー1人ですべてを考えきるのは至難の業。そこで、プロダクトマネジメントの方法をいつでも振り返られる辞書として本書が執筆されたとのことです。
特別賞と大賞が決定
特別ゲストの日高由美子さん(株式会社TAM アートディレクター)は、特別賞として『進化思考』を選出。また、もう1人の特別ゲストである和田卓人さん(プログラマ、テスト駆動開発者)は、『達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)』を選出しました。
大賞は前述のとおり、技術書部門が『達人プログラマー 熟達に向けたあなたの旅(第2版)』、ビジネス書部門が『プロダクトマネジメントのすべて』に決定。
ITエンジニアとして何を学ぶべきか、プロダクトをどのようにマネジメントすればいいのかという、いずれも大きなテーマを書き上げた本が受賞することになりました。まだ読んでいない方は、ぜひこの機会に読んでみてください。