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救急医療の現場で動き始めたDXの舞台裏(AD)

なぜ医療現場のDXは進まないのか? FileMakerが支える、救急医療システムの開発を阻む意外な"壁"

一人でも多くの命を救うためのシステム開発とは? 救急医療の現場で動き始めたDXの舞台裏 第2回

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 日本の医療は世界でもトップレベルと言われる。それを表すようにコロナ前は、アジア圏の富裕層を中心に、日本の高度な医療技術や検診技術を目的に訪れることも多かった。このように医療現場の技術は最高レベルにある一方で、それを支える仕組みのIT化は遅れているという。現場で働く医師たちはIT化、デジタル化を願いながらも、なかなか実現してこなかった。そこにはどんな背景があったのか。救急集中治療の現場で奮闘する医師でありながら、医療現場のDXを推進すべく、救急隊を巻き込んで進化する医療システム「NEXT Stage ER」の開発に取り組んでいる園生智弘氏に話を伺った。

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救急医療の現場に寄り添う技術を目指して起業した医療ベンチャー

 救急医を務めながらTXP Medica株式会社を起業し、「NEXT Stage ER」の開発、医療DXに取り組んでいる医師の園生氏。なぜ、医師でありながり医療ITベンチャーの起業に至ったのか、その背景を掘り下げていきたい。

 前回記事で紹介したとおり、Next Stage ERを開発するきっかけは、園生氏が医師3年目に東大病院の医局で働いていたとき。「東大病院をはじめとする大病院では多くの業務オペレーションが最適化されていないことを痛感しました。中でも救急領域の課題が大きかった」と振り返る。

 園生医師が東京大学医学部附属病院の救急・集中治療部で臨床業務に従事していた2012年〜当時の東京都において、救急隊が病院に連絡して一カ所目の病院で搬送先が決まる割合は60%程度と言われており、搬送先が決まらない場合は、救急隊は次々と他の病院に連絡して搬送先を決めていた。「連絡の手段は電話なので、なぜ搬送困難になったのかその理由がデータとして残りません」(園生氏)

 園生氏が参加している日本救急医学会でも、救急搬送の電話リレー方式はなんとかすべきというのが年齢に関係なく学会に参加している現場医師の共通認識だったという。救急搬送だけではない。「転院搬送も同じ状況が起こっていました」と園生氏は語る。東大病院の入院ベッドは常に詰まっている状態。救急搬送を受けても、患者を入院目的で別の病院に送らなければならないことも多々あった。

 「転院先を探すのは若手医師の仕事。周囲の病院の電話番号を調べては、搬送までの病歴、血圧、脈拍など患者の状況を伝え、転院を受け付けてくれるかどうかを聞くのです。そんな電話をしている中でも、救急隊からの電話がかかってくる。両手に電話を持ってのやり取りも日常茶飯事で、やる気のある救急の若手医師は『なぜ電話ばかりしているのだろう』と疲弊していきます。ITツールでなんとかなるはずと思うものの、それを実現できるアプリは登場しませんでした」

 課題は救急隊のオペレーションだけではない。データが残らないことにも園生氏は問題を感じていた。「毎日、何十回と電話口で患者さんの情報をやり取りし、ひたすらカルテも記載しているのに、振り返ると今年累計で何人の患者さんを診たのか、データが残っていません。症例の研究をしたいと思っても、数万にも上る患者さんの電子カルテを一人ずつ開いて、そこに書かれている情報に目を通して、集計するしかありませんでした」

医師の本業は患者を診ることだが、誰かが仕組みを変えないと未来は変わらない

 救急・集中治療の臨床現場でデータ蓄積の大切さに気付いた園生氏は同学年の医師とともにClaris FileMakerで症例データベースを作成し、園生氏をはじめとする研修医や後期研修医たちが空き時間に持ち回りで、左に電子カルテ、右にノートパソコンを置いてデータ入力をしていった。「それも、継続するのは難しかったです。熱意を持って入力するのは私を含めて数名で、症例データを溜めていくには限界がありました」

 データを右から左に移すような作業は、現場の医師が本来やるべき仕事ではないが、電子化しないと救急の状況の可視化はできないというジレンマに苦しめられた。そこで園生氏は電子カルテ上で動き、日々の業務とデータ収集が一体になった仕組みをつくることを思いつく。「このときにNext Stage ERの根幹となるコンセプトができました」

 その後、東大病院から移って茨城県日立市の日立総合病院で働いていた2016年に、Claris FileMakerの猛勉強をして、Next Stage ERのプロトタイプとなるものを構築し、実際にカルテ端末の上で動かすまでに至った。「学会で発表すると、興味を持ってくれる先生がたくさんいらっしゃり、アプリを紹介に来てほしいと言われました」

 だが、実際に出向くと、情報システム部門からダメ出しの連続。「うちの電子カルテ上で動かして、不具合が出たらどうするの。メンテナンスは誰がするんですか。日立市から来てくれるんですか、無理ですよね? と突っ込まれました」と園生氏は、当時を振り返る。

 救急領域で患者情報を記録し、それが研究データになる仕組みは必要だという熱い思いは他の病院の現場の医師たちと共有できた一方で、事務部門や情報部門の人たちからは相手にされない。「コンセプトを具現化するには、個人では叶わない、起業するしかないと思いました」(園生氏)

 2017年8月にTXP Medicalを設立。その半年後の2018年2月にNext Stage ERがリリースされた。「リリースまでの道のりは単純ではなかった」と園生氏は言う。2016年より前、東大病院時代に出来上がったプロトタイプは園生氏だけではなく外部の会社との共同開発だった。「2013年〜2015年ぐらいまでは、技術力に自信がなかった。自分の夢を叶えるには、開発会社と組むしかないと思っていました」(園生氏)

 しかし、FileMakerに触れていくうち、徐々に自信も付いていき、2016年初頭に日立総合病院で構築したNEXT Stage ERは FileMakerの猛勉強ののちに生まれたもの。とはいえ、Next Stage ERをリリースしてからも「最初の3~4病院では、バグの修正に追われました」と園生氏は苦笑いを浮かべる。バグが出ても自身が働いている日立総合病院であれば、すぐに対応できるが、他の病院ではそうはいかない。

 「2018年から2019年までの1年間は、リファクタリングや定型化などの作業に費やしました。今では複数の病院に対して、圧倒的な効率性で安定して提供できるシステムができたと思います」(園生氏)

NEXT Stage ER
NEXT Stage ER

15人のエンジニアのうち、5人が医師

 2022年7月現在、TXP Medicalのエンジニアは15人。内11人がFileMaker専任のエンジニアだ。「FileMakerエンジニア11名のなかで5人が私と同様、医師で臨床業務との掛け持ちです。彼らには病院側とやり取りする際のフロントに立ってもらうことが多いです。医療現場の要望を聞いて感覚的にシステムに落とし込むことにおいて医師エンジニアは卓越しています」(園生氏)

 そのほかのメンバーは、臨床工学技士や看護師の資格を持っていたり、電子カルテの開発経験のあるエンジニアなど、医療業界に関する知識を持っているメンバーが多いが、FileMakerの開発経験がある異業種エンジニアもいるという。医師との兼業エンジニアが現場の要件を適切にヒアリングし、それを開発経験豊富なエンジニアがシステムとして仕上げていく。

 TXP Medicalが開発しているのはNext Stage ERだけではない。ICU患者ダッシュボードNext Stage ICUのほか、救急隊連携システム、ドクターカーアプリ、問診システム、処置室音声入力アプリなどのオプション機能も開発している。医療機関や救急隊に提供されているアプリは、FileMakerだけですべてが開発できるわけではない。例えば、救急隊からの情報を受けるところや問診アプリはWeb関連技術を使って実現している。このため、医療業界の経験がなかったり、FileMaker以外のITエンジニアも、JavaScriptや、Python、R言語など TXP Medicalでは活躍する余地はたくさんあるという。

Next Stage ICU の重症度スコア/臓器別アセスメント画面。基幹システムからのデータ収集や、重症度スコアの計算は自動化され、アセスメント記載も可能だ。
Next Stage ICU の重症度スコア/臓器別アセスメント画面。基幹システムからのデータ収集や、重症度スコアの計算は自動化され、アセスメント記載も可能だ。

 救急医療システムの開発には、一般的なシステム開発と大きな違いがある。第一に24時間365日、止めることが許されないシステムであること。第二に紙が競合になることだ。一般的な業務システムの場合、処理の時間が延びたとしても慣れの問題として認可される。

 一方、救急医療システムの場合は、患者にとってベストな方法をとるべきという考えが浸透しているため、リリース当初から紙と同等のスピード感や価値を提供しないと認めてもらうことが難しい。そして最も大変なのが医師は医療用語で話すことも多いため、各医療現場のコミュニケーションの難しさだという。

 「例えばSOFAスコアという救急治療で一般的に使われる臓器障害の評価法があります。それを表示する画面を作ってと言われると、医師や急性期に携わる医療スタッフなら必要なフィールドなど画面イメージがすぐ思い浮かびますが、業界知識が無ければ随時現場の医師にヒアリングしながら設計・開発することになります。そうなると現場の医師は忙しいので、面倒に感じてくる。それでITエンジニアとの距離が縮まらないんです」(園生氏)

 このため、医療機関の実情に併せてTXP Medical所属の医師がアドバイザーとなり導入支援していることが成功に繋がっているという。

Next Stage ERはまだ完成形とは言えない――挑戦し続ける組織

 「現場で救えなかった命を、医療システムで救う」。これがTXP Medicalの使命である。そのためには、一つひとつの現場に留まる情報を、テクノロジーでつないで、医療業界全体の基盤をつくることが必要になる。病院向けのNext Stage ERは、形として出来上がってはいるが、オンプレミス前提の医療機関のアップデート業務など運用効率化や、最新機能のタイムリーなリリースなどの観点から、解決すべき課題もある。それでも、園生氏率いるTXP Medical の開発チームは進化の歩みを続けている。

 iPhoneを活用したアプリは、さらなる機能拡張を計画している。「現在のアプリでは音声入力をボタンで起動し、クラウド側でテキスト化した結果を返す仕組みとなっているため、リアルタイムに患者の情報がデータ化される未来にはまだまだ遠い。Siriなどの音声コマンディング機能を使ってハンズフリーでリアルタイムに情報を書き込む、画像解析APIを使って、患者の状況をトラッキングする、そういうアプリの実現にも足を踏み入れたばかりです。まだまだ発展途上なので、医療DXに貢献できるよう、進化させていきたいですね」(園生氏)

豊田市消防本部で実際に NSER mobile を使用して入力している救命救急士
豊田市消防本部で実際に NSER mobile を使用して入力している救急救命士

終わりのない飽くなき追求から生まれる医療DX

 医療業界全体のDXには、医療情報システムの本丸である電子カルテが大きな壁になっているといわれている。そのなかで、実際に電子カルテだけでは業務を回しにくい救急という領域でデジタル化を一気に推進しDXを実現していくことで、医療業界全体に新風を吹かせることが期待される。

 「医療にかかわるシステムは直接的にも間接的にも命に関わります。つまり命を救うシステムとも言えます。そういう社会的意義の高いモノづくりの最前線で働けることはやりがいになります。人力を介さずに患者の状態や医療の進捗状況が完全同期されてデータ化されているという救急システムの理想の姿は、まだ私たちも達成できていません。さらなる自動化を進め、処置の実施と共にすべてがデータ化される世界を目指していければと思います」(園生氏)

 命を救うシステムだからこそ、ハードルは高いと思う人も多いかもしれないが、TXP Medicalでは、命に関わるところ、関わらないところと領域をわけて、各エンジニアがよりよい温度感で開発できるような環境になっているという。

 「他分野で開発していたエンジニアも、ハードルを感じる必要はありません。命を救う、社会的意義の高く、さらに現場のダイナミクスを感じられる仕事に関心のある方は仲間に加わってほしいです」(園生氏)

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