AI/MLソリューションはSaaS、PaaS、IaaSをイメージすると分かりやすい
AIやMLは誰でも使える簡単なものなのか、MLOpsを作らなくてはいけないのか。グーグル・クラウド・ジャパン合同会社 中井悦司氏はクラウドソリューションのレイヤ(SaaS、PaaS、IaaS)に例えて考えるといいと提案する。
AIが手軽に使えるという話はクラウドならSaaSに、MLOpsなど複雑な話はIaaSに当てはめると分かりやすい。SaaSに相当するソリューションはMLやAIをバックエンドで使っているものの、目的ごとに完成されたアプリケーションとしてクラウドで提供されている。例えば文書解析のDocument AI、コンタクトセンター向けのContact Center AI、eコマースでのレコメンデーションなどに使うDiscovery AIがある。
一方、IaaSに相当するソリューションはMLOpsのインフラを構築し、モデルを作り込んでいく。そうしてできあがったビジネスアプリケーションはSaaSのような形でクラウドで提供されてビジネスユーザーが使う。その中間的なものがPaaSで、事前学習済みのモデルや、データを投入すればモデルを作るAutoMLなどがある。
「かつてAI/MLが流行り始めたころはモデルを作って終わってしまい、PoCから先に進まないという話もありました。冷静に考えると、最終的にビジネスユーザーが利用できるアプリケーションまで作らないと意味がない。そこが課題だったのでは」と中井氏は指摘する。
そこで全体像を見渡せるように、Google CloudのAIソリューションでSaaSのように完成されたアプリケーション「Document AI」を分解(リバースエンジニアリング)してみることにしよう。これはPDFや画像など、構造化されていない状態のコンテンツを読み込み、テキスト情報を理解し、整理し、構造化された状態のデータに変換する。
例えば運転免許証の画像。画像なので文字情報にはなってないが、その中には氏名、発行日、有効期限などがある。画像を読み込むことで必要なテキスト情報を抽出して、利用可能な形式にする。
もう少し複雑なプロセスで考えよう。請求書のPDFだと、まずはクラウドのストレージから読み込み、テキスト情報から自然言語処理でエンティティ(重要な要素)を見つけ出し、関係性を理解して処理する。さらに精度を高めるための追加学習、カスタムモデルの作成、専門家による検証や修正の仕組みもDocument AIではサポートしている。
AI/MLの機能の集合体としての「Document AI」
ではいよいよ「Document AI」の仕組みを分解して見ていこう。
最もシンプルな機能となるのがテキストとレイアウトの抽出で、これのモデルにはDocument OCRがある。画像やPDF、手書きであってもテキスト情報を抽出することができる。続いて構造化されたフォームからキーとバリューのペアを抽出する学習済みモデルにはForm Parserがある。請求書や経費など一般的なフォームから構造を理解する。チェックボックスや表形式のコンテンツにも対応している。
こうした事前学習済みのモデルはあるものの、自社ビジネスでは十分な精度が出せない場合もある。その場合は追加学習することで精度を高めることができる。追加学習は事前学習済みのモデルをベースとして、最小限の学習データでフィールドや言語を追加して「転移学習」することになる。モデルをチューニングするようなイメージだ。そうしてユーザーは追加学習されたモデルを利用可能となる。
追加学習で対応できず、一からモデルを作るならDocument AI Workbenchという機能もある。これまで自社専用のカスタムモデルを作るのはデータサイエンティストや専門家の仕事だったが、これを使えばGUIで比較的簡単に作成できてしまう。
意味のあるテキストを抽出したら、あとは蓄積し、検索可能な形で管理していく必要がある。そのレポジトリとなるのがDocument AI Warehouse。これは文書に特化したストレージサービスとイメージしていいだろう。
ただし単なるストレージサービスではない。Googleの文書のセマンティックサーチ技術が盛り込まれており、検索性能を高めている。鍵となるのがKnowledge Graphで、データを実世界のエンティティと関係性に変換する。例えば「翔泳社」という文字列で検索をかけたとき、Knowledge Graphでは、会社、組織、所在地など実世界の実態に合わせて構造的に情報を保存している。これにより関係性を加味して、より適切な検索結果を返すことができる。
このようにDocument AIの機能を分解してみると、このサービスが複数のAI/MLの機能の集合体であることがイメージできるのではないだろうか。最初の読み込みはOCRやParser、追加学習はAutoML、変換したデータはDocument AI Warehouseに蓄積され、Knowledge Graphでより適切な検索結果を返すことができる。「Document AI」をSaaSのサービスと考えるなら、複数PaaSを組み合わせて提供されていることになる。
同 下田倫大氏は「皆さんもPaaSレイヤーのものを組み合わせることでDocument AIのようにビジネスユーザーが使うサービスを作ることが可能です」と話す。なお補足として、図で示したPaaSは似た機能を持つものを挙げており、Document AIを構成するものと全く同じではないことを念頭においてもらいたい。
AI/ML機能を組み合わせ、ビジネスに生かした事例:ポケトークとNew York Times
現在Google Cloudで提供されている事前学習済みモデル(APIサービス)には、画像分析のVision API、動画分析のVideo Intelligence、テキスト分析のNatural Language API、翻訳のTranslation API、読みあげのText-to-Speech API、音声認識のSpeech-to-Text APIなどがある。
こうした学習済みのモデルはできることが明確だ。何ができるかを把握したうえで、既存ビジネスプロセスでAPIを利用できるポイントがないかどうか、ビジネス側のユーザーも交えて見いだしていくのがいいだろう。
ここからは実際に学習済みのモデルを組み合わせた活用事例を紹介する。1つ目はポケトーク。手のひらサイズで外国人との会話をサポートしてくれる頼もしい翻訳機だ。日本語で話すと、自動的に外国語に翻訳して読みあげてくれる。
このポケトークにはGoogle CloudのAPIサービスが活用されている。何が使われているかは想像しやすいだろう。まずは音声認識(Speech-to-Text API)、次に機械翻訳(Translation API)、そして音声合成(Text-to-Speech API)を順に利用している。Google CloudのAPIを採用した理由は精度と高速なレスポンスだったという。言語のカバレッジも広く、コスト的にもメリットがあったそうだ。
2つ目はアメリカの新聞社New York Times。歴史ある新聞社なので倉庫には過去の貴重な資料が大量に保存されている。紙や写真、切り抜きや手書きのメモも混在する。デジタルではないために活用し切れていない状態だった。
中井氏は「ここにはもともと資料(データ)が存在していました。AI/MLで新しい価値を生み出すことを期待する方もいますが、何もないところから価値がうまれることはあまりありません。既存ビジネスの中にある価値を取り出せない時にAI/MLを活用するのがポイントです」と話す。
同新聞社では片っ端からデジタル化して検索可能にした。スキャン後にAutoMLで画像分類やテキスト文書の解析などの自動モデル構築を進めていった。
AutoML Tablesは表形式データを用いた汎用(はんよう)的な回帰モデル、分類モデルを作成するものだ。多くのビジネス現場で表形式のデータを扱うので役に立つだろう。ただし既存データの品質がよくなければ、いいモデルにならない。だが再学習とデータ収集を繰り返すことで性能を上げていくことができる。これはMLOpsにも通じる考えとなる。
今回はAI/MLソリューションのレイヤー構造をテーマに解説した。SaaS的なアプリケーションを構築するには、PaaS的なものを組み合わせることも可能だ。今回IaaSレイヤーにはあまり言及しなかったが、Google CloudにはVertex AIなどMLOpsを支えるソリューションもある。中井氏は「まずは自分たちにとって最も重要な部分から順番に使い、段階的にMLOps環境を作ることもできます」と言う。
最後に中井氏はデベロッパーやエンジニア向けのGoogle Cloud Innovatorsプログラムを紹介した。登録するとイベント、情報共有、ニュースレターが提供される。サブスクリプション型の新しいプログラムも提供されたところだ。興味があれば登録しておくといいだろう。
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