SHOEISHA iD

※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます

CodeZine編集部では、現場で活躍するデベロッパーをスターにするためのカンファレンス「Developers Summit」や、エンジニアの生きざまをブーストするためのイベント「Developers Boost」など、さまざまなカンファレンスを企画・運営しています。

救急医療の現場で動き始めたDXの舞台裏(AD)

全国の救急医療現場が抱える課題とは?――DXに取り組む医療スタートアップに訊く、"命を救う"ためのシステム開発

一人でも多くの命を救うためのシステム開発とは? 救急医療の現場で動き始めたDXの舞台裏 第1回

  • X ポスト
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 患者が目の前にいれば、その生命を救えるのは医師だ――。しかし、患者が医師の前に運ばれる前に残念ながら失われてしまう命がある。だが、ITエンジニアが生み出す新しい世界では、失われるかもしれない命をより多く医師に運ぶことができる。救急集中治療の現場で奮闘する医師でありながら、アプリを開発するエンジニアでもある園生智弘氏が作り出した"救急隊を巻き込んで進化する医療システム"は、デジタル化にとどまらずプロセス自体を変革して新しい救急の現場を実現しようとしている。救急隊や救急集中治療の現場に新風を巻き起こすテクノロジーの進化について園生氏に話を伺った。

  • X ポスト
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

FileMakerとの出会いは救急症例データベースを構築するため

 新型コロナウイルス感染症拡大により、医療現場が逼迫しているというニュースが世間をにぎわす機会が増えた。その一つの状況として顕在化したのが、救急搬送のたらい回しの頻発である。救急搬送のたらい回し現象が起こる背景には、医療業界がレガシーな仕組みからなかなか脱却できていないことが一因として挙げられる。レガシーな仕組みであるが故にスムーズな救急搬送が実現できない場面があるのが実情だ。

 そんな医療現場のDXを推進すべく、システム開発を行っているのが、園生氏が率いるTXP Medicalである。園生氏は大学卒業後、東京都文京区にある東京大学医学部附属病院病院(以下、東大病院)、茨城県日立市にある日立総合病院で10年以上救急集中医療医として救急集中治療の臨床業務に従事してきた。

TXP Medical 株式会社 代表取締役 園生智弘氏
TXP Medical 株式会社 代表取締役 園生智弘氏

 「最初に課題を感じたのは、後期研修医になった頃からです」と園生氏。2012年に園生氏は東大病院の救急・集中治療部の医局員として入局した。東大病院は園生氏が入局する2年前に救命救急センター(厚生労働省指定)を受けていたが、「2012年当時はExcelの簡単な入院台帳のみで、まともな症例データベースがありませんでした」と園生氏は振り返る。

 病院に搬送されて救急部からICU(集中治療室)に入院した患者の情報は、後期研修医などの若手医師がExcelに入力する。一方、救急外来で帰宅した患者や他の科に入院した患者は、日々膨大な臨床業務を行っているにもかかわらず、データベースに入力しないので形が残らない状態だった。

 「日本を代表する大学病院である東大病院がこのような状態なのはどうなんだろうって。そこで数名の同期と救急のデータベースを作ろうという話をして、東大救急症例データベースを作ることにしました」(園生氏)

 東大病院の救急症例データベースのプラットフォームとして選んだのが、Claris FileMakerだった。「FileMakerの選択には特段の理由はなかったです」と園生氏は話す。というのも医療従事者の間で、Excelでデータ管理するのが大変になってきたら、次に選ぶのはFileMakerがベストだと選択肢は決まっていたからだ。

 「初期研修医の時は呼吸器内科や循環器内科などいろいろな診療科を巡りましたが、多くの診療科のカンファレンスでFileMakerで作った資料が活躍していましたし、私たちより年長の医師も、FileMakerを使って日々の業務をこなしていました」(園生氏)

 当時の部長クラスの先生方の間でもFileMakerの利用は一般的であり、例えば、京都府立医科大学附属病院集中治療部の橋本悟氏や国立病院機構大阪医療センター 産婦人科医の岡垣篤彦氏、都立広尾病院 小児科医の山本康仁氏などがその代表例だ。いずれも医師という仕事に従事しながら、FileMakerで院内データベースを構築した。

 医療の業界ではClaris FileMakerが当たり前のように使われていたので、園生氏がFileMakerを活用するようになるのは既定路線だった。だが園生氏が初めてFileMakerに触れたとき、Excelとの使い方の違いに戸惑い、「当たり前ですがレコードを追加しないと情報を書き足せないことに、多少、面倒くささを感じたこともありました」と明かす。

 院内における救急症例のデータベースを構築した園生氏は、医療ITで業界を変えていきたいという思いがどんどん強くなり起業を決意。救急の専門医でありながら、2017年8月に立ち上げたのがTXP Medical株式会社である。同社のビジョンは、「複雑性の高い医療現場にテクノロジーを導入し、データに基づく意思決定を当たり前にする」。この言葉通り、同社は医療現場のDXを推進するためのシステム開発に取り組んでいる。

患者情報記録管理システムをFileMakerプラットフォームで構築

 同社が2018年2月にリリースした「NEXT Stage ER」は救命センタークラスの大病院救急外来に特化した患者情報記録管理システム。基本機能として救急隊情報記録、医師カルテ、トリアージ、データ解析機能を提供している。

NEXT Stage ER
NEXT Stage ER

 救急医療・急性期医療の現場で課題となっているのが、医療機関同士や自治体が運用する救急隊と医療機関、さらに病院と製薬会社間など、異なるレイヤーで医療データが分断されていること。「救急車で運ばれた患者が初期の印象で軽症と判断・記載されたが、実際には重症で入院治療、さらに亡くなっているケースもあります。しかし、データがつながっていないので、軽症と初期判断された人のうち何割がどのような転帰を辿っているのか分からないのが現状です」(園生氏)

 もちろん、手を打たなかったわけではない。地域の自治体・消防本部から病院に対して、紙で予後調査票を送付するという仕組みはある。だが、これは病院にとってアドオンの業務であり、一般に調査票の返送率は高くない。このように医療の現場では「紙」での運用が一般的であり、予後調査票以外にも、救急隊から渡される搬送情報や病院間でやり取りされる紹介状など枚挙にいとまがない。

 「院内では医療情報は電子カルテを用いていますが、電子カルテはインターネット回線につながっていませんので、外部とのやり取りの多くは紙や電話・FAXが多く使われ続けています。特に救急は、紙での運用が多いです。そこで私たちは救急搬送・救急外来・集中治療室でデータを流通させる業務をプラットフォームとしてNEXT Stage ERを提供しました。情報を見える化し、正しい意思決定ができるようになるだけではなく、必要最低限の情報を同一フォーマットで流通させることで、情報の再利用が容易になります」(園生氏)

NEXT Stage ERのカルテ入力画面
NEXT Stage ERのカルテ入力画面

 それだけではない。救急車利用の軽症者割合が昨今、問題となっていることから、有料化の議論がなされている。だが、先述したように、「軽症者として診断されるのは、診察が始まる前の初期対応段階だったりする。先に述べたように、予後のデータとつながっていないので、本当に軽症だったのかどうかもわからない。私たちが開発したNEXT Stage ERを導入すれば、正しいデータに基づいた医療政策の策定ができるようになります」(園生氏)

NEXT Stage ERでは、電子カルテへの記載、業務情報共有、研究・分析用のデータ利用が可能となる
NEXT Stage ERでは、電子カルテへの記載、業務情報共有、研究・分析用のデータ利用が可能となる

 救急の現場におけるデジタル化の対象は紙だけではなかった。それがホワイトボードによる情報共有である。「電子カルテは会計管理に関わるシステムなので、保険証などの身分証で確実な人員特定をした上でないとシステムへの登録自体ができません。しかし、救急外来の患者においては人員特定の前に、大量の臨床情報が生じます。この情報を電子カルテで取り扱うことができません」と園生氏は話す。

 救急隊からは「橋で倒れていた推定60代の男性。氏名不詳。血圧50、脈拍は120で低体温」といった情報のみで受け入れることもある。「このような患者は、氏名もわからず、電子カルテに登録できないので、ホワイトボードで情報共有することが一般的なのです」(園生氏)

 つまり救急外来の現場では、救急隊から電話でもたらされた情報を手書きでメモし、それをホワイトボードに書き写すという運用になっているのだ。だがこの運用をそのまま電子化することはできない。電子化するには厚生労働省が策定した「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を遵守する必要があるからだ。

 「ホワイトボードなら誰でも情報を書けるのに、電子化した瞬間に、ログイン認証が必要になります。また端末から離れるときはログアウトしなければなりません。ですが救急や災害時の医療情報の共有においては、関係者が情報をすぐに更新可能でかつ、共有できることこそが重要です。もちろん医療情報はセキュリティを担保しなければならない情報です。災害時や救急医療現場では、情報共有のメリットの方が大きいため、ホワイトボードが使用され続けています。救急の現場においては、医療情報のセキュリティと、情報共有によるメリットの両立を実現するITシステムの構築が事実上不可能であったため、なかなか手がつけられていませんでした」(園生氏)

救急隊・ドクターカー向けアプリ「NSER mobile」を開発

 Claris FileMakerプラットフォームを基盤とする「NEXT Stage ER」をリリースした翌年の2019年初頭、TXP Medicalは救急隊・ドクターカー向けアプリの追加開発に着手した。先述したように、救急隊と病院の間はデジタル化されておらず、救急隊は現地到着後、病院と電話でやり取りをして、受け入れ可能な搬送先病院を見つけるのである。しかもほとんどの病院では、救急隊からの電話を受けた人が即時判断できなければ、判断できる担当医に院内PHSで電話をかけ、判断を仰ぐというような運用になっている。

 「病院でのやり取りは1件あたり約5分。断られたら、再び「橋で倒れていた推定60代の男性。氏名不詳。血圧50、脈拍は120で低体温」といった情報の伝達を受け入れ先の病院が見つかるまで何度も繰り返すのです。そういったやり取りに時間がかかればかかるほど、助かる命が助からなくなる可能性もあります。例えば99の医療機関に断られて100カ所目の医療機関で受け入れられたというワーストケースを考慮すると現状のオペレーションでは5分×100の8時間、しかしその交渉を同時に行うことができれば本来かかる時間は5分で済みます。以前からここに課題があることは医療従事者も救急隊もわかっており、学会でもそういった課題を解決する仕組みを作ろうという話は過去10年以上にわたり議論されてきていたのですが、なかなか実現しませんでした」(園生氏)

 実現しなかった理由として、「技術がそこまで追いついていなかったから」と園生氏は話す。救急隊が活動する現場は、端末に情報を入力するのには適していない。そのため手書きメモが一般的になる。だがここ数年でOCRや音声認識などAIを活用した入力支援技術が進化した。それらの技術を活用することで初めて、救急現場での情報入力が可能になる。そして2019年秋ごろ、TXP Medicalは救急隊アプリ「NSER mobile」をリリースした。

救急隊が使うアプリ「NSER mobile」
救急隊が使うアプリ「NSER mobile」

 リリース直後は「活動中に入力なんてできない」「音声入力できてもハンズフリーじゃないと意味が無い」などのフィードバックがあり、散々だったという。だが、プロダクトとしては満足度40点ぐらいのところからスタートし、音声入力だけではなく、音声コマンド入力やモニター画面の解析、免許証や保険証のOCR機能など超短時間で入力できる支援機能を高速でリリース、また病院側のNEXT Stage ERとのデータ連携により、救急隊から病院までデータが一気通貫でつながることによる価値を伝え続けたところ、2020年夏ごろからその構想に賛同する医者や病院仲間ができたという。

 広島県福山市の大田記念病院はその一つ。同病院の院長の強力な推薦もあり、2020年12月10日より、福山市の救急隊で全救急隊にアプリを持ってもらっての実証事業がスタートした。「救急隊情報のデジタル化が必要という思いだけではついてきてはくれません。NSER mobileはiPhoneやiPad上で稼働するアプリであるFileMaker Goで運用されています。音声入力やOCRについてはFileMakerから外部APIを叩く形で構築しています」(園生氏)

NSER mobileによる救急搬送先マッチングとNEXT Stage ERとの連携の仕組み
NSER mobileによる救急搬送先マッチングとNEXT Stage ERとの連携の仕組み

 病院側へのデータ送信はプッシュ形でNSER mobileのデータをWebダッシュボードに表示する形にしている。このダッシュボード上ではQRコードが表示され、このQRコードを読み込むことで、インターネット上のNSER mobileの情報を院内電子カルテ端末上のNEXT Stage ERに連携することができる。QRコードを用いることで、病院内外のデータの統合が実現された。

NEXT Stage ERでデジタル化された院内ダッシュボード
NEXT Stage ERでデジタル化された院内ダッシュボード

 福山市での活動を踏まえて、FileMakerで構築されたNSER mobileと院内のNEXT Stage ERの統合プラットフォーム全体のレベルアップを図っていった。

 そして2021年8月からスタートしたのが、神奈川県鎌倉市と鎌倉市医師会、TXP Medicalによる「次世代救急医療体制の構築に向けた実証事業」である。「鎌倉市でスマートシティへの取り組みを本格化させており、その一つの取り組みとして、NSER mobileによる救急隊との情報連携事業が行われることとなりました」(園生氏)

 鎌倉市以外にも日立市、滋賀県高島市、宮城県仙南地域など多くの地方自治体でNSER mobileが導入されており、北海道札幌市、愛知県豊田市、島根県出雲市、神奈川県横須賀市などででも新規導入が予定されているという。

 NSER mobileでは、救急隊が患部の写真を撮影し、現場がどのような状況であったのかも含めて画像で医師に事前に伝えることができる。怪我をした患者が運び込まれ、医師が患部を診察して初めて診療方針が決定するこれまでのプロセスとは異なり、患者が到着する段階で必要な医療器具を事前に準備しておけるのだ。

 カメラだけでなく、音声認識やOCR連携によって進化を続けるTXP Medicalだが、医師として現場を理解する園生氏は、現状に甘んじていない。部分的には「紙のほうが早いのが実情」と自己評価も厳しい。最低でも紙と同等の入力速度を実現し、さらに各レイヤーの業務オペレーション自体を統合・最適化してDXを進めていく必要があるという。「自分たちが作ったものが全国の救急医療の現場で採用され、それによって助かる命も増えるはずです。当社のFileMaker開発チームには、全国で誇れるメンバーが増えていますが、まだまだ加速していきたい。TXPでは、一緒に現場目線の救急ITシステムの提供を通じて命を救うシステム開発に携わってくれる仲間を絶賛募集中です」(園生氏)

今後も多くの地方自治体でNEXT Stage ERが導入される予定
今後も多くの地方自治体でNEXT Stage ERが導入される予定
NEXT Stage ERの導入状況(※2022年2月7日時点)
NEXT Stage ERの導入状況(※2022年2月7日時点)

45日間無料トライアルとCodeZine読者限定の割引プロモーション

 救急集中医療の最前線でも活用されているローコード開発プラットフォーム Claris FileMakerをまずは無料で試してみませんか?

 無料評価版は、すべての機能を45日間お試しいただけます。

 さらに、CodeZine読者限定の特別プロモーションとして、学習・テスト開発目的で利用可能な「FileMaker Developer Subscription」(年間9,900円/税込)を割引価格でご購入いただけます。

 さらに詳しくはこちらをご確認ください。

園生氏が登壇するライブWebセミナー開催!

 TXP Medicalがパッケージソフトウェアの開発基盤としてなぜFileMakerを選んだのか、医療DXを実現するための開発方法や開発組織について、また、FileMaker活用の先進事例など、進化を続けるプロダクト開発の裏側について代表の園生氏と、Clarisがディスカッションをします。

【開催概要】

  • セミナー名:救急医療プラットフォームを支えるFileMakerと開発組織
  • 開催日時:2022年5月19日(木)18:00~19:00

詳細・お申込みはこちら

この記事は参考になりましたか?

  • X ポスト
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

この記事は参考になりましたか?

この記事をシェア

  • X ポスト
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
CodeZine(コードジン)
https://codezine.jp/article/detail/15738 2022/05/16 12:00

イベント

CodeZine編集部では、現場で活躍するデベロッパーをスターにするためのカンファレンス「Developers Summit」や、エンジニアの生きざまをブーストするためのイベント「Developers Boost」など、さまざまなカンファレンスを企画・運営しています。

新規会員登録無料のご案内

  • ・全ての過去記事が閲覧できます
  • ・会員限定メルマガを受信できます

メールバックナンバー

アクセスランキング

アクセスランキング